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 すぐに家僕が宰相に知らせに走ったようで、いつも冷静な彼らしくもなく、足音荒く部屋に駆けつけてきた。 「一体どういうことなのだ?」  このふた月、ほとんど顔を合わせたことのない宰相は眉間に皺を寄せて娘を見下ろした。 「それはこちらの科白でございます、お父様」   蝶の螺鈿(らでん)細工が施された黒檀の椅子にゆったり座った娘はうろたえることもなく、動揺する宰相に向かって穏やかに言った。 「何がお父様だ。お前、男だと? それでは嫁入りできないではないか!」  やはり劉家ではすでに身代わり結婚は決定事項だったようだ。 「それこそ、そんな大事なことを隠して我々に依頼したほうが問題だと思いますが」  痛いところを突かれた宰相は渋面を作って威厳を保とうとした。  燕衆(えんしゅう)ごときが何を言うとその態度から明らかだ。技に優れた間諜として燕衆は有名だがしょせんは日陰の身、貴族からすれば虫けら程度の扱いだ。 「祥永(しょうえい)様は王都から出たことがない。体も弱く、樺国(かこく)へ嫁入りなど到底できない方なのだ」  家令がもっともらしい言い訳をする。  なるほど、嫁入り先は樺国か。それでは病弱な姫は耐えられないかもな。  樺国は南に向かって馬で十日ほどかかる小国だ。途中、険しい山越えをして行かなければならず、喬国との交流は深くない。異民族の王が治めていることくらいしか伝わっていない。  それなのに高位の貴族の姫を結婚相手に選んだと言うことは、何か理由があるはずだが娘は訊ねなかった。答えが返って来るとは思わないし、知りたいことは自分で調べればいい。 「どうするのだ? 姫君が男だったなんてどう弁明する?」 「出発は二日後だ、こうなったら何も知らなかったことにして送り出すしかないぞ」  本物の祥永が嫌がったかごねたかして偽物を用意したんだろう。嫁入りさせて、あわよくば間諜に使おうって魂胆だったか。  おおかた身代わりとバレて殺されても知らぬ存ぜぬで捨て駒にするつもりだったから直前まで教えなかったんだろうけど。で、男と知って大慌てってわけか。  やわらかな微笑みを浮かべた腹の中で、娘は盛大に舌を出している。 「そうだ、道中で盗賊にあって死んだことにすればよい」 「そうだ、それがいい。それならこちらの落ち度ではないからな」  今度は盗賊を用意するつもりか。そもそも同盟のための婚姻じゃないのか?   娘は内心呆れたが、貴族のやることに口を出してもしょうがないと黙っていた。

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