1 / 11
第1話 リストカット
琥珀は自分のベッドで目覚めた。嫌な夢を見て浅い眠りにうなされて寝返りを打つ。トイプードルのケノが心配そうに琥珀の手首を舐めようとしてくる。犬は血の匂いに敏感だ。
琥珀は自分の手首にまた、新しい傷が増えているのを見た。昨夜付けた傷だ。そして中学時代の出来事を思い出していた。
ほんの4年前の事なのに、心に蓋をしていた事。
琥珀が中学2年の時、数学のメイ先生と二人きりになることがあった。
美術の課題が終わらず、出来た人から帰れる、というので、一人、また一人、帰って行き、気が付いたら教室に残る最後の一人になっていた。
一緒に帰る友達もいない。いつもの事だった。
そこへ担任のメイ先生が入って来た。アメリカ人とのハーフだというイケメンで、女子と保護者には絶大な人気がある。
琥珀はそういう主役っぽいひとが苦手で、あまり話をした事はなかった。
メイ先生は今、足音も立てず、教室に入って来た。誰もいないと思っていたらしく、お互いに驚いてしまった。
「ああ、びっくりした。
まだ、残ってる生徒がいたんだね。」
メイ先生の声に琥珀の方が驚いた。
「美術の課題、終わりました。今帰る所です。」
琥珀の声にメイ先生はつかつかと近付いて来た。
(先生、ちょっと近いよ。)
メイ先生はいきなり琥珀の腕を掴んだ。袖を捲り上げて、包帯を取り、琥珀の手首の傷をなんと、舐め始めたのだ。
「先生、何すんだよ!」
「黙って。」
怖くて逃げられない。その力の物凄く強い事もあって、手を引っ込められない。
琥珀は中2になってからリストカットを止められなくなっていた。まだ、傷はそんなに多くない。
(どうして、わかったんだろう?)
「ああ、私は血の匂いに敏感なんだよ。
手首を切るなんて,君は不幸なのか?
こんな事を続けていると、今に死んでしまうよ。」
(心を読んだ?キモッ、この男。)
この状況が信じられない。先生はゆっくり傷を舐めてから、にっこり笑って包帯を元に戻した。
誰にも言うな、でもなくとろけるような笑顔だった。
(ああ、メイ先生はこんなに綺麗な顔をしてるんだ。俺はタイプじゃないけどな。)
「君は犬坂琥珀くんだね。
遅いから気を付けてお帰り。」
(先生に名前を覚えられてた。)
家に帰ってから、だんだん気持ち悪くなってきた。傷が開きそうなほどゴシゴシと洗った。
琥珀はこの出来事でメイを不気味な変態教師、と認識したのだった。琥珀が14才のときだった。
ともだちにシェアしよう!