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白彼岸花の章 参節
「もう充分だろ」
慣れ親しんだ社員寮の一室、空の酒瓶が転がる部屋、木枠の窓からは眩しい程の太陽光が射し込み、其れを遮る様に誰かの影法師が在った。
明るい髪色は太陽の光を受ける外側が透ける様な金色に輝き、其の愛しい影法師に奥歯を噛み締めても溢れる涙を抑え切れ無かった。
「中――」
黒い革手袋を装着した手が緩慢と為た動作で伸び、首を、喉を鷲掴む。
「もう佳いだろ、太宰」
中也は太宰の身体の上へ馬乗りに為り、僅かに首を傾けて見下ろすと其の海の様に空の様に輝く眸の蒼が覗いた。
太宰治は異能力無効化の能力者で在る故、太宰自身に或る条件下以外では異能は一切通用しない。
「此れは――私が視て居る夢かい?」
「噫」
普段通り首を絞められて居るのに、通常通り会話が出来て居る事が不思議だった。
「君は何だい?」
「俺は手前が作った手前の考える俺だろ」
片手は太宰の首を押さえ附けた間々、中也は器用にもう片方の手で上衣から煙草を取り出し、口に咥えて燐寸で火を点ける。
肺を循環させた煙を口から天井に吐き出せば、其の蒼い眸が僅かに揺れて居るのが判った。
「手前の頭ン中で何千、何万と手前を縊り殺して、自己嫌悪で病んで、其れでも何度も手前を縊り殺す中到達為たのが特異点の俺だ」
「中也じゃ……無いの?」
其の小さな体躯に似附かわない明るい波打つ髪も、宝石の様な蒼い眸も、襟許の開いた白い襯衣も鼠色の上衣も、凡て凡て太宰が識る中也と寸分違わぬ者で在る筈なのに――太宰の識る中也とは違う者だった。
「手前が作り出したモンでは在るが、手前の想う通りには動かねぇ。唯、手前の心の奥底で望んで居る俺自身で在る事に違いは無ェな」
「……まるで、出来の悪い一人芝居の様だ」
見下ろす中也から顔を背けて、自嘲気味に浮かぶ涙を手の甲で拭う。
欲しい言葉の其の凡てが無意識であろうが、潜在意識の中自らが望んで居た事で在ったと気附いた瞬間、太宰は自分が何故此の世界を造り出したのか理解為て了った。
「ねえ中也、私に教えて呉れ給えよ」
――如何為て、私以外の人を選んだんだい。
――もう、私の事を好きでは無いのかい。
――君を失う事が、此の身を引裂かれる依りも耐え難い程、魂の凡てが君を求めて了う。
――私は、如何為たら佳い……?
凡ての想いを吐露する間、中也は首に手を当てた間々優しい表情で其れを訊いて居た。
唯の自問自答で在るのに、中也からの應えが欲しくて、血に塗れた指先を中也へと伸ばす。
中也は伸ばした掌に頬を寄せる様に少し傾けて――そして、私が知っている應えを返した。
「さァな、其れは俺自身に訊いてみろよ」
突然首を絞める中也の力が強まり、天井から降り注ぐ白彼岸花の細長い花弁を身に受け乍ら。
中也の最期の言葉が耳に届いた。
「亦、次の世界で」
――亦逢う日を樂しみに。
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