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第5話

 花原とは、明らかに系統も違うし席が隣になったとはいえそこまで関わるようなこともないと思っていた――。  二年に進級する時にクラス替えがあった。新しい教室には、そこそこ交友関係が広いオレでも初めて見る顔が幾つかあり、隣の席の花原望もという男子生徒もそのうちの一人であった。  物静かそうな彼は、まさに見た目通りの性格らしかった。目が合った時に軽く会釈をされただけで、それ以上は何もなかった。  オレ自身も、話が合わなさそうな花原と仲良くする必要性を特に感じなかったから、自分から話しかけることもしなかった。毒にも薬にもならない相手。それが、オレが花原に抱いた第一印象だった。  けれど、この夏オレは思いもよらない形で花原と関わることになるのだった。  きっかけは梅雨に入ったばかりの頃のことである。 「やーながーわくーん」  能天気そうにオレの名前を呼ぶのは目下の悩みの元凶となっている花原に取り憑いていた幽霊だった。  彼の存在を認識したのは始業式の朝のホームルーム。  担任が着席するように言った際、花原の傍から離れずにいたその男子生徒が他の人には見えていないらしいことに気付いたときのことである。  見た感じなにか悪さをするには見えなかったため、気に止める必要もないと思いその日は見なかったことにした。その翌日、花原が学校を欠席した。  担任の口から発された「入院」という単語を聞いて、あの幽霊が何かをしたのかと肝を冷やした。まさかあの幽霊が? 何かできる訳でもないが、異変に気がついていたのは自分だけ。全く接点がないとはいえ、クラスメイトが――それも隣の席のヤツに何かがあったとしたら寝覚めが悪すぎる。  しかし、そんなオレの心配は翌々週に花原がケロリとした様子で登校してきたので杞憂に終わった。  だから、そこでこの件は終わるかと思っていた。だが、その予想は大きく外れることになる。  六月に入ってから一人の時を見計らうように、この幽霊がオレに話しかけてくるようになったのである。   「…………」 「無視しないでよ。君が一人で空中に向かって話してる変な子にならないように、気を遣って人が周りにいない時に声をかけてるんだからさぁ!」  昼休みに特別教室棟がある旧校舎に来る生徒は確かにほとんどいない。オレだって、物理のノートを教科準備室まで運ぶのを頼まれていなければこんな所に来てない。  花原の傍を離れわざわざこんなところまで付いてきて話しかける気遣いをしてくれたようだが、この手合いとは関わらないのが賢明である。  しかし、あまりのしつこさと煩わしさにオレは根負けしてしまった。 「……なに」 「もうっ! やっと返事してくれた。君が僕の存在に気がついていると確信してから一ヶ月。折を見て声をかけても無視、無視、無視。完全スルーされていたから、僕の心は折れる寸前だったんだよ!」  大袈裟な身振り手振りで抗議してくるのが正直鬱陶しい。花原の後ろにいる時は静かに見守っているように見えたから、大人しい奴なのかと思っていたがそうではなかったようだ。 「その小言、まだ続けるなら帰るからな」 「待って、帰らないで。帰ってもついて行くけど。実は、君に折り入って頼みがあるんだ」 「無理」  この幽霊は一体何をオレに何を頼もうとしているか分からないが、視えるからと言って何か特別な能力が使えるわけじゃない。下手に期待させるのも酷だ。やはり応えるべきではなかったと、今更遅い後悔をする。 「拒絶が早い! 話くらい聞いてよぉ」  泣き言を言い始めたので、応えてしまった以上せめてもの責任として話だけは聞いてあげるべきかと観念する。 「てか、そもそもアンタはなんなんだよ。なんで、花原に取り憑いているわけ?」 「ん? ああ、そういえば自己紹介がまだだったね! 僕の名前は水野要。去年この学校の三年に在籍してて――」  そこまで聞いてオレには一人思い当たる人物がいた。  去年の夏休み、交通事故で亡くなったという男子生徒――。 「夏休みに、死んじゃったんだ」  目の前にいるのがその生徒だったらしい。彼が、自分と同じ制服を身につけていることにも合点がいった。 「…………」  重くならないように明るい口調で話す姿が逆に痛々しく思えた。こんな時どんな反応をするのが正解なのか分からない。  一年前まで同じ学校に通っていたという真実に心がギュッと締め付けられるような感覚がする。だから、そのまま静かに話を聞く体勢になった。 「そんな思い詰めた顔しないでよ。あと、聞きたいことって僕と望の関係だっけ?」 「あ、はい……」 「望とはね、恋人だったんだ」  何処か遠くを見るように先輩と花原との関係を語り出した。 「恋人……ん?」  が、想像してなかった回答に思わず聞き返してしまった。 「だから、恋人。今どきそんなに珍しいことじゃないでしょ?」  同意を求められたが、その言葉を肯定することはできなかった。テレビではそういうドラマを放送してるし、公言している芸能人だって何人か知っている。  けれど、こんなに身近にあることとも思っていなかった。 「まあ……多分?」  少し戸惑いながらも曖昧な返事をする。あの花原が……と思うとちょっと意外に思えた。オレが言葉を反芻してることも気にせず水野先輩は話を続けた。

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