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第2話 神様の神力は温かい
かたん、と物音がして、直桜と護は顔を離した。
「あ、すみません。出直します……」
智颯が気まずい顔をして、事務所を出ようとした。
「そういえば最近て、事務所の扉、開けっぱなしだったっけ」
直桜は思わず呟いた。
13課のエレベーターから事務所までは直結で、誰も事務所のインターホンを鳴らさないので、開け放っていたのだ。
「智颯君、入って大丈夫ですよ。もうしませんから」
護が、にこやかに智颯を手招きする。
智颯と、その後ろから円が気まずそうに顔を出した。
「キスくらいさせたりぃな。二人とも、元気になったばっかりなのやから。化野さんも辛いで」
円の後ろから、保輔が顔を出した。
「保輔、久し振り! 二週間以上振り? あれ? 皆と同じくらい?」
保輔に会うのはとても久し振りな気がする。
「なんや俺もかなり久し振りな気がするわ。というか、智颯君や円に会うんも、かなり久し振りなんよな」
「もしかしたら、直桜様と、同じくらい、かも」
保輔の視線を受けて、円が零した。
「そういえば保輔も特訓で缶詰だったんだっけ。お疲れ様。いつまでしてたの?」
直桜たちのせいだと思うと、大変申し訳ない気持ちになる。
「今朝、終わった。特訓とか言うと、何や修行っぽいけどな。あんなん、ただの拷問やで」
うんざりした顔をする保輔に、智颯が信じられない顔をした。
「陽人兄様の特訓を受けられるなんて、有難く思え。誰でも視てもらえるわけじゃないんだぞ」
「そうかもしれへんけど、辛いもんは辛い」
保輔の顔がかなり疲れている。
本当に大変だったんだなと思う。
「本当にお疲れ様です。休まなくて大丈夫ですか? 顔色も芳しくありませんが」
心配する護に保輔が歩み寄った。
護と直桜の前に屈んで、二人の手を握る。
保輔の霊力が流れ込んで来た。まるで爽快な風が吹いたように、体の中がすっきりとした。
「毒も穢れた神力も防げるように、次は俺が瀬田さんと化野さんを守るよ。俺の霊力、強くなったやろ?」
保輔が顔を上げる。
疲れてはいるが、自信が溢れる表情だった。
「凄いですね、保輔君。少し前とは別人のようです。鬼の力もかなり馴染んだみたいですね」
ホッとした顔で、護が保輔に微笑み掛けた。
「うん、凄いね。もう充分、瑞悠のバディでやっていけるよ。頑張ったね」
師匠があの陽人では頑張らないわけにはいかないだろうが。それでも投げ出さずに続けた成果は確実に出ていると思った。
「瀬田さんと化野さんが揃って倒れる怖さを、俺なりに思い知ったんよ。二人は13課の希望なんやなって。だから絶対に倒れたらいかん。倒さんためにも、俺らがサポートせなならん、て思ぅた。訓練も一緒に頑張ろな」
保輔が良い顔で笑った。
直桜や護が倒れた噂がどんなふうに流れているのか、少し怖くなった。
保輔は陽人から何をどう聞かされたのだろうか。盛られて話されている気配がしないでもない。
「でも、休んだほうが良いんじゃないの? 本当に顔色、悪いよ?」
保輔が首を振って立ち上がった。
「今日は瀬田さんや智颯君たちと、書庫に行けって言われとんねん」
「書庫?」
智颯を振り返る。
わからない顔で首を傾げた。
「僕もよくわからないんですが、藤埜室長から直桜様たちと五人でオカルト担当がある地下十一階に行くよう指示されてます」
智颯が保輔に歩み寄り、両手を握った。
神力を流してやっている。あまりに自然な動作に違和感がなかった。
「十一階の、オカルト、担当は、通称、怪異の書庫、と呼ばれてて。俺も、行ったことないけど、統括が、ちょっと、変わった人、らしいです」
「へぇ、そうなんだ。書庫で何するんだろうね」
言いながら、円が智颯と保輔に歩み寄った。
「五人で行くようにとしか言われていませんが」
「俺も行けとしか言われとらんよ」
智颯と保輔が手を握り合って会話している。
何だか変な感じがするなと、端から見ている直桜でも思う。
「智颯君の神力、沁みるわぁ。疲れた体があったまるし、頭冴えるね」
「人の神力をエナジードリンクみたいに言うな」
二人の手の上に、円が手を被せた。
智颯と保輔の視線が円に向く。
「保輔だけ、ずるい。智颯君は俺のっていってるのに」
円の保輔を見る目が、ちょっと怖い気がした。
「三人は仲良しですね」
護が微笑ましく三人を見守っている。
確かに仲良しだし、良い仲間になったなと思う。
「保輔ってさ、智颯の神力も温かいって感じるんだね。前に俺の神力も温かいって言ってたよね? 瑞悠もでしょ?」
保輔が顔を上げて考えている。
「せやね。訓練中に律さんが癒してくれた時の神力もあったかかったよ。さっき初めて会ぅた榊黒さんも、握手した時にちょっと神力に触れたけど、あったかかったし。神様の神力って温かいのやんなぁって思うわ」
円と護が驚いた顔をしている。
勿論、智颯も同じ顔で直桜に目を向けていた。
保輔だけが、そんな皆に驚いている。
「え? なんや、普通は違うのん?」
「普通は、直霊の相性がいい相手以外、神力が温かいって感じることは少ないんだよ」
智颯の説明に、保輔が首を傾げた。
「なら俺は、惟神と相性がええいうこと? 藤埜室長は触ったことないし、知らんけど」
「それこそ眷族になれるくらいの相性の良さって意味なんだよね。護も円くんも、俺や智颯以外の神力を温かいとは感じていないから、惟神全員の神力を温かいと感じるのは特異なタイプだよ」
直桜の話に、保輔が絶句していた。
「鬼の力と関係があるのかな? 別に悪いことじゃないけどね。そういう人には初めて会ったというか、初めて聞いたなって思ってさ」
「鬼なら化野さんかて、そうやん。何や俺、イレギュラーなことばっかりやんな」
直桜なりにフォローを入れてみたが、保輔が微妙にへこんでいる。
「直桜様も悪いことじゃないって仰ってるんだし、気にすることないだろ。保輔にとってはそれがスタンダードなんだから、いいんじゃないか」
神力を流しながら、智颯が事も無げに言った。
保輔が手を放して智颯を抱いた。
「智颯君は優しいし、可愛えなぁ」
円が咄嗟に保輔の体を引き剥がした。
「次は殺すって言ったよね? 俺に殺されたくて、わざとやってる?」
円の声が殺気立っている。言葉も流暢だ。
保輔から引き剥がした智颯の体を円が抱き締めて庇った。
「抱き締めただけやん、大袈裟やんなぁ。智颯君に手ぇ出したら瑞悠にも殺されるし、せぇへんよ」
円が保輔を睨みながら、じわじわと距離を取っている。
抱き締められている智颯が微妙に嬉しそうに円の腕に掴まっているのが、直桜には微笑ましかった。
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