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「姫は酒は飲めるのか?」
「たしなむ程度ですが」
ぜひと勧められて口をつけたが、すっきりした味わいの酒だった。
「これも樺国の?」
「ああ。山の湧き水から仕込む。うまいだろう?」
「はい。このお酒も以前のお茶も山の水がおいしいのでしょうね」
「そうだろうな」
「ここからの風景も素晴らしいです。こちらの王宮はとても趣がありますね」
「しかし階段が多くて姫には大変ではないか?」
山の斜面にいくつも連なる建物は、階段と渡り廊下で繋がっている。
「いい鍛錬になります。それにどこのお庭も眺めがよくて素敵ですね」
あちこちに四阿や小さな庭園があり、休憩がてら風景を見下ろせるのだ。
「平原に広がる長寧とはまったく景色が違うだろう」
「ええ。この王宮は防御に長けた造りなのだと感心しました」
虎征はきらりと琥珀色の目を光らせた。
「姫はそんなことに興味があるのか」
「はい。私は燕衆なのでとても興味深い王宮だと拝見しました」
虎征はふと椅子から立ち上がり、祥永の側に来るといきなり胸元に手を入れた。祥永は逆らわなかった。座ったままおっとりと虎征を見上げた。
「本当に男だな」
虎征はいくらか不思議そうにつぶやく。
「最初にそう申し上げましたよ?」
胸を確かめた虎征は手を引いて、元通りに座った。いや、広い椅子の座面に足を上げて片膝を立てて座った。外面をよくしてもしょうがないと思ったようだ。
「ああ。しかしお前は機(はた)を織って針を使い、書を読んで詩を書き、琵琶も笛もたいそうじょうずだと侍女が言っていた。貴族の姫としておかしなところはなかったと。とんでもないな」
「褒め言葉と受け取っておきます」
「どういうからくりなんだ?」
「からくりなどありません。小さい頃から色々な訓練をするだけです」
ふむと虎征は何か考える目つきで祥永を眺めている。祥永は澄ました顔を保ちながらも、内心ではこの先が読めずにいた。
実のところ、祥永には虎征が何を考えているかさっぱりわからない。
最初の夜には男と確かめることもなく追い出すこともなく斬って捨てることもしなかった。
通常なら男と言った段階で縛りあげられる。あるいは喬国の間諜と疑われて殺されてもおかしくない。
「なぜ、まだここにいた?」
「なぜとは?」
「俺が不在の間に消えると思っていたがな」
「夫に留守を頼むと言われて消える妻がどこにおります?」
ほほ笑んだ祥永に虎征は虚を突かれた顔をした。
「確かに言ったが…」
だがそれは側近の前で何か言うべきだと思ってとっさに口を突いただけで深い意味はなかったらしい。
「それで残っていたというのか? ずいぶんと律儀だな」
「私は虎征様に嫁いだ身ですから虎征様のお言葉に従うだけです」
澄まし顔で答えたその言葉に虎征はふと何か思いついた目を向け、からかうような口ぶりでいう。
「では閨に侍れと言ったら?」
「妻が夫と同衾するのは当然のことかと。虎征様が望まれればの話ですが」
「なるほど」
祥永の返事に虎征はいたずらっぽく笑うとまた酒杯をあけて、豪快に鹿肉を口に放りこむ。粗野な仕草なのに下品さはなく、気持ちのいい食べっぷりだ。
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