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1-1 偽物の姫君
「実は折り入って頼みがあるのだ。二日後に嫁入りしてもらいたい」
喬国(きょうこく)王都、長寧(ちょうねい)郊外の宰相劉(リュウ)家の別邸の一室で、長袍姿の男と若い娘が向き合っていた。娘は絹の光沢も華やかな襦裙(じゅくん)を身に着けて、たおやかに椅子に座っている。
「嫁入り、ですか?」
まあ、と目を丸くして小首をかしげる様子は上品な中にかわいらしさがあり、生まれながらの貴族の姫に見えた。
「それはさすがに無理があると思うのですが。私は男ですから」
対面した男は口をポカンと開けて、目の前の小柄な娘をまじまじと見つめている。
男は劉家の家令だ。
大貴族劉家ともなれば争いごとや揉め事も多い。時には人には言えないような事も起きる。それらを一手に引き受けて処理するのが男の仕事だ。
だから大抵のことにはうろたえないが、今回は信じられない思いで目の前の娘を見つめるだけだった。
周囲に控えた数名の家僕もうろたえて顔を見合わせている。
それを横目に娘はおっとりと絹団扇を揺らした。上襦は薄青の絹地に流水紋、繻子織(しゅすおり)の紺の帯をしめ、大輪の牡丹の花が刺繍された裙(くん)(スカート)の裾は座った膝から折れて緩やかに広がっている。
どこからどう見ても宰相劉家の姫君だ、男には見えない。
「お前は何を言っている?」
「ですから、男なので嫁入りは無理だと申し上げました」
しばらく沈黙があって、家令はようやく言葉の意味をのみこんだ。
「男だと? なぜ黙っていた?」
「なぜと言われましても、特に訊かれませんでしたから。こちらで過ごしたふた月の間に何か問題がありましたか?」
確かに娘は完璧だった。誰一人としてこの娘が男だと気づいた者はいない。
ぐっと詰まった家令は苦し紛れに怒鳴った。
「だが、姫の身代わりだと最初に依頼しただろう!」
「確かに里に来た方はそうおっしゃって私を選びました」
「だったら、なぜその時に言わなかったのだ!」
「しばらく館で姫の身代わりを務めてくれ、という話でしたもの。顔と体格がそっくりだからぜひ引き受けてくれと膝をついて頼まれましたし、そこまで言われて引き受けないのは一族の名折れ、ですから引き受けたまでのこと。こちらに何の落ち度がありましたか?」
「いやしかし、そんな大事なことを何故黙っていた?」
「いう必要がありましたか? そもそも姫が病気の間の身代わりだとは聞いておりましたが、そのまま嫁入りするとは伺っておりませんでしたよ? 二日後ということは最初から私を嫁入りさせるおつもりだったのですか?」
口を閉じた家令は苦虫を嚙み潰したような顔で娘を睨みつけた。まさにその通りだったからだ。
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