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4-1 予感

「后妃様、間もなく虎征様がお戻りです」  早馬の知らせを受けた祥永は刺繍針を置くと、身支度を整えて正門まで迎えに出た。 「お帰りなさいませ。虎征様」  馬から降りて祥永の顔をみとめた虎征はわずかに眉を上げる。まだいたのかと言いたげな虎征に、祥永はにっこり笑ってみせた。 「お怪我がなくて何よりです」 「ああ。いきなり放っておくことになって悪かったな。姫は退屈しなかったか?」 「はい。王宮の皆さまがよくしてくださって楽しく過ごしておりました」 「そうか。悪いがまだしばらく忙しい」  後ろに控えていた側近は率直すぎる物言いにぎょっとしたが、祥永は素直に「はい」とうなずいた。 「奥で大人しくしておりますから、お気遣いなく」  挨拶だけ済ませて、祥永は自分の宮に戻ろうと踵を返した。  祥永付きの侍女があわてて「虎征様に悪気はないのです。決して后妃様を邪険にしたわけではありません」と弁解する。  虎征がつけてくれた侍女は華語が堪能で気が優しい。 「わかっているわ。ちょうどいいから今のうちに仕上げてしまいしょう」  宮に戻ると先ほどまで縫っていた短袍を取って、続きを縫い始める。 「虎征様もきっと喜ばれますわ」  后妃様みずから縫った衣裳は、喬国から持参した最上級の絹を使ったものだ。虎征が華やかな衣裳を喜ぶとは思えないが、来賓に会うなど必要とする場面はあるだろうと先日から縫い始めた。  忙しいと言った通りそのまま数日が過ぎて、衣裳が一式、縫いあがったその晩、夕食の誘いが来た。結婚式からすでにひと月が経とうとしていた。  侍女が「これはいよいよ床入りかもしれません」と張り切って身支度をしてくれ、祥永はそれはないだろと苦笑する。  でももしかしたらあの告白は戯言と思われているとか?  迎えに来た侍従が祥永の美しさにぽうっとなり、ハッとして口上を述べて先導する。  初めて来た虎征の宮は扉の透かし彫りの虎が見事で目を奪われた。いかにも武の国の国主の部屋らしく装飾はほとんどないが、室内の調度は調和が取れて落ち着いた部屋だった。 「虎征様、夕食のご招待ありがとうございます」 「いや。しばらくぶりだ。お構いできなくて申し訳ない」 「いいえ、お忙しいのはわかっております」  卓の上には料理がずらりと並んでいた。肉に川魚に山菜などの焼き物や炒め物など種類も豊富で、どれも豪快に盛りつけてある。 「たいしたもてなしはできないが、ゆっくり味わってくれ」  侍女の給仕で食事は和やかに進み、ある程度食べたところで人払いをした虎征は、機嫌よく手酌で酒杯を傾けている。

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