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白彼岸花の章 弐節

「如何してッ……! 私、以外の人と……」  奥歯を強く噛み締め、縋る様に伸ばした手は畳に爪を喰い込ませ藺草を刳る。  直接面と向かって傳えられる依り、人傳に訊かされる事依り、勘付いて了った事実が何依りも一番心を刳った。  細かい藺草が爪と肉の間に突き刺さり、じわりと血が滲み始めても、毮る様に其の畳に爪を立て続ける。  ――行か無いで、私以外の人を視ないで。  後先考えず縋ったならば、何かが変わったのだろうか。困らせる丈で有ろう事は考えず共思い至る事だった。  こんなにも――こんなにも好きなのは自分だけで、女々しく縋る様な自分を中也は屹度好きでは無いし、そんな自分を好きに成る中也なんて想像する事も出来ない。  君が好きに為った自分で居続ければ成らないと何度も葛藤した。  だけど好きに成れば成る程内側から滲み出る独占欲は、何時か中也を困らせる結果に為ると解って居た。  中也の倖せを祈って自らの身を引く事等出来ない程、とんだ利己主義者で在った事にも気付いた。  赦サナイ、私を裏切った中也を死ぬ迄赦サナイ。  ――否、死んでも赦さない。  一度心と身体を赦した其の瞬間から、私の凡ては中也の物で在って、同様に中也も私の物で在る事を。  だから絶対に中也の中から私を消させたりはしない。何度だって私を殺させて、消えない罪悪感と後悔と詛イを――私を裏切った事を、心から〝失敗〟だったと想う迄。  其の時に為れば漸く君は私に附けた傷の深さを、痛みを識る。私がどれ丈苦しんだのか、君を愛して居たのかを。  爪の間が朱墨で塗った様に赤く染まり、其の様子を唯惚けて眺める。痛み何てもう一切感じて居なかった。肉体の痛み依りも、粉々に握り潰された心の方がずっと痛かった。  舌先を伸ばして爪先に滲む血液を舐め取れば、馴染み深い鉄の味が為た。  そう、此れは復讐なんだ。  私を裏切った中也が、私を裏切った事を後悔する迄の長い長い意地の張り合い。

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