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第5話

重い空気を引き摺ったまま、おばあさんから夕飯にお呼ばれして小谷と新垣は居間に移動した。テーブルの上には所狭しと料理が並び、先に席に着いていたおじいさんは既に飲んでいるようで顔を赤くしていた。 「初めまして、新垣です。お邪魔してます」 「ご丁寧にどうも。いつも孫と仲良くしてくれてありがとね」 「いえ、こちらこそ」 初見で怖そうなおじいさんだと思った新垣は、意外と話しやすい人だと知り安堵した。 「じいちゃんとばあちゃんに紹介したい人がいるんだけど」 全員が席に着いたところで小谷が口を開いた。 「新垣新。俺の番いのアルファ」 番い、という言葉を聞いたおじいさんは逆上して一気に首まで真っ赤にした。 「手前、うちの孫を手篭めにしやがったな!?」 新垣に掴みかからんばかりになり、それを必死におばあさんが止めた。新垣には、何も言い返すことが出来なかった。その通りだったからだ。 「だから高校なんぞ行かせられんと言ったのだ!どうせお前も都合が悪くなったら孫に誑かされたとか言い出すんだろう!?」 「新垣はそんな奴じゃない!!何も知らないくせに、新垣のこと悪く言わないで」 新垣が口を開く前に、小谷が声を張り上げた。 「お前ら出て行け!!二度とその面見せるな!」 何か言わないと、と思っている新垣の腕を、小谷が引っぱった。 「行こう、新垣」 「ちょっと待てよ!ちゃんと話ししなきゃ」 「あの人には何言っても通じないよ」 小谷も頭に血が登っていて、とても話が出来る状態ではなかった。新垣は小谷に引き摺られるようにして居間を出る。おばあさんが、不安げな顔でふたりを見送った。 「小谷、やっぱりちゃんと話した方がいいよ」 「必要ない。俺には新垣がいればそれだけでいい」 小谷の排他は、クラスメイトのみならず育ててくれた祖父母にまで及ぼうとしている。離れに戻ると、小谷は新垣の背中に腕を回して遠まわしにキスをねだる。新垣は気付かないふりをして小谷の抱擁に応え、新垣は自分がどうするべきかに頭を悩ませていた。小谷は必要ないと言うが、祖父母の存在は簡単に切り捨てていいものではないはずだ。もし本当に小谷が必要ないと考えているのだとしたら、新垣にはそれは許し難いことだった。 小谷を抱きしめていると、だんだん妙な気持ちになってくる。ヒートの時ほどではないが、汗の匂いに混じってほのかに甘い香りが歯形のついたうなじから匂ってきて、思考が鈍っていく。とうとう我慢できなくなり、流されるようにキスをして小谷を畳みの上に押し倒した。 「んっ、はぁ……」 服の下に手を忍ばせ、ツンと立っている乳首に触れると、小谷が艶かしい吐息を漏らした。これ以上はダメだと思いつつも、身体が言うことを聞かない。小谷の腕が新垣の首に巻きつき、小谷に求められるままキスをした。離れの戸が叩かれたのは、そんな時だった。 「はい!」 反射的に返事をしてしまった新垣は、弾かれたように小谷の上を飛び退いて畳みに正座した。眉間に皺を寄せた小谷が、服の裾を引っ張りながらゆっくり身体を起こす。 戸を開けたのは、おばあさんだった。おじいさんはもういないから居間でご飯を、と再度呼びに来てくれたのだった。 「さっきはうちの人が大変失礼しました」 「あ、いえそんな!顔上げてください」 おばあさんに頭を下げられて、新垣は恐縮する。 「ここに居た時よりも、あなたといる春輔は見違えるように顔が明るくなったわ。これからも春輔のこと、よろしくお願いします」 新垣はおばあさんに頭を下げると、こちらこそ、よろしくお願いします、とどうにかそれだけ言った。おばあさんに受け入れられたことを、むず痒く、頼もしく思った。 おばあさんが振る舞った手料理を頂くと、風呂を勧められて先に入らせてもらった。交代で小谷が風呂に入っている間、新垣はおばあさんにおじいさんの居場所を聞いて、部屋を訪ねた。 「すみません、新垣です。少しだけでいいので、お話する時間を頂きたいのですが」 襖越しに声を掛けると、入れ、と中から応答があった。門前払いを覚悟した新垣は、それだけで少しホッとした。 「失礼します」 襖を開けると、おじいさんはこちらを向いて胡坐を掻いていた。背後にあったテレビは消えていて、外から虫の声が聞こえている。おじいさんの前に正座すると、先程は申し訳ありませんでした、と新垣は頭を下げた。 「こちらこそ、酔っていたとはいえカッとなって酷いことを言ってしまった。申し訳なかった」 おじいさんに謝罪されて、新垣は一瞬うろたえた。小谷はこの人に何を言っても通じないと言っていたが、ちゃんと話をすれば分かってもらえるのではないだろうか。 「仰る通り、小谷くんのことは無理矢理番いにしてしまいました。ヒートのことを知らなかったなどと言い訳して許して頂くつもりはありません」 おじいさんは、腕を組んで真っ直ぐ新垣を見据えて耳を傾けていた。 「番いとか関係なしに、小谷くんのことを大切に思っています。一生傍にいることを誓います。都合のいいこととは思いますが、僕を認めてはいただけないでしょうか」 「君は一生傍にいると言ったが、果たしてそんなことは出来るのか?」 おじいさんの口調は優しかったけれど、目は鋭く新垣を見据えていた。 「君はそう言ってくれるけれど、君のご両親は君に結婚を望むだろう。君は、男と付き合っていることを親に言えるのか?君は親よりもうちの孫を優先することは出来るのか?」 「家族には小谷くんと付き合っていることを話してあります。オメガだということは話していないけれど、いずれ話そうと思っています。家族は、小谷くんと付き合うことを認めてくれています」 鋭かったおじいさんの目は、まあるく見開かれた。 「もしも反対されたら、家を出る覚悟でした。それくらいには小谷くんのことを真剣に考えています」 自分でも驚くくらい、スラスラと言葉が出てきた。おじいさんは難しい顔をして黙り込んだ。遠くの方からドタドタと騒々しい足音が聞こえてきて、だんだん大きくなってきた。 「じいちゃん!新垣に何言ったの!?」 風呂から出たばかりの小谷が大きく襖を開け放つ。おばあさんから新垣の居場所を聞いて、廊下を走ってきたのだろう。 「春輔。お前はこの人が番いでよかったと思うか?」 小谷はぽかんとして、おじいさんと新垣の顔を見つめた。そして、新垣以外にありえないと呟いた。 「新垣さん、不肖の孫ですが私共にとっては可愛い孫です。どうか、これ以上傷付けないでやってください。どうぞ末永くよろしくお願いします」 おじいさんが新垣に向き直り、畳に手を付いて頭を下げた。 「認めていただいてありがとうございます。精一杯努力します」 新垣が頭を下げ、小谷の理解が追いつかないまま部屋を後にした。 「新垣、じいちゃんと何話してた?」 離れに向かう廊下の途中で小谷が新垣を見上げる。 「小谷くんを俺にくださいって」 祖父と新垣の会話の内容がようやく繋がった小谷は、見る見る頬を紅潮させる。 「小谷、今度は俺ん家来てよ」 小谷は視線を彷徨わせ、新垣の目を見ずに小さく頷いた。 「それから、来週またマッキー達と遊ぶ約束してるんだ。お前も連れてくから」 小谷は頷いて、すぐにハッと顔を上げる。視線の先には、ニッコリ笑う新垣がいた。 「愛してるよ、小谷」 「お前、今言うのはずるい!」 顔を真っ赤にして怒鳴る小谷が、靴を突っかけて離れに駆けて行くのを新垣は笑いながら見送った。

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