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第13話 栃木出張初日
栃木への出張当日、護の姿を見た智颯、円、保輔の三人は言葉を失くしていた。
肩に猫のぬいぐるみを乗せ、弁当と食材を入れた大きなバスケットを抱えた私服の護が笑顔で迎えたわけだから、直桜は仕方がないと思った。
「もう、どこから突っ込んだらええか、わからん」
保輔の呟きは一番、妥当だと思った。
私服の時の護は髪をおろしていて、今日に限っては眼鏡もしていない。つまり、直桜がこっそり大好きなイケメンな護なわけだ。
身長も高いから、どこのモデルかと疑うレベルの男が可愛いぬいぐるみとバスケットを抱えているのだから、本当にどこから突っ込んだらいいかわからない。
「旅館は自炊らしいので、昨日買った食材を持ち込もうかと思いまして。車だから丁度いいですね」
「お手伝いいたしまするぞ」
那智だけは平素と変わらないテンションで車への荷運びを手伝っていた。
直桜的には那智の姿の方が驚きだった。天狗の羽を隠して着物ではなく洋服を着こなしている那智は、その辺にいそうな大学生に見えた。
妖怪だからなのか見目も良いから、護と並ぶとモデルが二人立っているようだ。
さらに驚いたのは、運転免許を所持している事実だった。
「住処の辺りは山間で店が遠いので、致し方なく取得いたしました」
那智はそう話していたが、天狗は飛べるから必要ない気がした。
そんな訳で、行きの車は那智が運転してくれた。
「お腹が空いたら好きな時に食べてくださいね」
三列シートの総てに置けるようにちゃんと三つに分けて弁当を用意した。そういう気配りが護はマメだなと思う。
「飲み物も後ろに載せております故、お好きにどうぞ」
那智が声を掛けた。
飲み物は確か忍が準備してくれていたはずだ。
「お弁当は護と忍が作ってくれたから美味しいと思うよ」
「なんだか修学旅行みたいですね」
後列シートに円と乗り込んだ智颯が、ちょっとワクワクした顔をして弁当を受け取る。その姿が、とても可愛い。
「修学旅行よりこっちのが楽しいし、色々と手厚いわ」
助手席に座っている保輔が、ちらりと二列目の護に視線を向けた。
「化野さんて、何で普段、スーツなん? 13課って、割と服装自由やろ?」
言われてみれば確かにな、と思う。
直桜も清人も忍も、普段から私服だ。スーツを着ているのは護くらいな気がする。
強いて制服らしい例を挙げるなら解析・回復担当の要や穂香、鳥居兄弟が白衣を着ているくらいだろうか。
「特に理由はありませんが、癖ですかね。入社した頃からなので。あとは、制服みたいで楽というのもありますよ」
「化野さんの私服、初めて見た。眼鏡ない、素顔も。格好良い、ですね」
早速、おにぎりを頬張りながら、円が改めて護を眺めている。
この中で護と一番付き合いが長い円が初めて見るのだから、きっと護の私服姿を知っているのは直桜だけなのだろう。ちょっと安心した。
「そんな風に言われたの、初めてです。ふふ、ちょっと照れ臭いですね。円くん、ありがとうございます」
社交辞令的なお世辞と受け取ったのだろう。
護が照れ笑いしている。
「ほんまに格好良いで。眼鏡も伊達なん? 普段もそっちのがええよ」
「それはダメ」
保輔の言葉を思わず反射的に否定してしまった。
「なんで?」
本気で不思議そうに保輔に問われ、言葉に窮する。
「直桜様は眼鏡男子好きだから。僕はてっきり、直桜様がスーツ男子好きだから化野さんがスーツを着ているのかと思っていました」
智颯が大変真面目に直桜の性癖を暴露した。
きっと悪気はないんだろうが、直桜としては居た堪れない。
「そういう訳ではありませんよ。出会った時からスーツ姿でしたから。眼鏡もないと落ち着かないのもありますが。でも、そうですね。眼鏡は、ちょっとだけ直桜を意識していますね」
護に笑いかけられて、顔が熱くなる。
鬼の常態化が安定して視力が戻ってからも護が眼鏡をかけ続けているのは、きっとそういう理由なんだろうと思っていたが。
改めて人前で言われると、とても照れる。
「眼鏡でスーツの護は好きだし、今日みたいな護も好きだけど。あんまりその姿でいられると、俺が落ち着かないから、やっぱりダメ。仕事中は、いつも通りがいい」
ふぃと護から目を逸らしたら、保輔と目が合ってしまった。
ニヤリと目が笑っている。
「格好良くて見惚れるん? それとも他の人に見られるんが嫌なん?」
「……どっちも。格好良い護は俺だけが知ってればいいんだよ」
小さな声で応えたら、保輔が笑った。
ちらりと覗くと、護が顔を赤く染めている。
「惚気、だけど。ちょっと、わかるかも。その姿でいたら、モテそう」
円の言葉に、護が驚いた顔をしている。
保輔と円に心の内を探り出されて、直桜としては益々居た堪れない。
「僕も眼鏡、やめようかな……」
ちょっと落ち込んだ顔で眼鏡を外そうとした智颯の手を円が強く握った。
「智颯君は眼鏡外さないで。眼鏡してても可愛いのに、外したら可愛い顔面が全部丸見えになっちゃうでしょ。絶対に外しちゃダメだから」
円が大変早口で流暢に捲し立てた。
ぐっと眼鏡を押し戻されて、智颯が仰け反った。
「うん、わかった……」
照れているのか納得いかないのか、困惑した表情ながら、智颯が素直に頷く。
「智颯君は眼鏡しとるから可愛いねんけどなぁ。ま、外しても可愛いから、どっちでも同じか」
「どっちも可愛いから、なるべくバレない方にするしかないんだよ。夜、襲ったりしたらその場で殺すからな」
一番後ろの席から円が保輔に向かい声を張った。
こんな声も出るんだなと思う程度には大きな声だ。
智颯がひたすら顔を赤くしている。こういうところが可愛いんだろうと思った。
「瀬田さんも同じ心境やんな。格好良い化野さん、他の人に見られたら惚れられてまいそうで落ち着かんのや」
保輔が話を蒸し返してきた。
折角、矛先が智颯に流れて安心していたのに、不意打ちだ。
顔は見る見る熱くなるのに、言葉が出てこない。
「それを言うなら私は、今の直桜を誰にも見せたくないですけどね」
護が直桜の顔を隠すように両頬を包み込む。
見慣れない眼鏡なしの顔に、ドキドキがエスカレートする。
うっかりキスしてしまいそうな距離に近付いた時、顔に何かが張り付いた。
「な~ぉ」
猫のぬいぐるみが直桜の顔にへばりついていた。
「……まさか、俺に嫉妬してるわけじゃないよね、この猫。俺の感情が乗っかってるんじゃないの?」
猫を剥がして持ち挙げる。
体を翻した猫が護の膝の上に座った。
「それそれ、それも気になっとったんよ」
「猫の、ぬいぐるみ、ですね。動くし、鳴くけど」
「直桜様と化野さんの気配がする気がしますが」
保輔と円と智颯が口々に疑問を投げる。
「直日の勧めで昨日、作ったんだけどね。俺の神力が多すぎるから、受け皿になってもらうための急拵えの眷族、みたいな感じ」
「直桜様、流石です」
智颯が目をキラキラさせている。
「私の鬼力が安定すると、この猫さんも成長して自我を得て話したりできるそうです。私の成長の道標のような存在です」
「鬼力?」
保輔が後ろを向いて護に問い掛けた。
「自分の霊力と妖力と神力がちゃんと混ざると、鬼力になるのだそうです。保輔君にも、円くんにも備わっている力ですよ」
「俺も……?」
円が驚いた顔をしている。
護と顔を見合わせて、直桜は円に向き合った。
「円くんの霊元に在る種はね、花笑の御先祖に伊吹山の鬼とその妻、直日神の惟神だった伊予が授けた力なんだって。だから円くんの中にも保輔と同じように神力と妖力が存在するんだよ」
円が呆気に取られている。
同じように保輔も絶句していた。
「直日の神力を温かいと感じたのは、円くんの中の契りが解けかけているからだ。きっかけさえあれば、力は開花する。護と同じ訓練をする必要があると思う。勿論、保輔もね」
保輔が、口を引き結んで頷いた。
「俺、も保輔と、同じ……? でも、俺は……」
円が言葉を飲み込んで俯いた。
その顔を見詰めていた智颯が円の手を取った。
「大丈夫だ、円。僕だってまだ神力を解放しきれてない。一緒に頑張ろう。一緒に強くなるって約束してくれただろ」
円が顔を上げる。
泣きそうに歪んだ目のまま、頷いた。
「同じ時代の同じ場所で、こんな風に出会えるなんて、奇跡だ。やっぱり円と保輔は縁があったんだ……な」
智颯が途中で言い淀んで、顔色を落とした。
自分の言葉に自分でショックを受けたらしい。
「智颯君以上の運命なんか、俺は要らない」
円が沈み込むように智颯に抱き付いた。
その背中を眺めて、智颯が零した。
「でもきっと、円と保輔は縁があったんだ。羨ましいし、嫉妬するけど、僕はそう思うよ」
円が、ぐぐっと智颯に体を寄せる。
「何百年も前の先祖なんか、どうでもええやろ。円と智颯君は運命のバディやん。契りが解けたら眷族契約したらええ。大事なんは今の繋がりやで」
保輔が前を向いたまま、言い放った。
「眷族、か」
智颯が小さな声で、呟いた。その声色は決して明るいものではなかった。
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