1 / 5
第1話
「ガッキー、今からカラオケ行かん?」
新垣新、あだ名はガッキー。新垣の視線は声を掛けた牧原を捕らえ、すぐに視界の片隅で帰り支度をしている小谷に移った。
「小谷ー、今からカラオケ行くんだけどお前も」
「行かない」
「そっか。んじゃ気をつけてなー」
新垣がリュックを背負った小谷に向かって手を振ると、小さく手を振り返して教室を出て行った。
お馴染みの牧之原、榛原、島田、新垣の4人で駅前のカラオケ店に入り、3時間ぶっ通しでマイクを回しながら歌い続けた。注文していたポテトや唐揚げが部屋に運ばれて来ると、一斉にそれらに手を伸ばす。
「そういえば、ガッキー最近やたら小谷にちょっかい出してるじゃん。いっつも振られてるんだし、もういい加減やめたら?」
牧之原の言う通り、小谷には声を掛ける度にことごとく断られていた。以前、牧之原は小谷のことを冷たい奴だと悪態を付いていたことがある。クラスでは周りに馴染もうとせずに常に孤立していて、声を掛けても冷たくあしらうか、無視をする。必然的に小谷に声を掛ける人は減っていき、今では新垣だけになってしまった。前と比べたらこれでも手を振り返してくれるようになっただけ、マシなのだ。
新垣は、自分が小谷に声を掛けることを牧之原が良く思っていないことに気付いていた。だがそれは、小谷のことを嫌ってではなく誘う度に断られるのが面白くないからだろうと新垣は思っている。
「そういうわけにはいかない。俺、小谷と付き合ってるから」
「はあ!?」
狭いカラオケルームに3人の声が大音量で響いた。
「じゃあお前俺らと遊んでる場合じゃないじゃん。小谷のところ行ってやれよ」
「今日この後行くつもり」
島田のからかうような口調に低いトーンで返すと、気まずい空気と新垣が選曲した音楽のイントロが流れ始めた。
新垣がメロンソーダを飲みながら誰も手を付けなくなったポテトに手を伸ばして2、3本つまんだ頃、ようやく押し黙っていた牧之原が声を出した。
「マジでお前ら、付き合ってんの?」
「おう。でも誰にも言うなよ?本当は小谷から言うなって口止めされてたし」
また少しの沈黙があって、今度は榛原が口を開いた。
「小谷が言うなって言ったのに何で言っちゃうわけ?ガッキー口軽すぎっしょ」
場の空気を和ませようと、冗談交じりの口調だった。溜息を吐きそうになって、慌てて息を止めた。小谷が口止めしてきた理由が分かった気がする。直接否定されたわけではないが、場の空気が同性カップルを拒否していた。同性で付き合うことに対して、世間は偏見で満ちている。新垣も以前は、自分が同性と付き合うとは考えたこともなかった。新垣と小谷は、番いの関係にある。
ヒトの性は男女の他にそれぞれアルファ、ベータ、オメガの計6種類あるのだが、そのことを知っている人間はごくわずかである。新垣は男アルファ、小谷は男オメガにあたる。
オメガ性は個体差はあるものの3ヶ月に1度発情期を迎える。発情期を迎えたオメガは体内からオメガ特有のフェロモンを放ち、男女問わず周囲の人間の性欲を刺激して子孫を残そうとする習性がある。この習性を、ヒートと呼ぶ。ただし、番いを得たオメガのフェロモンは番いのアルファにしか効果を発揮しなくなる。アルファのみがオメガを番いに出来るのだが、その仕組みは未だ解明されていない。
番いは、性交中に発情期を迎えたオメガの首筋にアルファが噛み痕を付けることによって成立する。番いを得たオメガは、生涯を番いのアルファと添い遂げることになる。新垣は以前、小谷のフェロモンにあてられて自分の意思なく小谷を強姦した。小谷の首筋には、新垣が付けた噛み痕が2ヶ月経った今も残っている。新垣と小谷が番いになった証は、生涯消えることはない。
新垣が小谷と付き合うことを決めたのは、決して贖罪からではない。小谷は負い目を感じているだけだと言ったが、新垣はそうは思わない。小谷のことを愛しく思っているし、好きだという言葉がしっくりくる。だからこそ、新垣は小谷のことを放っておけないのだ。
「今度の花火大会さ、小谷も誘っていい?余計なお世話かもしんないけど、あいつに友達がいないの心配でさ。お前らにあいつの友達になってやってほしいんだけど」
イチャついたらシバくからな、とまだ何もしてないのに牧之原に強めに頬を抓られた。新垣が痛い痛いと悲鳴を上げると、島田と榛原が笑い、また和やかな空気に戻った。
ともだちにシェアしよう!