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「それならば、死ぬのは樺国の領土に入ってからだな」
宰相がつぶやくと家令が念を押した。
「おい、お前。絶対に逃げるなよ? 盗賊に襲われてとにかく途中で急死しろ」
人に命じることに慣れた貴族は、庶民が逆らうはずはないと信じている。逆らったとしても樺国に嫁いだ娘ひとり殺すことなどわけもないと思っているのだ。
どんな無茶ぶりだよ。ていうか簡単に死ねとか言うなよ。そんな命令を聞くバカがいるか?
でも娘はそんなことはおくびにも出さず、おっとりと訊ねた。
「樺国に嫁ぐのですか? お相手はどなたです?」
「もちろん国主だ、名は虎征(こせい)、年は二十二歳と聞いている」
「山越えするのですよね?」
「ああ、険しい山中を通るから強盗が出てもおかしくない。そのつもりで出発しろ」
宰相はそう言い捨てて部屋を出て行った。話はそれで決まったらしい。
「さすがにお前に死ねというのは酷だから、道中で適当な死体を拾っておくよう護衛に頼んでおこう」
このふた月、何かと親切にしてくれた一人の家僕がこっそり申し出たが、祥永が返事をする前に別の声が上がった。
「いや、待て。それならいっそ樺国の国主に毒を盛ってしまえばいいのでは?」
家僕の一人が言った言葉に、みながハッとした顔をした。しばらくの沈黙を経て、家令がうなずいた。
「そうだな、それもよいかもしれない。国主を暗殺して、喬国の領土とすれば皇帝はさぞお喜びになるだろう」
「お前も燕衆ならばそのくらいのことはお手の物だろう?」
家僕たちからそう迫られて、娘は呆れた。
皇帝が国主の暗殺を望んでいるかなどわからない。そもそも結婚で同盟関係を望んだんじゃないのか?
「私が頼まれたのは姫の身代わりであって国主の暗殺ではありません。依頼内容を勝手に変えられては困ります。族長の判断が必要なので里へ問い合わせてください。嫁入りの件もこちらは伺っておりませんでしたし」
すまし顔での返事に家僕たちは苦い表情になる。自分たちの失敗を表沙汰にしたくないのだ。その場は皇帝の意向を確認することにして解散となった。
さてどうする?
今は祥永様と呼ばれている娘、いや少年は部屋に戻りながら考えた。もちろん殺される気はさらさらなく、どこかで逃げるしかない。
今から里へ連絡しても二日後の出発には間に合わない。とにかく嫁入りは避けられないようだ。
まあいい、樺国に行ってもどうとでもなる。いざとなったら逃げればいいだけだ。
嫁入り支度はすでに整っていた。
二日後、馬車に乗った祥永は薄絹越しに微笑みながら手を振って館を出発したのだった。
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