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第7話 花嫁の開花

 薔薇の花びらを贅沢に使った湯を堪能したリシアが部屋に戻ると、いるはずのユリティの姿がどこにもなかった。まだ儀式が残っていたのかとしばらく待ってはみたものの、一向に帰ってくる様子がない。そのことに首を傾げていると近くから嫌な匂いがしてハッとした。 (この匂い……)  リシアには覚えがあった。眉をひそめながら廊下に出ると匂いが一層濃くなる。ここ三日ほどユリティに纏わり付いていた不快な男の匂いだ。そして婚姻式のときにも感じた。リシアは嫌な匂いをたどりながら廊下を歩いた。 (大事な日なのに、ユリティに会いに来たんだ)  体の奥から沸々と怒りがわき上がる。ユリティは自分のものなのにと黒眼が光った。可憐な顔から表情がなくなり、まだしっとりと濡れている黒髪は風もないのにゆらゆらと毛先を揺らす。 (……ここだ。ここから嫌な匂いがする)  扉の前に立った途端に全身がぶわりと総毛立った。苛立ちや不快感、ほかにも様々な感情がリシアの中に渦巻き始める。 (ユリティは僕のものだ)  扉から下卑たいやらしい匂いが漏れ出ている。あまりの悪臭に可憐な顔が歪んだ。強烈な不快感と怒りに肌を震わせながらリシアが扉の取っ手に手をかけた。 「……ユリティ」  扉を開くと、部屋の中央に長い金髪を下ろした美しい神官王が立っていた。婚姻式のときに着ていた神官服はなく、シャツとズボンだけの身軽な格好になっているものの清廉な後ろ姿は変わらない。すっかり見慣れたはずの背中に見惚れながら、リシアが「ユリティ」と甘く呼びかけた。  ユリティが振り返った。いつものように穏やかで優しくリシアを見ている。それに微笑み返したリシアだったが、すぐに笑顔は消え奥のソファに座る男を見た。 「その人はだぁれ?」  座っているのは知らない男だ。いや、ほんの少し前に見た顔だ。大広間で嫌な匂いを漂わせながら笑っていた男で間違いない。リシアの可憐な顔が険しい表情に変わる。  ソファに座った男はユリティに見せつけるかのように股を開いていた。露出した下半身にリシアの表情が冷たくなる。リシアがとくに醜悪だと感じたのは紐で縛られた男の証で、腹に付くほど勃起させ興奮に先端をぬめらせていた。その下には紐よりも太いものが尻の孔から出ているのが見える。  リシアの眉が跳ね上がった。なぜ勃起したものを紐で結んでいるのかわからない。尻に見えるものも何かわからない。しかし周りに散る白濁や精臭から男が激しく欲情しているのはわかった。ああしてユリティを誘っているのだとリシアは理解した。  ――オ前ゴトキガ 僕カラ奪エルト 思ッテイルノカ?  体中の血が沸騰する。目の前が真っ赤になる。 (あれを排除しなければ。早く消し去らなければ)  この手で心臓を掴み出し、握り潰してしまわなければ。リシアの中で激しい感情が暴れ出す。  ――僕ノ ユリティ カラ 離レロ!  濡れ羽色の美しい黒髪がぶわりと舞い上がった。闇夜のような黒眼は爛々と光り周囲に真紅の薔薇のような光がチカチカと瞬く。怒りに震える華奢な指が男へと向けられたときだった。 「リシア」  愛しい人の声に舞い上がっていた黒髪がパラパラと静かに落ちていく。名前を呼ぶほうへゆっくりと視線を向けた。 「こちらへいらっしゃい、リシア」 「……ユリティ」  差し出された手に誘われるようにリシアが歩き出す。一歩、また一歩と近づきユリティの腕に身を委ねた。 「あぁ、薔薇のよい香りがしますね。想像していたよりよい香りです」 「ユリティは、この匂いが好き?」 「薔薇の香りがするリシアも好きですよ」 「……うれしい」  リシアの頬が薔薇色に染まる。うっとりした表情を浮かべるリシアの手をうやうやしく取ったユリティが手の甲に口づけた。さらに指の先に口づけるとくるりとひっくり返し、手のひらにも口づける。 「わたしだけのシリア」 「もっと言って」  リシアの黒眼にはユリティしか映っていなかった。あれほど怒り狂っていた男など目に入っていないかのように視線はユリティにだけ向けられ、手に口づける様子をうっとりと見つめる。体を巡っていた激情は少しずつ情欲へと変わりリシアの体を熱くした。 「愛しいリシア」 「もっと」 「愛する花嫁」  愛を告げながら再び手のひらに口づけたユリティが、そのまま細い手首に唇を這わせた。吸いつくように手首に口づけ、そのまま柔らかい内側の肌に唇を這わせたまま二の腕へとすべらせていく。  ユリティの指が夜着のボタンにかかった。リシアが着ているのは薄手の夜着で、胸元にはぷくりと膨らんだ尖りが見える。それに敢えて触れずボタンを半分外したところで、華奢な体を背後から抱きしめた。 「んっ」  リシアの唇から甘い吐息が漏れた。こうして抱きしめられるだけで肌がざわつく。ますます体を熱くするリシアの夜着に手を掛けたユリティが、右肩から夜着をするりと落とした。顕わになった肩を撫でながら快感に染まる首筋に唇を近づける。 「あっ」  首筋に熱い唇を感じたリシアの口から漏れたのは、先ほどよりもさらに甘いため息だった。黒眼は快感に潤み、二の腕まではだけている右手は背後にいるユリティの頭を抱くように伸びている。 「ユリティ、の、花嫁って、」  それまで呼吸すら止まっていたかのようなスフォルツが掠れた声を漏らした。声を聞いた途端にリシアの顔から甘い表情が消える。 「この声、」 「リシア」 「いまの、」 「気にしないで」 「でもっ」 「リシア」  耳たぶに口づけられ険しかったリシアの顔がトロンととろける。 「いまはわたしのことだけを考えて」 「ユリ、ティ」  半分顕わになった胸にユリティの指が触れた。それだけでリシアは身悶えるように体を震わせた。そうして背中を覆う熱に「もっと」と強請るように体をすり寄せる。 「花嫁って、その体、少年じゃないか……っ」  不快な声にリシアの黒眼が正面を向いたが、すぐにユリティの指に鎖骨を撫でられ「んんっ」と顎を上げる。 「無粋な男ですね。花嫁の性別など些細なことでしかないというのに。そんなことよりどうです、この愛らしい姿は。この世の何よりも可憐で……」  鎖骨を撫でていたユリティの指が胸の尖りを掠めた。それにリシアが「んぅ」と体を震わせると「声まで愛らしい」と囁きながら、さらに指を下へとすべらせていく。(あばら)を撫でられ、夜着の中に入った手にへそをくるりと撫でられたリシアは、快感と期待感にますます白い肌を赤く染めた。 「ふぅっ」  たまらずリシアの口から悩ましい声が上がった。 「淫らで(つや)やかで……わたしの花嫁はこの姫君以外あり得ません」 「そ、んな……! 姫君って、男じゃないかっ! そんな、神聖な御神託の花嫁が少年のはずがない……っ」 「御神託を疑うのですか? 神官長だったあなたが? 神官王であるわたしに色仕掛けをするような、ただの貴族に成り果てたあなたが?」 「嘘だ、うそだ、うそだっ。清廉で高潔なきみの花嫁がこんな少年だなんて、うそだ……っ」  快感に眉尻を下げていたリシアがぴくりと頬を震わせた。快感の隙間に耳障りな声が聞こえる。愛おしそうな眼差しで自分を見下ろすユリティを、眉を寄せたリシアが見上げた。 「うる、さい……ん、こねずみ、が……ん、」 「あれはただの羽音です」 「は、おと……?」 「そう、取るに足らない小さな虫の羽音です」 「あん!」  すっかり熱くなっていた股間を夜着の上から撫でられ、リシアが背中を仰け反らせた。初夜のために用意された夜着は薄く真っ白なもので、股間のあたりが濡れているからか下生えの黒色が透けて見えている。その上をユリティの指が形を確かめるように動いた。刺激に耐えられずリシアの腰がゆらゆらと揺らめく。 「この三日間よく辛抱しましたね。さぁ、ご褒美の時間ですよ」  リシアの眼前に指が差し出された。指の腹からは鮮血がツプツプとにじみ出している。それを目にした途端にリシアの顔に妖艶な笑みが広がった。 「いい匂い」  唇をちろりと舌先で舐めたリシアは、血が滲む指をぺろりと舐めた。うっとりと目を細め、今度はちゅうちゅうと乳を吸うようにしゃぶる。  三日ぶりの甘い香りにリシアは酔い痴れていた。嚥下するたびに喉が熱くなり、次第に下腹部に熱が集まり始める。健気に勃ち上がっていた花芯は透明な蜜をしたたらせ、それがますます夜着を湿らせた。  指に夢中になっているリシアの黒髪をユリティが優しくかき上げた。可憐で妖艶なリシアの顔がソファの横にあるランプに照らされ、それを見たスフォルツが目を見開く。 「その少年、は……」  スフォルツがつぶやくように声を漏らした。 「その顔は……まるで……」 「可憐で美しいでしょう?」 「そ、れは……それはだめだ、いけない」 「婚姻式ではベールを被っていましたからね。わたし以外にこの可憐な顔を知る者はスフォルツ、あなただけです」 「だめだっ、それはっ」 「花嫁の(かんばせ)を目にできること、光栄に思いなさい」  リシアの口から指が引き抜かれる。名残惜しそうに指を目で追うリシアの顎にその指がかかった。そうしてスフォルツに見せつけるようにクイッと正面に向ける。 「さぁ、これが御神託の花嫁です」 「き、みは……きみは、神を犯すつもりなのか……っ」  ユリティの足がリシアの足の間に入り緩く股を開かせた。そうして顎に触れているのとは反対の手で乱れた夜着の裾をめくり上げる。夜着の下は素肌だった。一瞬姿を現した花芯は先端だけでなく根元までしっとりと濡れている。  顎から手を離したユリティが、その手で下腹部を撫でながら身を屈めた。そうして耳元で「愛しい花嫁」と囁くとリシアがうっとりと微笑む。歓喜と快感にとろけていた黒眼だったが、次の瞬間パッと見開かれた。 「…………――――!」  突然体を突き抜けた衝撃に、リシアは声にならない悲鳴を上げた。何の前触れもなく初心な交合口をユリティの熱塊に貫かれ全身を硬直させる。それでも華奢な体は拒むことなく猛々しい熱塊を受け入れた。侵入にギュウッと収縮した肉壁はすぐにとろりと溶け、それを感じ取ったユリティがさらに奥へと腰を穿つ。 「ぁ、は……ユ、ティ……」 「さぁ、血を舐めて」 「ん、んちゅ、んぅ」  深く貫きながら優しい声でそう囁いたユリティが、血が滲む指でリシアの唇を撫でた。甘い香りにリシアの黒眼はすぐにトロンとし、舌を伸ばしながら指に吸いつく。 「そう、上手ですよ。上も下も上手に咥えて……」 「んふ」  ユリティの声も段々と淫らになっていく。それはリシアが初めて耳にする声だった。自分に興奮しているのだとわかり、硬直していた背中を興奮と快感が駆け上がる。うなじが粟立ち、初心な肉壁がきゅうぅと愛しい熱塊を締め上げた。 「あぁ……そんなことをされては、わたしのほうが辛抱できなくなりそうですよ」 「んちゅ、んっ、んぅ」  口内に広がる甘い香りと体を貫く感覚に、リシアはあっという間に目を回した。まるで酔っているかのように意識は朦朧とし、それでも体の内側は熱心にユリティを求めて蠢く。気がつけばしゃぶっていた指は遠のき、片足を持ち上げられたリシアは立ったまま深い場所まで熱く硬い欲望に貫かれていた。 「きみは……どうして……」 「駄目だと言いながら体は正直ですね、スフォルツ」  ユリティの視線は戸惑いながらも興奮しているスフォルツを見ていた。冷たい視線を向けられているにもかかわらず、スフォルツは緑眼を見開きながら「はぁ、はぁ」と興奮に染まった荒い息を吐いている。 「その興奮はリシアを見てのものですか? それとも長年恋い焦がれてきたわたしにでしょうか? あぁ、もしくはリシアを自分に見立て、わたしに貫かれているのを想像でもしましたか?」 「あ、あぁっ、ああぁぁぁ……っ」 「根元を結んだままでは満足に吐精できないでしょうに。それとも痛みを快楽に感じる性癖でもありましたか」 「ちが、ユリティ、ちがう、んだ、……は、は、あぁっ」 「かまいませんよ。そのまま何度果てようとも、後ろに挿し込んだ道具で自らを慰めようとも」  碧眼がますます冷たくスフォルツを見る。途端に縛られた性器がブルッと震え、ソファに座る体がビクビクと跳ねた。 「あぁ、ユリティ、やめ、ぁあっ、あっ、も、やめて、くれ……っ」 「わたしは何もしていません。あなたが勝手に悦んでいるだけでしょう」 「ユリティ、だれと、はなして……」 「あぁリシア、気にしなくてよいのですよ。あなたはただ与えられる快楽に身を委ねていなさい」 「でも、ぁんっ!」  奥を穿たれリシアの口から悲鳴のような嬌声が漏れた。その口に血が滲む指が差し込まれる。再び口内に広がった甘い香りにリシアの黒眼がとろんと細くなった。目尻には快楽の涙が滲み、華奢な体は何度も跳ね、反り返った背中がわななき奥を貫く熱塊を思う存分食い締める。 「やぁ――――ぁ、あ……!」  リシアは頭が真っ白になるのを感じた。初めての交わりはリシアが想像していなかったもので、それ以前にこれが初めての情交だということも忘れていた。ユリティの血を口にしたリシアは酩酊状態に近く、スフォルツの存在も綺麗に消え去っていた。  激しく震えるリシアの体から力が抜けた。それを抱き留めたユリティは、なおも隆々とした熱塊を愛しい花嫁の体に埋めたまま視線をスフォルツへと向ける。その碧眼は情交の最中(さなか)とは思えないほど冷たく硬質なものだった。 「スフォルツ、あなたがわたしの大事な未来の花嫁に何度も毒を盛っていたこと、気づいていないと思いましたか?」  何度も果て朦朧としていたスフォルツの顔が青くなった。 「ユ、リティ」 「あなたがウィンガラードで行ったことは神罰を受けるに値する行いです」 「ど、して」 「わたしに隠し事ができるとでも? もしそう思っていたのなら、まずはそこから反省すべきですね」 「ユリティ、きみはいったい誰なんだ……」 「あなたが知る必要はありません。生きたまま己の愚行を懺悔し続けなさい」  ユリティの顔には神の慈悲にも見える笑みが浮かんでいた。しかしクイッと上がった口角は慈悲とはほど遠い印象で、聖典に描かれている邪神のごとき気配を漂わせている。 「ユリティ……?」  ただならぬ気配を感じたリシアがトロンとした黒眼でユリティを見上げた。 「羽虫の駆除は終わりました。……あぁ、あなたの香りも開きつつありますね」  ユリティにクンと嗅がれたリシアが「ふふ」と妖艶に笑う。 「さぁ、これからは二人だけの時間ですよ」 「うれしい、……ぁん!」  リシアの中から逞しい熱塊がずるりと抜け出た。それに体を震わせたリシアの花芯からピュピュッと白濁が飛び散る。 「ユリティ、もっと」 「わかっています。部屋に戻り、思う存分初夜を堪能しましょう」  リシアを横抱きに抱き上げたユリティが「花開いたのは半分といったところでしょうか」とつぶやきながら額に口づけた。それに肌を震わせたリシアは、愛しいユリティの首に腕を絡ませ抱きしめた。

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