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第14話 妖宿・岐多温泉郷

 車で約四時間走り、ようやく栃木県の北温泉郷に到着した。  途中、高速道路のサービスエリアでご当地スイーツを堪能してもこの時間で着いたのだから、そう遠くもない気がした。  運転してくれた那智は大変だったと思うが、疲れ知らずな顔でピンピンしている。  一番に予想外だったのは、外が猛吹雪という現実だった。 「さ、寒い……」  車から降りて震える智颯に円がくっ付いている。  足元は膝下まで埋まるほど雪が降り積もっていた。 「毎年、この時期には積もるのだそうで。例年通りの積雪ですな」  車から荷物を降ろしながら那智が事も無げに話す。  護と保輔が荷を受け取っているが、寒さで顔が険しい。 「集落も雪が降るけど、ここまで積もったりしないね」  桜谷集落は山間の里なので冬には雪が降る。だが、ここまでの豪雪も、まして視界が悪くなるほど吹雪いたりはしない。 「雪の大きさから違います。僕が知ってる雪じゃない」  智颯の掌に落ちた雪は最早、塊に近い。こんな大きさで降ってくる雪は、直桜も知らない。さすが東北地方に近い関東だなと思った。 「京都も、ここまでの大雪にはなりませんね。防寒具、たくさん持ってきて良かった」  護が直桜の首にストールを捲いた。 「奈良も雪は降らんなぁ。東京で、こないに降ったら大ニュースやね」 「神奈川も、海沿い、だから、雪、降らないよ」  プルプル震えながら話す円は口が凍っているのかなと思うくらい言葉がぎこちない。 「皆様、西方出身が多いのですな。私も熊野ですが、北にはよく訪れます故、慣れておりますぞ」  那智が先陣を切って歩き出した。 「私が先を歩きます故、荷物を持ったら後ろから付いてきてくだされ。駐車場から四分ほど歩きまする」  一番、多くの荷物を請け負ってくれているのに、大変慣れた足取りで那智が歩き出す。遅れないように直桜たちは慌てて那智に付いて歩いた。  たったの四分、本当に四分だったろうか。  宿の玄関に付いた頃には頭や肩に雪が積もっていた。さしていた傘は邪魔になり途中で閉じた。  短い階段を昇り、開いた玄関から暖かい匂いが流れ出てきた。  ようやく安心して息を吐く。  互いに互いの雪を払い合って、中に入った。玄関の中を見回すが、誰もいない。 「そこが帳場だよね? 人はいないのかな」 「人はおりますまいが、宿の管理者はおりましょう」  那智が手に持った鈴を鳴らした。 「いらっしゃいませ、岐多温泉郷へようこそお越しくださいました~にゃ」 「にゃ?」  視線を下げると、足元に三毛猫がいた。  二本伸びた尻尾が、くねくねと動いている。 「特殊係13課六名様ご到着で~すにゃぁ」  猫が奥に声を飛ばすと、何かの気配がした。  声はしないが、返事をしたのだとわかった。 「六名様は間《はざま》の松の間へご案内にゃ」  猫がぺこりとお辞儀をした。  つられて直桜たちもお辞儀をする。 「滞在中は、お世話になります」  護がにこやかに声を掛けると、猫が猫らしくない顔で笑んだ。 「こちら、北温泉の間《はざま》、岐多温泉宿の管理者の茶々殿でござりまする。宿内でのお困り事は茶々殿に相談すれば、ほぼほぼ解決いたしまするぞ」 「茶々にゃ、よろしくにゃ」  茶々が前足で顔を撫でるように、招き猫のような仕草をする。 「間《はざま》ってことは、異空間? 現世と幽世の間?」  直桜の問いかけに、茶々が前足をくぃくぃとした。 「そうにゃ。人以外やソレらに関わる人は、間へご案内にゃ」 「この宿には、一般の人間も泊まりまするが、それ以外の宿泊客も多いので、分けておるのです。一般表記は方位の北で北温泉ですが、我らが泊まるのは岐多温泉でござりまする」  茶々に続いて説明してくれた那智が、玄関に掛かった暖簾を指さす。  暖簾には『岐多温泉』と明記されていた。 「めちゃくちゃ詳しいけど、那智はよく来るの?」  宿の管理者である茶々より詳しく説明してくれている気がする。 「宿の裏手の鬼面山が天狗の山でござります故、出向いた時はここで一風呂浴びるのが常にござりまするぞ。管理者の茶々殿とも知己でござりまする」  那智が茶々の前足と握手している。 「一緒に来ていただけて本当に良かったです。宿だけでなく、雪道の車の運転は慣れていませんし、雪深い土地にも慣れている人がいませんから」  護が安堵の表情を滲ませる。  そういえば、雪道の運転も途中でタイヤにチェーンを巻く仕草も、護が手伝ってはいたが、那智はかなり手慣れていた。 「そのための私でございまりますれば、頼ってくださいませ」  護に頼りにされた那智は、どこか誇らしげな顔をしているなと思った。

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