11 / 11

第11話(最終話)

 そしてこの日の午後遅く——。  アレクシア念願のポーションがついに完成した。  城の周辺を探すとセージやネロリといった野生のハーブが群生していたので、それらを使って作った万能薬のポーションだ。  軽い風邪や腹痛などによく効くはずだ。  上質なオイルにハーブを浸して煮出し、ていねいに漉してから小さな茶色の小瓶に詰める。  最後に、 「天にいらっしゃいます我らが主よ、どうか、僕にあなたのお力をお与えください——」  と心からの祈りを込めて、出来上がりだ。  城の薬草園でポーションができた——という噂はまたたくまに広がった。城で働く侍女や下男、そして侍従たちが薬草園の前にずらりと並んだ。 「たくさんありますから安心してください。足らなくなったらまた作りますね」 「おいくらでしょうか?」 「お金はいりません」  慌てて断った。  すると行列の後ろからはっきりとした声が聞こえた。 「それはだめだ。少しは料金を取るべきだ」 「え?」  首を伸ばし声の方を見ると、なんとそこにはだれよりも背が高く逞しいアルファ——ルードヴィッヒ辺境伯が並んでいるではないか! ものすごくびっくりした。 「ルードヴィッヒさま? そこでなにをしていらっしゃるのですか?」  ルードヴィッヒは黄金色の髪をかきあげて、少しだけ照れたような顔をした。 「もちろんアレクシアどのが作ったポーションが欲しくて並んでいるんだ。一番に並ぶつもりだったが出遅れた」 「ええっ!?」  辺境伯の身分で行列にお並びになるなんて⋯⋯。 「三ギニエではどうだろうか、アレクシアどの?」  三ギニエは庶民でも十分に払える値段だ。ビールが一本買える値段だ。 「無料ではだめでしょうか?」 「生活に困っている民には無料でもいいが、それ以外の者には払わせるべきだ」 「でも⋯⋯」  迷っていると、列に並ぶ人たちが、「どうか払わせてください」と口々に言うではないか。 「あの、⋯⋯それでは、もうしわけないのですが、料金をいただくことにします。みなさま、ありがとうございます」  丁寧に膝を折り、深々と頭を下げて礼を言った。 「お礼を言うのはわたしたちでございます。首都から送られてくるポーションはいつも品薄だし、価格も恐ろしいほど高くて手が出ません。だからこうしてポーションを安くいただけるなんて夢のようです。ほんとうにありがとうございます」 「僕のほうこそ、ありがとうございます!」  自分が作ったポーションをこんなに喜んでもらえるなんて⋯⋯。  ものすごく嬉しくて涙が出そうだ。 「さあ、みなさん、どうぞ——」  カールに手伝ってもらってポーションを手渡していく。  ルードヴィッヒは列の一番最後に並んでいた。  ——辺境伯だからって威張ったりなさらない⋯⋯。  なんて素晴らしい領主さまなんだろう、と思いながら、最後の一本をルードヴィッヒに手渡す。 「すべてルードヴィッヒさまのおかげです。こんな日が僕にくるなんて、想像したこともありませんでした。ありがとうございます」 「こんな日とは?」 「みなさんのお役に立てる日です」 「そうか——。よかったな」 「はい、すごく⋯⋯」  ルードヴィッヒのコバルトブルーの瞳が、優しく光ってじっと見下ろしてくる。  あまりに強い視線に、また恥ずかしくなってきた。 「あ、あの⋯⋯、僕は薬草園の生垣の手入れがあるので、これで失礼いたします⋯⋯」  ペコッと頭を下げて逃げるようにルードヴィッヒの前から去った。  けれどもルードヴィッヒがついてくるではないか!  ——あれ? どうしてついていらっしゃるのだろう?  薬草園の生垣はラベンダーだ。春になれば芳しい香りに薬草園が包まれると思って作ったのだ。  そのラベンダーの生垣の後ろについ隠れてしまった。  ——ルードヴィッヒさまに見つめられるとドキドキするのはなぜだろう? きっと顔が赤くなっている。変だと思われてしまう⋯⋯。 「アレクシアどの? もしや、これはかくれんぼかな?」  ルードヴィッヒの声が聞こえた。 「え? かくれんぼ? ⋯⋯あっ!」  いきなり目の前にルードヴィッヒが現れ、 「見つけた——」  と、にっこりと笑う。 「えっ?」  まるでほんとうにかくれんぼをしているようではないか。  ルードヴィッヒの童心にアレクシアも声を出して笑ってしまった。  こんなに笑うのは生まれて初めてかもしれない。  ——初めてのことばかりだ。嬉しいことばかりだ⋯⋯。  とても幸せな気持ちだった。  ——幸せって、笑いがいっぱいなんだ。 「アレクシアどの——」 「はい?」 「『こんな日』を永遠に続けてみないか?」 「え?」  ——どういう意味だろう?  首をかしげると、ルードヴィッヒは優しい声でつづけた。 「この城を我が家だと思って、この先ずっとここで暮らしてほしい」 「でも、あの⋯⋯、僕は身元がはっきりしない者です⋯⋯」 「ここは国境の地だと言っただろう? 我が領地の法を犯しさえしなければ、だれでも自分らしく自由に暮らすことができる場所だ。過去など忘れていい」 「過去を忘れていい⋯⋯」  ——忘れていいのかな?  叩かれたこと、嘲笑われたこと、泣いたこと、痛かったこと、そして寂しかったこと⋯⋯。  ほんとうにぜんぶ忘れて、ここで暮らしてもいいのかな?  そうできたらどんなにいいだろう⋯⋯。  アレクシアの白い頬に一筋の涙が流れた。 「泣くな——」  ルードヴィッヒの声はほんとうに優しい。 「いいのですか? 僕がここで暮らしても、⋯⋯いいのですか?」 「もちろんだ。それに、『悪役令息』のふりもしなくていい」 「ふり? え? あ、あの⋯⋯、僕が悪役令息ではないと、ご存じだったのですか?」 「ああ、知っていた。意地悪をするのは大変だったろう?」 「はい、とても⋯⋯」 「そなたがほんとうは何者かは問わない。だから、ここで暮らしてくれ」 「⋯⋯あ、⋯⋯ありがとうございます」  嬉しくて涙が止まらない。  ルードヴィッヒの指がそっと頬を撫でて、あふれる涙を拭いてくれた——。  ——ここで暮らせる! ルードヴィッヒさまのそばで暮らせる!!  虐げられ聖女のアレクシアは、こうして辺境の地で幸せをつかんだ。  そしてその幸せは末長く続いた⋯⋯。 終わり  最後までお読みいただき、ありがとうございましたm(_ _)m この下に↓長編版のあらすじを付け加えました! 追記) この中編を元にして書いた長編をAmazon電子書籍として出版していただきました。タイトルは『追放聖女と溺愛辺境伯』です(ただいまAmazonベストセラー入り中) 追放聖女と溺愛辺境伯 のタイトルでAmazonで検索できます。 この後の展開は、  全裸の辺境伯に薬を塗ることになって⋯⋯肌色シーンとか  舞踏会に招待されて⋯⋯ゴージャスシーンとか  意地悪聖女たちへのザマァ⋯⋯とかです。もちろんプロポーズもです。  濡れ濡れオメガの初夜短編や、ほのぼの子育て短編も収録しました。  盛りだくさんなので、もしよかったら覗いてみてください。  価格はラノベにしては安めです!
7
いいね
5
萌えた
0
切ない
0
エロい
6
尊い
リアクションとは?
コメント

ともだちにシェアしよう!