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それからしばらく、虎征は戻って来なかった。
その間に祥永は王宮内を自由に歩き回って、樺国の内部事情を把握した。
三年前に虎征の父が戦場で亡くなり、即日後を継いだが、周辺国と小競り合いが続いてまだ安定はしていないこと。戦士としては剣技も弓術にも優れ、意外と策士でもあること。
征服した地域もまだ完全服従していない。今回の猿岩のあたりというのも、昨年制圧したばかりの土地で反乱の気配があるらしい。
虎征個人については人によって評価がまったく違った。
貴族からの評価はおおむね低い。武力に優れた点は認めざるを得ないが、政治手腕はないと思われている。
そもそも身分の低い側妃が生んだ第五王子で、長兄から四男までが流行り病で亡くならなければ国主になるはずもなかったのだ。
供も連れずに王宮を出て、気軽に下町の酒場に顔を出しているのも気に入らないようだ。
本人としては国主の座につくなど不本意だったのかもしれない。そう思えば、やけに淡々としていた婚礼や夜の態度も納得がいく。
しかし戦闘に駆り出される庶民の生活の安定を心掛けて、女子供でも楽に使える農具や山中でも育つ作物などの開発に力を入れており、米や茶の農税も喬国より低い。だから庶民の受けは非常に良かった。
重臣たちもそれを評価する者もいれば、もっと国の運営を考えるべきだという者もいる。
普段の言動については常識知らずで乱暴者だ、礼儀や古くからの慣習を軽視するなどと言われる一方で、ざっくばらんで親しみやすい、懐が深いという意見もあった。
周囲の評価はどうあれ確実に領土は広がっていて、虎征の名はこの地域では有名になりつつある。喬国が警戒するのも無理はない。
だからこそ、宰相家の姫との縁談が持ちあがったのだ。まだ喬国に害をなさないうちに同盟関係を結んでおくために。
それがこんな偽物の身代わりじゃまずいよな。
「こちらの浅黄の染めはいかがでしょう? 后妃様の上品なお顔に似合うと思います」
「それならこちらの萌黄のほうがよろしいのでは?」
優雅に茶を頂きながら、祥永は侍女たちの会話を聞いている。
目の前には色とりどりの生地が広がっていた。新しく作る祥永の衣裳の生地を選んでいるのだ。
樺国の侍女たちは親しみやすく親切だった。祥永は深窓の貴族の姫らしくおっとりと過ごしている。
「私はどちらでも構いません」
「喬国風にお仕立てされますか?」
「いいえ、樺国の衣裳がいいわ。とても動きやすそうですもの」
「では帯はこの深緑がいいと思います」
山中にあるせいか騎馬のためか、樺国の衣裳は実用的だ。いつか逃げる日が来たら役立つだろう。そんなことを考えながら祥永は生地を手に取り、色の組み合わせを確かめた。
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