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第4話

 結局──ノエルは名前以外の事を思い出す事はなかった。あれから一週間、ノエルは今もルカの家に居座っている。来た当初、ノエルは食事の仕方も風呂の入り方も歯の磨き方も、何一つできなかった。初めて食事を出した時、手掴みで食べ初めたのには驚いた。幼稚園児でもできる事がノエルにはできなかった。まるで幼児を育てている気分だ。 「ルカ、おかえりなさい」 撮影から帰るとノエルは必ず出迎えてくれる。まるで飼い主が帰ってきて喜ぶ犬の様で、思わず顔が綻ぶ。 「ただいま。飯は?」 そう尋ねると首を振る。 「何か頼もう」  ノエルと住み始めて一週間がたち、ノエルの異常に整った顔にも慣れ始めていた。それでも、完全に耐性につくには時間がかかりそうではあったが。  目の前でパスタと格闘するノエル。まだフォークをうまく使いこなせないのか、口の回りと白いTシャツはトマトソースで真っ赤になっている。 「ほらー!付いてるって!あーあ、もう……!下手くそだな!」 そう言ってルカはノエルの口をティッシュで拭いてやる。 「それ食べたらシャワーな」 「うん」  ノエルの見た目は十代後半から二〇代半ばくらいに見えたが、精神年齢はもっと幼く感じる。年相応に見える事もあれば、時には五〜六歳に感じる事もあり、どれもあやふやで年齢不詳だった。 ノエルは、ルカの(ことば)を全て信じて受け入れた。 『ノエルの顔は醜いから見た人は驚いてしまう。だから人と会わない方がいい』 我ながら酷い事を言っている自覚はある。とにかくノエルを人目に晒したくなかった。部屋中の鏡を撤去したが、窓ガラスまではさすがに無理だったが、ノエルはルカのを(ことば)を信じ、ガラス窓に映った自分の姿は醜いものだと思っている様だった。 (まるで監禁だ) ノエルの美貌はきっと、人を狂わせる。

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