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第12話 花嫁と祝宴1

 夕餉(ゆうげ)の時間を前に、リシアは大神殿の裏庭へと向かっていた。いつもの慎ましやかな服装とは違い、まるで花嫁衣装のような真っ白なドレスを身に纏っている。婚姻式のときと違うのは裾に大きな切れ目が入っていることと、背中に蝶のような刺繍が施されていることだ。  ドレスはユリティが用意したものだった。それを来て夕餉の前に裏庭に来るように告げたのもユリティだ。 (こんな時間に裏庭なんて、どうしたんだろう)  リシアが小さく首を傾げる。昨夜もおかしかった。いつもなら一晩に何度も交わるというのに昨夜は一度しかしていない。毎晩のことだからときには一度きりの日があってもいいだろう。だが、どこか様子が違っている。リシアはユリティが漂わせる微妙な違いに気づいていた。 (まさか、ほかに誰か……?)  そう思い、すぐに打ち消した。ユリティに限ってそんなことはない。自分が全身全霊で誘惑しているのだから、ほかの人に目を移す隙もないはずだ。それでもリシアが不安に感じたのは婚姻式のときに見た男を思い出したからだ。 (でも、ああいう嫌な匂いはしてないし)  もしユリティに近づく者がいればすぐにわかる。どんな存在も匂いで気づく。しかしユリティからおかしな匂いはしていない。 (それに昨日もいい匂いがしてた)  もっともいい香りがするのは首筋だ。行為の最中、そこに顔を埋めるのがリシアは好きだった。首筋に漂うかぐわしい香りを嗅ぐだけで喉が鳴る。まだ首筋に口づけすることが許されていないリシアは、いつになったら口づけることができるのか待ち遠しくて仕方がない。 (花開くまでは駄目だって言うけど、意味がわからない)  それでも大人しく言うことを聞いた。すべては愛しいユリティの言葉だからで、彼に従うことがリシアの喜びでもあった。  裏庭に出て、いつも歩く薔薇の垣根の間を通り抜ける。そうしてドーム型の屋根が目印の東屋へと近づいたときだった。 (灯り……?)  遠目でも東屋あたりがぼんやり光っているのがわかる。これまで暗くなってから訪れたことがなかったリシアは、ほんのりと照らされた東屋を初めて目にした。「ああいうところでもいいな」と淫らな想像をし頬をほんのり赤く染める。  不意に濃い薔薇の香りが鼻腔をくすぐった。朝露に濡れた薔薇の香りは何度も嗅いだことがあったものの夜露に濡れる薔薇は初めてだ。朝とは違い、どこか淫靡な想像をさせる香りにリシアが肌をふるりと震わせる。同時に体の奥がじわりと熱くなるのを感じた。 (昨日、ちゃんと抱いてくれなかったからだ)  花嫁になって間もないリシアだが、たった一度では満足できない体になっていた。そのせいで今日は朝から体が疼いて仕方がない。すべてユリティのせいだと目元を赤くしながら、ゆっくりと東屋に近づく。  リシアは「もしかして」と密かに期待した。ユリティは裏庭で抱いてくれるつもりなのかもしれない。だから昨夜は一度きりで、今日こうして夕餉の前に呼び出したのではないだろうか。 (そうだったらいいのに)  リシアは欲望に忠実だった。母親がそうだったように、リシアもそうした欲を抱くことを恥じることがない。とくに愛しい相手との交わりには貪欲で、精を貪る姿はまるで相手の命そのものを吸い尽くすような激しさだった。 (早くユリティに会いたい)  今朝、少し寝坊したリシアは寝室を出るユリティの姿を見ていない。戻って来るのは夕餉の時間のため今日はまだ一度も顔を見ていなかった。 (早く抱きしめてほしい)  そして口づけてほしい。舌を絡ませる甘い口づけをしながら体中に触れてほしい。火照る体にリシアが「ふぅ」と甘いため息をつく。真っ白なドレスの胸元には赤くぷくりとした胸の尖りがはっきりと見えていた。そのまま裾へと視線を落とせば、へそより下のあたりが少し持ち上がっている。その頂は肌色が透けるほど湿っていた。 (どうしよう……ドレスと擦れてジンジンする)  胸も下肢もどうしようもなく疼く。リシアは東屋の中に長椅子があることを思い出し、そこでユリティを待つことにした。期待に満ちた足取りで東屋に近づいたところで、嫌な匂いが漂っていることにようやく気がついた。 「やけに扇情的な格好だな」 「……ギンシル兄様」  東屋に向かう手前の薔薇の垣根の前にギンシルが立っている。しかも王族とは思えないだらしない格好でだ。前回着ていた上着はなく、シャツも半分ほどはだけた状態にリシアが眉をひそめる。 「薔薇の匂いに当てられたのかと思ってたが、おまえの匂いだったんだな。そういえばおまえの母親もやけにいい匂いがしていた。……あぁそうだ、この匂いだ」  うっとりとしながらもぎらついているギンシルの目がリシアをじっと見る。そうしながら右手で股間のあたりを撫で始めた。そこはすでに雄々しく膨らみ興奮しているのがわかる。「たまらないな」と言いながらギンシルが前立てを緩め始めた。 「匂いだけでこんなだ」  硬くなったものが前立ての隙間からヌッと顔を出す。腹に付くほどそそり勃っているのは遠目で見てもよくわかった。さらに東屋を照らす灯りでヌラヌラと光っているのもわかる。  リシアの顔から表情が消えた。ユリティとの逢瀬を思い火照っていた体もスッと冷たくなる。 「ほらリシア、おまえの好きなものだぞ? これがほしいんだろう? 約束どおり、毎晩咥え込んでる神官王のなんか忘れるくらいよがらせてやるよ」  ニヤニヤと笑いながらギンシルがそそり勃つものに自らの手を這わせた。 「こんな場所に呼び出すなんて、おまえも好き者だな。内心ではこれがほしくて我慢できなかったんだろう? おまえの母親もそうだった。昼間からアレクシアのものにしゃぶりついていたからな。親子そろって淫乱ってわけだ」  自慰に興奮しているのかギンシルの顔が段々と赤くなる。 「どうせアレクシアも誘ったんだろう? おまえの顔はあの母親そっくりだ。アレクシアも喜んで相手をしただろうさ。いまさら貞淑な花嫁の振りなんてやめておけ。純潔の花嫁なんていやしない。おまえは淫乱な花嫁だ」  そそり勃った先端からピュッと白濁が噴き出した。それに「あぁ」と感嘆の声を上げたギンシルが、さらにギラギラと光る目でねっとりとリシアを見る。 「気持ち悪い」  蔑むようにそうつぶやいたリシアの黒髪を優しい風かするりと撫でた。途端に無表情だったリシアの頬がポッと赤らむ。黒眼は期待に光り、待ちきれないというようにくるりと振り返った。 「ユリティ」  いつの間にやって来たのか、リシアの背後にユリティが立っていた。立て襟まできっちりと閉じられた神官服姿は禁欲的で、美しくたたずむ姿はまさに神に仕えるものとしての風格を漂わせている。 「ユリティ」  リシアが足を踏み出した。すると裾の切れ目から華奢な足が太ももまでのぞく。それを見せつけるようにしながら誘うように手を伸ばす。 「やっと来た。ねぇ、はやく」 「仕方のない花嫁ですね。そうやって誰も彼も誘惑する気ですか?」 「そんなことしない。ギンシル兄様は勝手に来ただけ」 「さて、どうでしょう。あなたの蠱惑的(こわくてき)な香りに誘われて羽虫が寄ってくるのでは?」 「そんなの知らない。僕はユリティ以外いらない」 「遠路はるばるこうしてやって来た兄君だというのに?」 「ギンシル兄様のことなんてどうでもいい」  焦れたリシアは小走りでユリティに近づき思い切り抱きついた。両手を首に回し爪先立ちになると、辛抱できないと言わんばかりに下肢を神官服に押しつける。同じように隠しようがないほど尖った胸も擦りつけた。 「わたしの体で自慰をするつもりですか?」 「だって、んっ、昨日、一回しか、して、くれなかったせい、んんっ」  夢中で体を擦りつけるリシアの背中にユリティが手を伸ばす。そうして蝶の羽のような刺繍をなぞるように指先を動かした。それだけでリシアの口から「んっ」と甘い声が上がる。 「今夜、古の神にあなたをお披露目する祝宴を開くことにしました。あなたもきっと気に入ると思いますよ」 「しゅく、えん?」  耳元で囁かれリシアの背中が震えた。それを楽しむようにユリティの指が再び背中を撫でる。その指が腰を撫で、小振りな尻をするりと撫でたときだった。 「ひぃっ」  背後で悲鳴のような声が上がった。その声に「そういえばギンシル兄様がいたんだった」と思い出したリシアが、上半身を捩りながら振り返る。 (……あれ?)  そこにいたのはギンシルだけではなかった。ギンシルの後ろに人影が見える。服装から神官だとわかったが、彼ら以外にも明らかに人とは違う姿をしたものが見えた。

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