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第6話 神官王の企み

 婚姻式を終えたユリティは、疲れを癒やす間もなく最後の仕上げに取りかかった。 (ほかに人の気配は……ないな)  今宵は神官王と御神託の花嫁の初夜、神官王付きの神官も居住区には近づかない。それでも念のためとユリティは人避けの結界を施すことにした。  手にしていた真っ赤な石を一粒、口に含む。そうして奥歯で噛み砕くと、ふぅっと息を吐き出した。ユリティの口から赤い煙のようなものがスルスルと広がっていく。それが廊下全体に行き渡り、一瞬だけパッと光が散った。同時に漂っていた赤い煙も霧散する。 (さて、最後の仕上げといこうか)  そのための準備は三日前から始めている。ユリティにとっては何もかもが不快な内容だったが、もっとも苦痛だったのは三日間リシアに血を与えられないことだった。それももう間もなく終わる。 (匂いで気分を害するのではと思っていたが、まさか大広間で匂いに気づくとは)  リシアが殺意を向けていた男はスフォルツだ。もちろん三日間、スフォルツと接触した後は潔斎の部屋で念入りに匂いを消していた。それでもリシアは勘づいた。そのことにユリティは感嘆していた。 (あのときわたしは笑っていなかっただろうか)  リシアのスフォルツへ向ける激情に思わず口元が緩んでしまった。ここまで自分を求めていたのかと、リシアの様子に下腹部が熱く(たぎ)った。「金竜のときもそうだった」と懐かしく思いながら「いまはまだ」と自らの体を(なだ)める。 (もっともっとわたしへの想いを体に、心に刻みつけて)  怒り、困惑、羞恥、悦び――すべて花開くきっかけになる。極上の香りの糧になる。 (かつて極上の味わいでわたしを満たしていたものが、再びこの手に)  ユリティの顔に神々しいまでの笑みが広がった。かつての神の名残にしては美しくも残忍な笑みをたたえながら男が待つ部屋の扉を開く。 「……ぁっ、ユリ、ティ……っ」  薄暗い部屋の中央にソファがあった。傍らにはソファの周辺を照らすランプが置かれ、だらしなく座る男――スフォルツを照らしている。  ぼんやりした緑眼がユリティを見た。目元は真っ赤に染まり、時々唇がヒクッと震える。シャツははだけた状態で上着は着ていなかった。下は靴以外身に着けておらず、ズボンも下着も床に落ちている。そこに大広間で見た貴族然とした姿はなく、座っているのは情欲に支配された一人の男だった。 「ユリティ、言われたとおり、準備、したよ」  はしたなく広げている足の間には紐で結んだ男の象徴があった。腹に付くほど勃起しながら根元が結ばれているためか、ヒクヒクと震え先走りの液体をトロトロとこぼしている。その下には張り詰めた袋が二つ小刻みに震え、さらに奥には紐と呼ぶには太すぎるものが揺れていた。 「ふふ、どう……? ユリティのを、想像しただけで、こんなに、んっ」  淫らなスフォルツを見てもユリティの表情は変わらない。触れたい欲がわくこともなく、ただ静かに乱れる男を見ている。 (自慰だけでこれとは)  はじめ、スフォルツはユリティを抱くつもりでいた。しかしユリティが受け入れるはずがない。そもそも指一本触れさせるつもりもなかった。だから囁いた――「わたしを受け入れたくはないか?」と。  ユリティに触れたくてたまらなかったスフォルツは呆気なく陥落した。自ら手で慰める姿を見せ、受け入れる場所をほぐしさえした。それを三夜続けた。昨夜は「明日には」と囁くユリティに感極まったスフォルツが「あんな花嫁にきみを渡すものか」と言いながら三度も果てた。  今夜、花嫁と大広間を後にしたら応接間に来るように告げておいた。そうしてすぐに受け入れられるように後ろを慣らしておくようにとも伝えた。スフォルツはユリティに言われたとおり後ろをほぐし、それだけで果ててしまいそうな前を紐で縛り我慢した。 『花嫁は初夜に浮かれているだろうけれど、本当の初夜を迎えるのは僕ときみなんだね。あぁ、楽しみで興奮が止まらないよ』  昨夜、興奮しながらスフォルツが口にした言葉を思い出し、ユリティが美しく笑う。 『そもそもあんな姫が高潔な神官王の花嫁に選ばれるなんて間違いだったんだ。だってそうだろう? 傾国なんて呼ばれているような姫だ、あちこちの男に誘われていたとも聞いている。とっくに純潔なんかじゃないだろうし、腹違いの兄に庇護されている間に間違いがあってもおかしくないじゃないか』  まるでそれが真実だと言わんばかりに語るスフォルツは滑稽でしかない。聞きながらユリティは笑い出すのを何度もこらえた。 (リシアは生まれる前からわたしのものだというのに)  それに若きウィンガラード王が執心なのは母親のほうだ。同じ顔をしていてもリシアには興味すら持っていない。だから花嫁にすることを渋る母親に「もう神官王にあげてもよいのでは?」と囁いた。若き王に夢中な母親は、その言葉にリシアを差し出すことを決めた。 (わたしと駆け引きをしているつもりだったようだが、たかが現在(いま)の神ごときができるはずもないというのに)  今夜は初夜だからだろうか、いつもより何もかもがおかしくてたまらない。思わず笑みをこぼすユリティの耳にスフォルツの声が聞こえてきた。 「ねぇ、ユリティ、も、がまんできそうに、ないんだ」  緑眼が欲望も顕わにすがるような眼差しをユリティに向ける。そそり勃つ先からは淫液がとめどなくこぼれ落ち紐の色を濃くしていた。部屋の中に漂うスフォルツの精臭はますます濃くなりユリティが眉をひそめる。さっさと終わらせてしまおう、そう思いながら表情を繕う。 「まだ触れてもいないのにこんなにも滴らせて……。いけない人ですね」 「だって、ユリティに、見られて、る、から……っ。はやく、触って、うしろ、すぐ挿れても、平気だか、ら……っ」 「そんなに腰を揺らしては道具だけで果ててしまいますよ? あぁほら、またいやらしいものがこぼれ落ちた」 「ねぇ、はやく、触って! ユリティ、おねが、ぃ、もう、お尻が、ジンジンして、はやく、ユリティの、挿れて……っ!」  感極まったスフォルツの声と重なるように廊下に炎のような気配が現れた。それは嫉妬と殺意に満ちたリシアが放つ獰猛な気配だった。  湯から上がったリシアは、部屋に愛しい人の姿がないことを訝しんだ。しばらく待ったものの帰ってくる様子がない。それなら探しに行こうとソファから立ち上がったとき、廊下の先から不快な匂いがすることに気がついた。  それはユリティに纏わり付いていた嫌な匂いと同じものだった。それよりもずっと濃い匂いが扉越しに流れてくる。それほどの匂いをリシアが感じたのはユリティがスフォルツのいる部屋を遮断していなかったからだ。潔斎してもなお勘づくリシアなら必ず気づく。ユリティが考えたとおりリシアはすぐに気づき廊下に出た。 (あぁ、真っ赤に燃える炎のような殺気をまとって……その気配すら愛おしい)  炎のような殺気が扉越しに真っ直ぐスフォルツに向かって伸びている。あと少しで扉が開くだろう。それが今夜の宴の始まりだ。 (さぁ、扉を開けて)  そして花開き、極上の香りを放ちなさい――碧眼が妖しく光った。それにスフォルツが喉を鳴らすのと同時に扉が開いた。

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