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エピソード18−③

 まだ帰りたくなかった。  帰ったら、もうしばらくは会えなくなる。  俺が、大学に合格して無事高校を卒業するまで。  七星の力を借りずに、七星に追いつく。  そう決めたんだ。  だからもう少し、もう少しだけ。  そして、俺は今日そのことを七星に伝えなければならない。 「海を見ないか」  水族館の裏が海岸になっている。俺は水族館を出るとそう誘った。七星はいいよと即答してくれた。  俺たちは海岸をただ歩いているだけだ。たいした話もせず、時折触れてる腕の温もりを感じる。それだけで満たさる。 (そろそろ駅の辺りか)  大事な話はまだだ。  俺は階段の上に自販機があるのを見つけ足早に向かった。  ブラックコーヒーとカフェラテを買って急いで戻る。カフェラテは勿論七星にだ。  砂浜に足を踏み入れると、俺は七星の為に砂浜にハンカチを置いてやった。 (女にもこんなことしてやったことないなぁ)  我ながら少女漫画かっと突っ込みたくなる。  七星が一口飲んでから、 「いっくんのカフェラテ飲みたくなった」  そう言ってくれて嬉しかった。  でも。 (それはきっとだいぶ先の話だな……) 「ま、そのうちな」  泣きたい気持ちでそう答えた。  俺はしばらく海を眺めながら、これから言うことを頭の中で反芻する。 「俺、お前に追いつくよ――お前らがいなくてもちゃんとやる。今までみたいに馬鹿なことはしない。()き過ぎた行動もしない。自然に自分を抑えられるようになる――それで、ちゃんと大学に入って、お前に追いついて…………」  言っているうちに気持ちが高まって七星のほうを見ると、七星も俺を見ていた。  自然に片手が伸び、目の前にある頰に触れる。  俺たちは見つめあう。 「その時には……」  そう言いかけて、はっとして我に返って手を離した。 (いけね、思わず告白してキスまでいきそうになっちまった)  少女漫画だったらここは当然キスシーンだろう。でもここは漫画の世界でもないし俺たちは男同士だし、容易くそんなことができるはずがない。告白すら難しい。  七星の顔が少し赤く見えるのは、夕日に染まったせいだろうか。  しばらく会えない七星の顔をたくさん自分の目におさめたくて見ていると。 「ねぇ、いっくん、僕たちこれからも、ずっと友だちでいられる? またこんなふうに一緒に出かけられる?」   真剣な顔で問いかけられる。  七星はもしかしたら、小学校の頃のように離れたらもう会えないのではないかという不安があるのかも知れない。 (七星は俺とずっと一緒にいたいと思ってくれてるんだな)  あれは俺のせいで、俺ももう二度と七星に会えなくなるようなことはしたくない。  これは別れじゃないんだ。 「当たり前だろ――ずっと一緒にいられる、いや、いるよ」  「じゃあ、僕のこと『親友』にしてくれる?」 「え……」 (あ……まあそうなるよな。俺としてはそうじゃないんだけど) 「あ、図々しいよね、こんなの。『親友』っていうならメイさんのほうが」  なんてしょんぼりするものだから。 「なんで、カナ」  つい舌打ちしてしまった。 (俺としては『親友』じゃ物足りないんだけど、でも俺の思いが叶う可能性は低いし、だったら) 「とっくに『親友』だ……まあ、こんな俺で良かったら、だけど」 「いっくん、ありがとう」  こんなことでそんなに嬉しそうにするならいくらでも言ってやる。 「ナナこそありがとう。こんな俺をそんなふうに思ってくれて」  これは本当にそう思っている。  何度も酷いことをした。呆れられてもう二度と一緒にいられない可能性さえあった。今俺たちがこうしていられるのも、七星がずっと待っていてくれたからだ。  俺たちは微笑み合ってから、しばらく海を眺めた。  本当ならここで告白したいところだが。  俺の『好き』と同じように七星が俺を『好き』な可能性は低い。それでもたぶん七星は俺を見捨てないだろう。そのまま『親友』の座にはいられるはずだ。 (それでも、入試前に玉砕はかなりダメージが……) 「……いっか、今は……」  すべては俺のミッションが達成された時に。 (その時には玉砕でも何でも受け入れるさ)  大学合格と高校卒業を達成するまで会わない、というこの誓いは実は何度か破られ、何度か偶然顔を合わせることになるのだが、それはまた別の話。 『はじまりの裏側で』                            fin.

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