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第6話

「望はね、元々それほど口数は多くはないけど、前はもう少し明るかったんだよ」  オレが知っている花原はいつも下を向いてばかりで、他人との関わりを完全にシャットアウトしている。だから。水野先輩のいう「明るい」という単語が花原と全く結びつかず違和感を覚える。 「でも、僕が死んでからずっと落ち込んでて心配なの」 「落ち込むって、そりゃ普通のことなんじゃないんですか?」  恋人が亡くなって落ち込まない人間なんていない。そんなこと経験がなくても想像くらいできる。 「違うんだよぉ! 普通の落ち込み方じゃないんだ。なんていうか、もう自己嫌悪の域っていうのかな」 「自己嫌悪?」 「そ。望は全然悪くないのに、僕が死んだのは自分のせいだって思ってるんだ。だから何とかして欲しいんだ」 「自分のせいって、花原がその事故現場にいたとでも?」 「まさか! 僕が巻き込まれたのは高速道路での玉突き事故だよ。お盆の最終日に起きたやつ。ニュースでも報道されてたから柳川君も知ってるんじゃない?」  去年の夏に繰り返し報道されたニュースを思い出す。かなり大きい事故で、現場報道の映像は今でも覚えているくらい衝撃を受けた。 「それが何で自分のせいってなるのかは分からないですが」 「花火大会に行く約束をしてたんだ。事故の翌日にあったやつね」 「はあ……」 「元々の予定にはなかったけど、二人で出かけた帰りに僕がポスターを見つけたから誘ったんだ。夏休み前に計画してた日程では、その日はまだ僕は母方の祖父母の家に泊まっている予定でね。でも花火大会に行くために早めに帰ってきたら事故に遭った感じ」 「それでなんで、先輩が死んだのが花原のせいになるのか分からないっす」  花原の飛躍したネガティブ思考に思わず呆れてしまう。この話をどう聞いても花原が原因になる要素が見当たらない。 「そうだよねえ、僕も分からない。だって、望との約束のためってだけなら、僕は一人で帰ってくればよかったって話だよね。両親と帰ってきたのは父の仕事の都合で、予定を切り上げたからなんだよ」  面倒くさい、というのが本心だった、 「まあ、でも花原がそう思ってるのをオレがとやかく言っても解決する保証なんてないですし……何もできないっすね」 「えっ! 嘘でしょ。ここまで話を聞いたくせに手伝ってくれないの?!」  水野先輩は本気でオレが何とかしてくれると思っていたか、肩を掴んで揺すろうとしてきた。水野先輩の指がオレの肩に触れることは無かったが、手が触れそうになった場所は粟立つような感覚があった 「手伝うも何も、オレにできることはないんで」  どうにもならないことで落ち込んでる人間のメンタルケアなんて、一介の男子高校生がどうにかできるわけが無い。そういうのはプロの仕事だ。  花原だってこんな話したこともないようなやつに、ズカズカと土足で踏み込まれるのなんて望んでいないはずだ。 「…………」  話を切り上げ立ち去ろうとすると、その場の空気がガラリと変わった。さっきまで蒸し暑く感じていたのに、急に鳥肌が立つほどの寒気を感じる。蝉の鳴き声が、遠くで聞こえていた声を掻き消してしまうほどに大きくなっていく。  迂闊だった。会話ができたとしても、正体が分かっていたとしても相手は幽霊なのだ。こちらの道理が通用するとは限らない。あまりに相手を蔑ろにしすぎた。 「そうだよね……、君にとって望は赤の他人。僕のことを警戒しているみたいだったから親切な人間なのかもって思ってたんだけどなあ」  目が回りそうなほど蝉の声がうるさいのに、淡々と話す水野先輩の声はしっかりと捉えることができた。 「なん、だよ」 「望には幸せになって欲しいんだ。僕の死を悼んでくれるのは勿論嬉しい。けれどね、そのせいで望が幸せになろうとしないのを見てるのが辛いの。僕の所に連れてきたくなってしまうくらいには」 「まさか――!」 「そんなに焦ってどうしたの? 君には関係ないよね、望がどうなっても……」 「じゃあっ! ……どうすればいいんだよ」  オレの言葉に水野先輩が目を細め口角を上げる。笑顔のハズなのに怖いとすら感じた。 「夏休みが終わるまでに、望を元気付けて。それができないなら望は僕が連れていく」 「……分かった」  返事に満足したのかその場の空気が正常な状態に戻っていく。蝉の声に掻き消されていた人の声も聞こえてきて、オレは戻ってこれたという安心感を得る。 「方法は任せるし、困った時は手を貸すよ」 「花原のこと連れていこうとしてるクセに……」 「だから言ってるでしょ。望には幸せでいて欲しいって。それがどんな、形であってもね――」  そういった水野先輩の顔は笑顔だった。けれど、さっき見せたようなこちらに恐怖心を抱かせるようなものなんかではかく、何処か悲しげだった。 「……分かったよ。できるだけのことはする」 「ありがとうね」  約束はしたものの、結局オレが花原に声をかけることができたのは夏休みの前日の放課後だった。  オレは今まで自分から誰かと関わろうとしたことがないことに、この時初めて気がついた。

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