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第8話 神様の恩返し

 何も言わずにやり取りを見守っていた清人が保輔に声を掛けた。 「一番成長してんのは保輔だな。強化術、かなり馴染んでるじゃん」  清人が手放しで褒めた。  珍しいが当然にも思えた。  陽人の特訓とはいえ、二週間でこれだけ自在に使いこなせるようになっているとは、直桜も驚きだ。 「さっきの、神力と自分の霊力混ぜるのも、強化術?」  直桜の質問に、保輔が首を傾げた。 「陽人さんには、自分の霊力を強く練って勢いよく相手の霊元にぶつける。としか教わっとらんけど。混ぜた方が馴染がええんとちゃうかなって思うて、やってみた」  陽人が教えたという方法は強化術の基礎の基礎だろう。  相手の神力や霊力と混ぜるという方法は、イレギュラーだ。混ぜようと思って混ぜられるものでもない。 「保輔、俺の神力と自分の霊力、混ぜてみて」  直桜は保輔に手を出した。その手を握り、保輔がさっきの智颯と同じように霊力を混ぜる。直桜の金色の神力と保輔の赤い霊力が混ざってさらに深い赤になった。 (智颯と同じ、深い赤、蘇芳色だ) 「清人もやってみて!」  直桜に促されて、清人が保輔と手を握り神力と霊力を混ぜる。やはり同じように深い赤になった。 「保輔、清人の神力もやっぱり、温かい?」 「え? うん。他の惟神の皆と同じように、あったかいって感じるよ」  直桜の逼迫した表情を見て取って、保輔が控えめに返事する。 「もしかして、惟神全員の神力を温かいって感じられんのか?」  頷く保輔に清人も驚いた顔をした。 「惟神以外でも、霊力混ぜられる?」  直桜の問いに保輔が首を傾げた。 「無理ちゃうかなぁ。神力やないと混ざらん気ぃするわ。化野さんなら瀬田さんの神力使えるやろし、混ざるんちゃうかな」  不意にマヤの言葉を思い出した。  保輔が鬼の力を鍛えないと仲間が死ぬ、と話していた。  保輔にもまだ、自覚していない鬼の隠れた力があるのかもしれない。 「惟神の力を温かいと感じるのも、霊力が混ざるのも、鬼の力じゃないのかな。伊吹山の鬼って、桜谷集落と関係あったのかな」 「関わりとまで言えるかわからぬが、無関係でもないぞ」  直桜の疑問に気吹戸主神が返事した。 「伊吹山の鬼は人嫌いで有名でなぁ。大昔に出雲で相談を受けた惟神が、ならば自分がと嫁いだのよ。だから伊吹山の鬼には人の血が混ざったんじゃが。この話はきっと直日神様が詳しかろうて」  伊吹山の鬼が人嫌いという話は、出雲で罔象も話していた。  気吹戸主神が直桜の肩を突いた。  直桜の後ろから直日神が顕現した。 「どうかしたか、気吹戸。この間は護が世話になったな」 「力になれたなら、何より。それより、ほれ。懐かしき顔でありましょう」  気吹戸主神が保輔を手招きする。  保輔が驚いた顔をして気吹戸主神に歩み寄った。 「智颯君の神様が出てくんのは想定しとったけど、直日神が出てきたんは想定外やわ」  そういえば保輔が直日神に会うのは、口吸いの才出し以来かもしれない。  直日神が保輔に近付いて、じっとその顔に見入った。 「伊吹山の鬼、保輔、だったか。あの時は、世話になった」  保輔がぺこりと頭を下げる。どこか緊張した面持ちなのが意外だ。  初対面の時は直日神をイケメンだと評価する余裕があったが、今はないらしい。 「既に顔見知りでありましたか。嫁入りした惟神の話はしておりませんので?」 「そういえば話しておらなんだな。吾が伊吹山の鬼に詳しいのは、クイナと伊予が愛した鬼だからだ。吾には懐かしい匂いだぞ」  直日神が保輔の頭を撫でる。  保輔が、ビクリとしながら直日神を眺めていた。 「クイナは始まりの惟神の男の人だよね。クイナが伊吹山の鬼と仲良しなのはわかる気がするけど、伊予って人は?」  クイナは鬼や異形を愛した変わり者だったと直日神が話していた。伊予という名前は初めて聞いた。 「千年前、八百年前になるか? 伊吹山の鬼に嫁いだ、吾の惟神だ」  またすごい事実が飛び出した。 「五百年程度ではありませぬか?」 「それほど近歳ではあるまい。もう少し昔だ」 「とりあえず、大昔だってことは、わかったよ」  気吹戸主神と直日神のやり取りに割って入る。  神様の時間間隔は振り幅が広くて、よくわからない。 「人嫌いな伊吹山の鬼だが、伊予を愛していたぞ。子も多く生まれて、賑やかだった。子供らは鬼と神と人の子だ。霊力も妖力も神力も備える面白き鬼になった」  直日神が懐かしそうに思い出している。  直桜は清人と顔を合わせた。 「じゃぁ、伊吹山の鬼は今でも霊力と妖力と神力を備えてんのか?」  清人の問いに、直日神が首を傾げた。 「どうであろうな。惟神が嫁いだのは一度きり、その後も何人か人間の娘を娶った話は聞いたが。神力は薄れておるやもしれぬな。消えはせぬだろうがな」  直日神が保輔に腕を伸ばした。 「折角だ、視てやろう」  保輔の後頭部に手を添えて、直日神が強く額を合わせた。  身を竦めた保輔が、棒立ちになっている。  直桜は保輔の肩に手を置いた。 「楽にしていいよ、保輔。痛いこととか、ないから」 「せやかて、圧が。神様の圧がすごい」  合わせた額から直日神の神力が流れ込む。  緊張で強張っていた保輔の体から、少しずつ力が抜けた。 「なんか、神力が、流れ込んで、懐かしい気持ちになるわ。温かいなぁ」  凭れ掛かった保輔の体を、直日神がふわりと抱き包んだ。 「吾の神力が、まだ残っておるな。祓戸の神々とは相性が良かろう。守人には充分よ」 「守人……。私や紗月さん、伊豆能売のような存在、ということですか?」  護の驚きが混じった問いかけに、直日神が振り返った。 「伊吹山の鬼はクイナの守人であったよ。だからこそ、伊予も嫁いだ。人嫌いな伊吹山の鬼も惟神には心を開いた。クイナや伊予の後は縁が途絶えたが、事あれば尽力してくれる鬼だった」  直日神が保輔の頬を撫でた。  神力にあてられたのか、安心しているのか、保輔は直日神の腕の中でぼんやりとしていた。 「この鬼はどうかと思うておったが、やはり直桜の役に立つ者であったな。祓戸大神と四神を守る者になってくれよう。気吹戸は、どうだ?」  直日神のに向かい、気吹戸主神が笑みを向けた。 「智颯に送ってくれた霊力は強く優しかったですぞ。儂が思わず今じゃ、と智颯の神力を戻してしまうくらいには、心の籠った力でありましたわ」  直日神が満足そうに笑んで、直桜に目を向けた。 「大事にしてやれ。直桜の眷族でも良いと思ぅたが、秋津が気に入ったのだったな」 「え? あ、うん。瑞悠の未来のパートナーって言ってたみたいだよ」  驚いて、反応が遅れた。  直日神が眷族にしても良いと思うくらい、保輔を気に入っていた事実に驚いた。 (でも、当然なのかな。直日にとっては自分の神力を受け継いでる鬼なわけだし)  保輔は直桜と同じ神力を使っているわけだ。だったら、直日神の眷族になる方が、良いのだろう。  直日神が護に視線を送った。 「では秋津に譲るとしよう。直桜が保輔を眷族としては、護も気が気ではあるまい」 「それは! ……神結びの時には、そういう思いもありましたが」  護が気まずそうに逸らした目を、直日神に向け直した。 「保輔君なら直桜の眷族に相応しいと、今なら素直に思います」  護の目は真っ直ぐで、本当にそう考えてくれているのだとわかった。  それが直桜には嬉しいような、悲しいような気持になった。 「俺は護以外に眷族を増やす気はないよ。瑞悠から保輔を奪う気もない」  きっぱりと言い放った直桜の言葉に、護の方が驚いた顔をしていた。 「気が気でないのは直桜の方か。護は力を付けねばな。直桜の神力はこれから更に増えようぞ」  直日神が揶揄うような言い回しをするので、ちょっと拗ねた心持になった。 「別に保輔に嫉妬したりはしないし、傍にいてくれたら心強いとも思うけどさ。眷族は護だけで良いって思ってるだけだよ」 「そうか、直桜も護も素直で可愛いな」  直日神が直桜の頭を撫でる。  二人の時なら嬉しいが、皆の前でされると気恥ずかしい。  直日神が護に笑いかけた。 「後で護にも、してやろうな」  訳が分からない顔で首を傾げる護に背を向けて、直日神が保輔を見下ろした。 「神結びの恩を返そう。保輔、こちらを向け」  ぼんやりしながら、保輔が顔を上げた。 「伊吹山の鬼の力を解放せよ。己は心も力も強い。大勢の妖怪の命を救い、神に愛された鬼である己を誇れ」  直日神が保輔に口付けて、神力を送り込んだ。  ぼんやりしていた保輔が目を見開いた。  直日神の着物を強く掴んで、流れ込んで切る神力の圧に耐えている。  唇が離れると、保輔が大きく息を吸い込んだ。 「これ、何? 体の中が、霊元が、なんやすっきりしたけど。力が、混ざった?」  混乱している様子だが、保輔の顔はすっきりして見えた。  混沌としていた保輔の中の力が混ざりあって、妖力や神力が保輔の霊力に溶けて落ち着いたように感じられた。 「前より力は使いやすいはずだぞ。伊吹山の鬼も血魔術を使う。才出しや目のみでなく、穢れを吸い込み、その血と鬼力を混ぜてより強靭な術が使えよう」  自分の両手を眺めて、保輔が呆然としている。 「保輔、どんどん強くなるね」  直桜を振り返った保輔が信じられない顔をしていた。 「瀬田さんの才出しをした時は、わからんかったんや。あん時はまだ、全然力も使えんかったから。けど、陽人さんのとこで特訓して、少しはマシになったらわかるで。直日神の神力がどんだけ強くて、瀬田さんや化野さんがどんだけ凄いんか」  だから今日の保輔は直日神に怯えていたのかと思った。  才出しをした時も直霊術の特訓の最中だったが、始まったばかりだった。今くらい強化術まで使いこなせるようになると、直日神の神力の感じ方もよりリアルになるのだろう。 「俺も血魔術、使えんねや。戦闘向きの能力一つもなくて悩んでたんや。これで何かあっても、守れるな。おおきに、おおきにやで」  ぐっと拳を握る保輔の顔が、とても嬉しそうに笑んでいた。  

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