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第11話(最終話)
そしてこの日の午後遅く——。
アレクシア念願のポーションがついに完成した。
城の周辺を探すとセージやネロリといった野生のハーブが群生していたので、それらを使って作った万能薬のポーションだ。
軽い風邪や腹痛などによく効くはずだ。
上質なオイルにハーブを浸して煮出し、ていねいに漉してから小さな茶色の小瓶に詰める。
最後に、
「天にいらっしゃいます我らが主よ、どうか、僕にあなたのお力をお与えください——」
と心からの祈りを込めて、出来上がりだ。
城の薬草園でポーションができた——という噂はまたたくまに広がった。城で働く侍女や下男、そして侍従たちが薬草園の前にずらりと並んだ。
「たくさんありますから安心してください。足らなくなったらまた作りますね」
「おいくらでしょうか?」
「お金はいりません」
慌てて断った。
すると行列の後ろからはっきりとした声が聞こえた。
「それはだめだ。少しは料金を取るべきだ」
「え?」
首を伸ばし声の方を見ると、なんとそこにはだれよりも背が高く逞しいアルファ——ルードヴィッヒ辺境伯が並んでいるではないか! ものすごくびっくりした。
「ルードヴィッヒさま? そこでなにをしていらっしゃるのですか?」
ルードヴィッヒは黄金色の髪をかきあげて、少しだけ照れたような顔をした。
「もちろんアレクシアどのが作ったポーションが欲しくて並んでいるんだ。一番に並ぶつもりだったが出遅れた」
「ええっ!?」
辺境伯の身分で行列にお並びになるなんて⋯⋯。
「三ギニエではどうだろうか、アレクシアどの?」
三ギニエは庶民でも十分に払える値段だ。ビールが一本買える値段だ。
「無料ではだめでしょうか?」
「生活に困っている民には無料でもいいが、それ以外の者には払わせるべきだ」
「でも⋯⋯」
迷っていると、列に並ぶ人たちが、「どうか払わせてください」と口々に言うではないか。
「あの、⋯⋯それでは、もうしわけないのですが、料金をいただくことにします。みなさま、ありがとうございます」
丁寧に膝を折り、深々と頭を下げて礼を言った。
「お礼を言うのはわたしたちでございます。首都から送られてくるポーションはいつも品薄だし、価格も恐ろしいほど高くて手が出ません。だからこうしてポーションを安くいただけるなんて夢のようです。ほんとうにありがとうございます」
「僕のほうこそ、ありがとうございます!」
自分が作ったポーションをこんなに喜んでもらえるなんて⋯⋯。
ものすごく嬉しくて涙が出そうだ。
「さあ、みなさん、どうぞ——」
カールに手伝ってもらってポーションを手渡していく。
ルードヴィッヒは列の一番最後に並んでいた。
——辺境伯だからって威張ったりなさらない⋯⋯。
なんて素晴らしい領主さまなんだろう、と思いながら、最後の一本をルードヴィッヒに手渡す。
「すべてルードヴィッヒさまのおかげです。こんな日が僕にくるなんて、想像したこともありませんでした。ありがとうございます」
「こんな日とは?」
「みなさんのお役に立てる日です」
「そうか——。よかったな」
「はい、すごく⋯⋯」
ルードヴィッヒのコバルトブルーの瞳が、優しく光ってじっと見下ろしてくる。
あまりに強い視線に、また恥ずかしくなってきた。
「あ、あの⋯⋯、僕は薬草園の生垣の手入れがあるので、これで失礼いたします⋯⋯」
ペコッと頭を下げて逃げるようにルードヴィッヒの前から去った。
けれどもルードヴィッヒがついてくるではないか!
——あれ? どうしてついていらっしゃるのだろう?
薬草園の生垣はラベンダーだ。春になれば芳しい香りに薬草園が包まれると思って作ったのだ。
そのラベンダーの生垣の後ろについ隠れてしまった。
——ルードヴィッヒさまに見つめられるとドキドキするのはなぜだろう? きっと顔が赤くなっている。変だと思われてしまう⋯⋯。
「アレクシアどの? もしや、これはかくれんぼかな?」
ルードヴィッヒの声が聞こえた。
「え? かくれんぼ? ⋯⋯あっ!」
いきなり目の前にルードヴィッヒが現れ、
「見つけた——」
と、にっこりと笑う。
「えっ?」
まるでほんとうにかくれんぼをしているようではないか。
ルードヴィッヒの童心にアレクシアも声を出して笑ってしまった。
こんなに笑うのは生まれて初めてかもしれない。
——初めてのことばかりだ。嬉しいことばかりだ⋯⋯。
とても幸せな気持ちだった。
——幸せって、笑いがいっぱいなんだ。
「アレクシアどの——」
「はい?」
「『こんな日』を永遠に続けてみないか?」
「え?」
——どういう意味だろう?
首をかしげると、ルードヴィッヒは優しい声でつづけた。
「この城を我が家だと思って、この先ずっとここで暮らしてほしい」
「でも、あの⋯⋯、僕は身元がはっきりしない者です⋯⋯」
「ここは国境の地だと言っただろう? 我が領地の法を犯しさえしなければ、だれでも自分らしく自由に暮らすことができる場所だ。過去など忘れていい」
「過去を忘れていい⋯⋯」
——忘れていいのかな?
叩かれたこと、嘲笑われたこと、泣いたこと、痛かったこと、そして寂しかったこと⋯⋯。
ほんとうにぜんぶ忘れて、ここで暮らしてもいいのかな?
そうできたらどんなにいいだろう⋯⋯。
アレクシアの白い頬に一筋の涙が流れた。
「泣くな——」
ルードヴィッヒの声はほんとうに優しい。
「いいのですか? 僕がここで暮らしても、⋯⋯いいのですか?」
「もちろんだ。それに、『悪役令息』のふりもしなくていい」
「ふり? え? あ、あの⋯⋯、僕が悪役令息ではないと、ご存じだったのですか?」
「ああ、知っていた。意地悪をするのは大変だったろう?」
「はい、とても⋯⋯」
「そなたがほんとうは何者かは問わない。だから、ここで暮らしてくれ」
「⋯⋯あ、⋯⋯ありがとうございます」
嬉しくて涙が止まらない。
ルードヴィッヒの指がそっと頬を撫でて、あふれる涙を拭いてくれた——。
——ここで暮らせる! ルードヴィッヒさまのそばで暮らせる!!
虐げられ聖女のアレクシアは、こうして辺境の地で幸せをつかんだ。
そしてその幸せは末長く続いた⋯⋯。
終わり
最後までお読みいただき、ありがとうございましたm(_ _)m
この下に↓長編版のあらすじを付け加えました!
追記)
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全裸の辺境伯に薬を塗ることになって⋯⋯肌色シーンとか
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