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エピソード17−➀

『ヤハギモータース』  そんな看板のある、町のバイク屋という風情の店の前にバイクを停めた。  午後十時。  店はもう閉まっている。  隣の建物との細い隙間を通って店の裏に出た。そこには倉庫のような建物があり、両引き戸の重々しい扉が少しだけ開いていた。  灯りが漏れてくる。中に人がいるのがわかった。  俺はご機嫌に鼻歌混じりに扉を開けた。 「龍惺さんお疲れ様です〜」  つなぎの整備服を着ている男が顔を上げた。 「タキ」  大声を出しているわけでもないのに背筋に響く声。立ち上がると、けして低くはない俺よりも背が高く身体もがっしりしているのが服の上からもわかる。  彼は矢萩龍惺(やはぎりゅうせい)。俺がずっと憧れている男だ。  俺の家はヤハギモータースの近所にあり、「矢萩さんの息子さんは」とけして良くはない噂は耳にしていた。  中学の頃からガタイも大きく、今は黒髪の彼も当時は様々色を変えていて、まず見た目であれこれ言われていた。それから高校に入り、バイクの免許を取ってからは走り屋のグループのリーダーになった。  まあ、元々は数人の仲間と走っていたのだが、いつの間にか増えて勝手に『龍惺会』などと名前がついたらしいのだが。  それも俺が仲間に加わった後に聞いた話だ。  俺も小学生の頃はその噂を信じ、たまに見かけるその姿にビビってもいた。学校の登下校でこの店の前を通る時は顔を上げずに素早く通り過ぎることにしていたものだ。  ある日店の真ん前に噂の男が立っていた。それまで遠くから見かけたことはあるが、ここまでかち合ったことはない。  俺は焦った。焦って通り過ぎようとして彼の目の前で転んだ。 「おいっ」  地に響くような声がした。俺は死んだと思った。  しかし。 「大丈夫か」  ひょいと抱えられ立たせてくれた。俺の顔に位置に合わせ大きな身体を屈ませる。 「ケガないか」  俺はこくこくと頷いた。  髪は茶色で赤青の二色のメッシュ。顔は強面、無表情。でも声は優しい。 「アメちゃんあげようか」  何故か突然のアメちゃん。 (ひょっとしていい人?!)  俺はかなり単純で一瞬で彼への評価が変わった。  勿論アメちゃんも貰う。  それから、俺は龍惺に興味を持った。  学校帰りにヤハギモータースの中を覗くと、龍惺はよくそこにいた。バイク用の手袋をして店に並ぶバイクを撫でたり、しゃがんでじっくり観察をしたりしている。  その男を俺は観察していた。  彼は俺に気づくと近寄ってくるようになった。 「お帰り」とか「お疲れ」とか。それ以外余り喋らない。どうやら喋るのは苦手らしい。  それでもぽつぽつつき合っているうちにわかったこと。  別に世間で噂するような悪いヤツではない。  龍惺はただのバイク好きの少年だった。 (まぁ……少年というには見た目がちょっとアレなんだけど)  

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