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第1話 リストカット

 琥珀は自分のベッドで目覚めた。嫌な夢を見て浅い眠りにうなされて寝返りを打つ。トイプードルのケノが心配そうに琥珀の手首を舐めようとしてくる。犬は血の匂いに敏感だ。  琥珀は自分の手首にまた、新しい傷が増えているのを見た。昨夜付けた傷だ。そして中学時代の出来事を思い出していた。  ほんの4年前の事なのに、心に蓋をしていた事。  琥珀が中学2年の時、数学のメイ先生と二人きりになることがあった。  美術の課題が終わらず、出来た人から帰れる、というので、一人、また一人、帰って行き、気が付いたら教室に残る最後の一人になっていた。  一緒に帰る友達もいない。いつもの事だった。 そこへ担任のメイ先生が入って来た。アメリカ人とのハーフだというイケメンで、女子と保護者には絶大な人気がある。  琥珀はそういう主役っぽいひとが苦手で、あまり話をした事はなかった。  メイ先生は今、足音も立てず、教室に入って来た。誰もいないと思っていたらしく、お互いに驚いてしまった。 「ああ、びっくりした。 まだ、残ってる生徒がいたんだね。」 メイ先生の声に琥珀の方が驚いた。 「美術の課題、終わりました。今帰る所です。」  琥珀の声にメイ先生はつかつかと近付いて来た。 (先生、ちょっと近いよ。)  メイ先生はいきなり琥珀の腕を掴んだ。袖を捲り上げて、包帯を取り、琥珀の手首の傷をなんと、舐め始めたのだ。 「先生、何すんだよ!」 「黙って。」 怖くて逃げられない。その力の物凄く強い事もあって、手を引っ込められない。  琥珀は中2になってからリストカットを止められなくなっていた。まだ、傷はそんなに多くない。 (どうして、わかったんだろう?) 「ああ、私は血の匂いに敏感なんだよ。 手首を切るなんて,君は不幸なのか? こんな事を続けていると、今に死んでしまうよ。」 (心を読んだ?キモッ、この男。)  この状況が信じられない。先生はゆっくり傷を舐めてから、にっこり笑って包帯を元に戻した。  誰にも言うな、でもなくとろけるような笑顔だった。 (ああ、メイ先生はこんなに綺麗な顔をしてるんだ。俺はタイプじゃないけどな。) 「君は犬坂琥珀くんだね。 遅いから気を付けてお帰り。」 (先生に名前を覚えられてた。)  家に帰ってから、だんだん気持ち悪くなってきた。傷が開きそうなほどゴシゴシと洗った。  琥珀はこの出来事でメイを不気味な変態教師、と認識したのだった。琥珀が14才のときだった。

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