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煮込みの椀に箸をつけながら祥永は戸惑っていた。食事を続ける虎征からは下心など感じられない。
……これは閨に誘われたのか? それならそれでも構わないが、虎征は男が相手でもいいのか?
喬国には同性を好む者もめずらしくなかったけれど樺国ではどうなのか? 戦場に女を連れてはいかないから、男の経験はあるのかもしれない。
それに虎征に側妃がいることは知っている。むしろ二十二歳の国主にいないほうがおかしい。何なら子供の一人や二人いておかしくない年齢だ。
だが后妃に劉家の姫が来ることが決まったあと、側妃たちは離宮に移されたらしい。劉家に気を遣ったようだが、祥永としては王宮にいて欲しかった。
「とはいえ、私が妻では跡継ぎができませんから、側妃様方を王宮に戻されてはいかがですか?」
「それはやめておく」
虎征の返事はそっけない。
「どうしてです? 女は好みませんか?」
もしかして男のほうがいいのか? 心の声が聞こえたように虎征は軽く肩をすくめて答えた。
「女はかわいいと思うが側妃は面倒だ。彼女たちは実家の期待を背負っているからな」
「ああ、そういうことですか」
それぞれ名のある家の出身の側妃たちだ。子を生めば、実家は将来の国主の祖父母という立場を得る。それを狙って三人の側妃が寵を競っているらしい。
だから王宮内では虎征はさほど女に興味がないと思われているのか。侍従が促してようやく足を運ぶ程度だと侍女が話したのはそういう理由だ。
「正直言って誰を選んでも争いの種になる。祖父の代からの重臣の娘たちだから邪険に扱えない。それで喬国から妻が来るなら幸いだと思ったんだが、子を生めないとはな」
率直に打ち明けられて、思わず小さな笑いがもれた。
「それはご期待に沿えず申し訳ございません」
軽く頭を下げた時、いきなり小皿が飛んできた。
左手でそれを受け止めながら、即座に立って後ろに飛び下がる。たった今まで座っていた位置に小刀が刺さっていた。
果物を剥くために添えられていた小刀だ。動かずにいたら腿に刺さっただろう。
「食事時に刃物を振り回すと危ないですよ」
落ち着いた祥永の声に、虎征の琥珀色の瞳が楽しそうに輝いた。
「ついてこい」
連れていかれたのは板張りの鍛錬場だった。虎征は燈火をつけ、庭に面した板戸を開けた。庭から満月の光が差し込んで意外と明るい。
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