12 / 14

エピソード10

 校門から校舎までを歩いていると、いつも通り明が後ろからやって来る。 「おはよー」 「はよ」  そしていつも通り隣で始まるくだらない話を、聞くでもなしに聞いていた。  妙に周りが(ざわ)めいているなぁと思ったら背後で、 「いっくん」  という声がした。 (ナナ?!)  声ははっきりとしていていつもと何か様子が違うのを感じた。しかし、俺は振り向かなかった。 (俺に近づくなって言ったのに) 「ななちゃん」  明が変わりに振り向いて名前を呼ぶ。 (お前が『なな』って呼ぶなっつーの)  両方に憤りを覚える。 「いっくんっっ! 僕、こんな傷なんか、全然気にしてないんだからーーっっ!!」  そんな叫びにも近い声と共に背中をバシンッと叩かれた。 「ってっ」  それはめちゃ痛くて思わず口から零れてしまう。 (はっ? いったい何が)  勿論七星の言ったことは聞き取れたし、背中を思いっきり叩かれたのはわかってる。しかしまさか七星がそういうことをしてくるとは、という点で軽く混乱していた。  隣で揶揄うように明が口笛を吹いた。  周囲が騒めく。校舎へ向かう生徒も立ち止まって見てる。このまま放っておくわけにはいかない。  俺はやっと振り返り「ナナ」と呼んだ。 (え……)  七星の額に釘付けになる。  サイドは綺麗にカットされて──恐らく前髪は眉辺りに揃えられているはず。はっきりわからないのは、なんだか妙に可愛いスリーピン二つで真ん中分けにされているからだ。  思わず吹き出しそうになるのをどうにか堪えた。 「ほんとだよ? 全然気にしてないんだ」  七星は目を逸らさずに言った。この間『気にしていない』と言ったことを証明したかったのだろう。髪で隠れていない額には痛々しい傷跡が見えている。 (こんな人前で……勇気いったろうに……これも俺の為? この傷のことは気にしていないから俺にも気にするなという……俺が罪悪感を持つなと)  泣きたい気持ちになる。 「馬鹿だなぁ……」 (こんなことまでして……)  俺はピンを一つ一つ外して、ぎゅっと握られている七星の手の中に入れた。 (こんなにきつく握って)  きっとすごく緊張しているんだろう。それこそ一大決心しての行動に違いない。  俺は七星の前髪をそっと梳かして下ろした。 (ああ……昔のナナだ……) 「ナナ……だな。昔と同じ髪型だ……」  俺は酷く優しい気持ちになった。  一瞬だけ、何もかも許されたような。  そんな気持ちになった。  だからと言って、すぐに元通りに戻れる筈もなく、でも少しだけ七星に近づいてもいいのかな、なんていう気持ちが芽生え始めていた。 (ほんと……身勝手だな……)
ロード中
ロード中

ともだちにシェアしよう!