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第14話 神官王と大砂漠の古き神1

 裏庭での祝宴は古の神々を満足させられるだけの結果を得ることができた。ユリティにとってはこちら側を守る盾の一つを手に入れたに等しい。 (それはよい結果だったとして、あれらをどうしたものか)  暗闇の中、あちこちに真紅の石が落ちていることに気がついた。近づかなくてもそれが何かは予想がつく。ため息をつきつつ、ユリティはまずは花嫁を寝かせようとリシアを部屋に連れ帰った。手ずから身を清め夜着を着せ、ベッドに寝かせてから自身の体も清める。そうして新しい神官服に着替えると裏庭へと戻った。そうして落ちている真紅の石を残らず拾い集めた。  これがただの石なら神官王付きの神官たちに拾わせれば済む。宝石であっても扱いは変わらない。そうしなかったのは、落ちている石が人間たちの間で“賢者の石”と呼ばれる代物だったからだ。  賢者の石は古の神々が落とす、いわば快楽の欠片だった。それゆえに人間たちの欲望に反応し神の力を顕現させることがある。古の神々にとっては取るに足らないものであっても人間にとっては絶大な力になる。 (面倒なものを置いていったものだ)  人間は手に余る力を得るとろくでもないことを考える。考えるだけならまだしも実行したくなるのが人間という生き物だ。実際、過去には賢者の石で邪神と呼ばれるようになった古の神々を呼び出そうとした人間がいた。神語を知らない人間に呼び出すことはできないが、神になれなかった有象無象が呼び出されることはある。  そうした些細なものが刺激し、向こう側との扉が開かないとも限らない。それは金竜の血脈と平穏に過ごしたいユリティにとっては都合が悪かった。「本格的に賢者の石を回収しなくてはいけないか」と独りごちながら小さな賢者の石を見る。 (問題は集めた石をどう使うかだが……待てよ)  ユリティの碧眼がきらりと光った。 (二人で使うという手もあるか)  二人で、つまりユリティとリシアで使うという選択肢が頭に浮かぶ。  ユリティはすでに何十個という賢者の石を体内に取り込んでいた。古の神の肉体を失ったとき、それでもなおこちら側に留まるための肉体を得るために賢者の石を利用した。そこまでしてこちら側に留まりたかったのは、自分と金竜の間に生まれた双子を見守るためだった。  神の子を産み落とした金竜は、そのせいで力を半減させてしまった。あちら側の世界が誕生した混乱のなか、金竜は大砂漠を根城とする古の神々に囚われ命を落とした。そのことにユリティが気づいたのは大半の同胞があちら側に去った後だった。  ユリティは金竜との間にもうけた子を探した。そうして見つけたのが東の地に住む一人の人間だった。もう一人はすでにこの世になく、その血は古の贄であり現在(いま)の神の祖に取り込まれてしまっていた。  ユリティは金竜の血を引く人間を守るためウィンガラードという国を与えることにした。金竜の加護だと告げ、人間には手出しできないようにもした。そこまで整えたところで最初の肉体を失った。その後も賢者の石を使い新たな肉体を得ながらこちら側に留まり続けた。 (そしてようやく一つになった金竜の血脈を手に入れた)  金竜の血脈をもっとも濃く受け継いだリシアだが、半分は人間と変わらない肉体でできている。賢者の石の力を取り込んでいるユリティとは違い、そこそこの寿命を経たのちは消滅してしまうだろう。男の身では子を生むことはできず子孫を残すこともできない。ウィンガラード王とリシアの母親との間に子が生まれたとしても、再びユリティが手にできるまでは何代も先になるだろう。 (それならリシアをわたしのようにしてしまえばいい)  ユリティの美しい顔に神々しくも禍々しい笑みが広がった。 (それならば本格的によからぬことを考える輩を処分していくことにするか)  そうして平穏に過ごせる世界を自ら作り出せばいい。賢者の石をすべて拾い終わったユリティは、私室の前を通り過ぎ執務室へと向かった。執務机のランプを灯すと結界を施した引き出しの一つを開ける。そこにはウィンガラード王からリシアへ届いた髪飾りが入っていた。 (大砂漠帝国シュレイザーラから届いた髪飾りだと書いてあったが……なるほど)  ランプの明かりに照らされた真っ赤な石がきらりと光る。この髪飾りを手にするリシアを見たとき、ユリティは遠い昔に消え去ったはずの感情を思い出した。  髪飾りにあしらわれている真っ赤な石は大砂漠に棲まう古の神が落とした賢者の石だ。まだ神と呼ばれていたユリティから金竜を奪い、命さえも奪った忘れ得ぬ相手。しかし憎悪といった感情は最初の肉体が滅んだときに消滅している。 (そう思っていたが、これも人の肉体を何度も経てきた影響か)  消えたはずの感情がユリティの中で目覚めた。とはいえ、あの頃のような激しさはない。まるで遠い昔の忘れ物を懐かしむような感覚だ。  それでもせっかく思い出したのだから放置するのはもったいない。ユリティの顔に凄絶な笑みが浮かぶ。向こう側に追いやることを考えていたが、せっかくなら意趣返しをしてやろう。ユリティは「ますます神官王らしからぬことになってきたな」と喉を鳴らして笑った。  翌日、ユリティはさっそく大聖堂の地下にある奥の間で準備を始めた。神官たちには「大事な祈りを捧げるためです」とうそぶき、賢者の石を溶かした清水を巨大な水晶に何度も振りかける。賢者の石の影響を受けた水晶を使い、より遠くに神語を届けるためだ。  三日後、ユリティは地下の祈りの間で潔斎を行うと告げ、誰も近づかせないようにと神官たちに命じた。優秀で従順な神官たちは神官王の命令を遵守する。歴代最高の神官王たるユリティの言葉は神の言葉に等しいものだからだ。  奥の間に向かうユリティは、いつもどおり禁欲的な神官服に身を包んでいた。その傍らには普段と装いが違うリシアがいる。 「ここはどこ?」  祈りの間に入ると、リシアがキョロキョロと薄暗い部屋を見回した。 「祈りの間ですよ」 「祈りの間?」 「神へ祈るための部屋です」 「ふぅん」  半分透けているような極薄のドレスを身に纏ったリシアは、ユリティに案内されるまま大聖堂の地下に来ていた。薄暗い部屋に物珍しそうな視線を向けながら、ユリティを見上げてはにこりと微笑む。  人工池を貫く通路を進み、二人並んで正方形の床に足を踏み入れた。それを待っていたかのように四方の水晶灯が光りリシアの白い肌をほんのり照らす。リシアが着ているのは袖のないドレスだ。裾は長いものの祝宴のときと同様に切れ目が入っているため、歩くたびに(なま)めかしい太ももが見え隠れする。ドレスから透けて見える下着はかろうじて男の証が隠れるほどの布しかなく、おおよそ神官王の花嫁が身に着けるようなものではない。 「おいで」  巨大な水晶の前に立ったユリティが左手を差し出した。水晶の大きさにきょとんとしながらも、素直にリシアが近づく。左手を掴んだ華奢なグイッと引くと、細い腰を抱き寄せるように右手を回した。そうして「口づけを」とユリティが囁けば、目元を赤くしながらリシアがグッと上を向く。  クチュ、チュ。  およそ祈りの場とは思えない淫らな音が響いた。そのうち我慢できなくなったリシアが腰を揺らし始める。可憐な顔はすっかりとろけ、身をくねらせるようにユリティに体を擦りつけた。 (開花した花は香るのも早いな)  熱心に口づけるリシアからは濃密な薔薇の香りが漂い始めていた。そこに柑橘にも似た香りが混じり、古の神々が惚れ込んだ金竜の香りへと変化させる。  ユリティの手が裾の切れ目から内側へと潜り込んだ。太ももを撫で、尻たぶを撫で、ほとんど紐のような下着の奥で息づく交合口に指を這わせる。 「んふ」  口づけの合間にリシアが悩ましい吐息を漏らす。それを合図にユリティの指がゆっくりと挿入を開始した。途端にリシアの体がビクッと跳ねるものの、かまわずユリティの指は浅い場所をクチュクチュとほぐす。程よくほぐれたところで、今度は花芯を優しく(しご)いた。  華奢な体がビクビクと跳ねた。ユリティの手を花芯からあふれた蜜が濡らす。それを絡め取るようになおも優しく扱く手にリシアがビクンと肩を震わせ背中を仰け反らせた。 「ユリティ、も、挿れて……」  漆黒の瞳が情欲に光った。真っ白な肌は赤く熟れ、我慢できないとばかりに赤い舌先が唇を何度も濡らしている。途端に薔薇と柑橘の香りがグッと強くなった。 「ユリティ、はやく」 「少し待ちなさい」  ユリティが赤い石を取り出した。それは髪飾りにあしらわれていたもので、親指の爪ほどの大きさだ。それをリシアの蜜に濡れた指で摘み口へと運んだ。そうして奥歯でガリッと噛み砕く。 (熟れすぎた果実のようだな)  真っ赤な石は落とした神の欲望の味がする。強く深い欲望は腐る寸前の熟しすぎた果実のような味わいで、それを払拭するかのようにユリティは手についたリシアの蜜を舐め取った。そうして口内で溶かした賢者の石を指に纏わせ巨大な水晶に古き神の名を刻んだ。  金属音がしたのは一瞬だった。ビイィィィンと広がる音に表現しがたい音が重なる。その音が消えるのと同時に人工池の中央を貫く通路に影が現れた。影は次第に人らしい姿になり、ゆっくりと色を見せ始める。 「ぬしが我を呼ぶとはな」  現れた人影の顔部分は全体が青白く、どこが口かわからない。しかし「ほう」という声と同時に切れ目のようなものが現れた。わずかに赤いものがちらついているが舌だろうか。 「素直に現れるとは思いませんでしたよ」 「ぬしに引きずり出されて抗うことなど不可能であろう」  青白い顔に、新たに二つの切れ目が入った。人でいうならちょうど目のあたりで、切れ目の奥には漆黒の眼のようなものが光っている。そうして最後に髪らしき真っ黒なものが現れた。短いそれは水中にいるかのように毛先がふわりふわりと宙を漂っている。 「何用か」 「言わずともわかっているでしょう?」  瞳孔との境がない漆黒の眼がユリティの腕の中で身悶えるリシアを見た。その眼が不快そうに光るのをユリティは見逃さなかった。 「これは過去も未来もわたしのものですよ」  そう言いながら縋りつくリシアの体をくるりと反転させた。子どもがむずがるように頭を振るリシアの耳元で「このほうがよく触れますよ」とユリティが囁く。途端に大人しくなったリシアは、目元を赤くしながら期待に満ちた眼差しでユリティを見上げた。その黒眼に通路に現れた存在は一切映っていない。 「わたしの花嫁は素晴らしいでしょう? それにこんなにも愛らしい」  ユリティの手が極薄のドレスの上を撫でた。それだけでリシアが「んっ」と甘い吐息を漏らす。「よい鳴き声ですよ」と褒めながら、すでにぷくりと膨らんでいる胸の尖りをキュッと摘み上げた。 「んあっ」  ビクッと跳ねる体を押さえるように腹に手を回したユリティは、背中から抱きしめながらさらにねじり上げるように指を動かした。それからピンピンと弾くように胸の尖りをいじめる。それを見つめる影が一瞬揺らめき漆黒の瞳がギラリと光った。 「近づくなというならば命じればよいだろう。ぬしならば、それもできよう」 「ただの神官王であるわたしが、古の神であるあなたに何を命じられると言うのです?」  目らしき切れ目が細くなった。短い髪はますますゆらゆらと揺れ、不快そうに頬らしきところがヒクッと動く。 「我は贄を求めただけだ」 「贄ならほかにいくらでもいますよ」 「ただの贄ではない。古の贄だ」 「それでもこちら側にはそれなりの数がいます」 「低俗な贄などいらぬ」 「だからといって金竜を手に入れようなど、そうまでして気を引きたいのなら向こう側に行けばいいでしょう」  切れ目がますます細くなった。その奥で漆黒の瞳がギラリと光る。それにユリティが畏れを抱くことはない。鋭い視線など気に留めることなく、胸をいじめていた手をゆっくりと下肢に移動させる。  下腹部を撫でていた手がドレスを持ち上げている部分に触れた。途端にリシアがブルッと体を震わせた。すでにぐっしょりと濡れた花芯は小さな下着から先端を覗かせ、期待に蜜をあふれさせる。 「それでもあなたはそうしなかった。代わりに金竜を使い、再びこちら側に呼び寄せようとした。一度は失敗したものの次の贄にとリシアを選んだ。太陽王をそそのかしウィンガラードの姫を手に入れるように囁いたのはあなたでしょう? 賢者の石でリシアを惑わせようとでも考えましたか? それともウィンガラード王を操ろうとでも? あぁ、弟のほうはまんまと操られましたね」  口らしき切れ目は動かない。しかし漆黒の瞳はますます鋭く光っている。 「大神殿の神官たちをそそのかしたのもあなたでしょう? そうまでしてリシアを手に入れたところで、あなたが求めるものは手に入らないというのに」 「あぁ!」  ユリティの声に重なるようにリシアが悲鳴を上げた。体を何度も震わせながら真っ赤な顔をゆるゆると振っている。ユリティが触れていたドレスの布は濡れ、受け止めきれなかった蜜が床にポタポタとしたたり落ちた。 「あぁ、また果ててしまいましたか」 「んっ、だって、いっぱいいじる、から」 「咎めているのではありません。あなたが快楽を得るたびに香りが強くなり、まどろむ古の神さえも起こしてくれるでしょうからね」  ユリティの手がドレスの切れ目から内側へと入っていく。濡れた太ももの内側を撫で、下着の意味を成していない布を留める紐の片方を解いた。そうしてすでに濡れそぼっているる交合口に指を挿し込んだ。「んあ!」という嬌声とともに花芯から残滓がこぼれ落ちる。かろうじて先端を覆っていた下着がそれを受け止めたものの、受け止めきれなかった分が再びドレスを濡らした。 「リシアはわたしのものです。それは過去も未来も変わりません。駄々をこねず、足元にいる贄を連れて向こう側へ行けばいいでしょう?」  ユリティの言葉に青白い体がピクッと反応した。古の神が形を顕しているのは上半身だけで、下半身はゆらゆらと揺れる影のような状態のままだ。しかし傍らには贄として捧げられた男が二人座っていた。少年とも呼べそうな体つきの男たちは椅子に座る古の神の太ももに手を載せ、身を乗り出しながら中央でそそり勃つモノに舌を這わせている。淫靡なその姿は人間には見えないもののユリティにはよく見えていた。 「いくら待ってもあなたが望むような結果にはなりませんよ」  古の神を碧眼が冷たく見る。そうしながらリシアの頬に顔を近づけた。目尻を濡らす快感の涙をひと舐めし、交合口に二本目の指を挿し入れグチュグチュと掻き回す。 「あぁ――! やぁっ! ユリティ、きゅうに、は、やだ、って、」 「こんなにも蜜をしたたらせているのに?」 「ぁんっ、ひぅ、ふ、んっ」 「ますます香りが濃くなってきましたね」  グチュ、クチュと指を動かすたびにピンと勃った花芯から色の薄い白濁が雫のようにポタポタと落ちる。  リシアは朦朧としながらユリティに与えられる快感を享受していた。口では嫌だと言いながら体は素直に悦んでいる。なぜ自分がここでこんなふうにされているのか疑問に思うことなく、もっとと腰を揺らめかせた。  応えるようにユリティの指が膨らんだ肉壁を押した。そこはリシアが鳴いてよがるほど感じる場所で、いまもクッと押すだけで触れていない花芯から透明な蜜をしたたらせている。 「……そのように我に見せつけ……ぬしとは昔から反りが合わなかったな……」 「さて、そうでしたか?」 「このように蜜の匂いを嗅がせながら己の贄を見せびらかすなど、ぬしは……!」  口らしき切れ目がクワッと開いた。燃えるような赤色がのぞき金属音が鳴り響く。その音を吹き消すように冷たい風が吹いた。 「そう、きみには昔からそういうところがあったよねぇ」  突然聞こえてきた声に青白い体が激しく反応した。それを見たユリティがほくそ笑みながら背後にある巨大な水晶を振り返る。 (やはりリシアの香りには抗えなかったか)  水晶の頂に美しい男が座っていた。胡座(あぐら)をかいた膝に片肘をつき、そこに頬を載せながらユリティたちを眺めている。  男は陶器のような白い肌に黄金の眼を煌めかせ、長い豊かな金髪をしていた。赤い唇が微笑めば蠱惑的な美女にしか見えないだろう。しかしその体はしなやかな筋肉に覆われており、時代が時代なら剣闘士と呼ばれていたかもしれない。ただし、尾てい骨からは爬虫類を思わせる尻尾が伸びている。  絶世の美女の顔を持つ全裸の美丈夫はうっとりと笑むと、ユリティを見ながら真っ赤な唇をひと舐めした。

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