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第12話 ぬいぐるみの眷族

 ひとしきり忍で遊んだ直日神が直桜に尋ねた。 「そうそう、猫があったろう」  直桜と護は揃って首を傾げた。 「枉津日が犬になっておった時の人形だ。娘子に貰った猫が余っておったろう」 「ああ、穂香がくれた猫のぬいぐるみね」  枉津日神を槐から引き取った時、仮の依代として呪具技工士の垣井穂香が作ってくれた特殊なぬいぐるみだ。犬と猫、二つあったが直桜が犬を選んだので猫が余っていた。余った猫を直日神の希望で貰ってきていたのだ。  あまりに遠い昔のことで忘れていた。昔と言っても、つい四か月程度前の話だが。 「確か、私の部屋にありますよ。取ってきましょうか?」 「ああ、頼む」  護がキッチンを出て行った。  直日神が忍に目を向けた。 「心配性の忍のために、吾が一つ、愉快な試みをしてやろう」  得意げな顔をする直日神を、忍が不可解な顔で眺めている。  すぐに護が戻ってきて、猫のぬいぐるみを直日神に手渡した。 「ふむ。心なしか直桜に似て見えるな」 「それ、本気で言ってる?」  直桜の顔の横にぬいぐるみの顔を並べて、直日神が眺めている。 「直桜は猫っぽい所がありますからね。私も、そのぬいぐるみを眺める度に直桜だなぁと思っていましたよ」  護が可笑しそうに笑う。  確かにそんなような話は、このぬいぐるみを貰った時にも要や穂香としていたが。 「犬のぬいぐるみは護に似せて作ったって穂香が言ってたけど、猫は違うだろ。このぬいぐるみを貰った日に、俺は穂香に初めて会ったんだから」 「そういう意味では、なさそうだがな」  猫のぬいぐるみを眺めていた忍まで、そんなことを言い出した。 「で? ぬいぐるみで何をする気だ? 厭魅(えんみ)でも作るか」  厭魅とは呪術で使う呪具の人形だ。  枉津日神の器として作られたこのぬいぐるみは広義の意味で厭魅といえる。  呪詛として使う場合は、呪いたい相手の体の一部や霊気などを吹き込んで呪殺する。丑の刻参りの藁人形は厭魅の延長だ。 「厭魅よりも良い代物だ。直桜、猫に神力を籠めよ」  手渡されたぬいぐるみを受け取って、言われた通りにぬいぐるみの中を神力で満たした。  直日神に戻すと、今度は護に手渡した。 「血魔術を纏った血を、沁みこませよ」  護が左の親指の腹から血魔術の混じった血を数滴、ぬいぐるみに垂らす。  滴り落ちた血は跡も残らずに、ぬいぐるみに沁み込んだ。  猫の額に直日神が人差し指をあてた。 「さぁ、どちらに懐くか」  直日神の指先に神気が仄かに灯る。  ぴくり、と耳が動いて、猫が立ち上がった。プルプルと本物の猫のように身を震わせると、きょろきょろと辺りを見回した。 「無機物の眷族か。悪くない趣向だ」  忍が思ったより良い反応をしている。 「そうであろう。直桜の行き場のない神力はこの人形に宿る。今は意志のない傀儡だが、馴染めば言葉を話す程度の知能は得るぞ」  直日神が指を動かすと、猫の鼻がそれをクンクンと嗅ぐ。前足でじゃれ始めた。 「直日が猫のぬいぐるみを欲しがったのって、このためだったの?」  枉津日神の神降ろしの時は、犬だけあればいいと思った。猫のぬいぐるみを欲しがったのは直日神だ。  直桜の問いに直日神が頷いた。 「いずれ必要になると思ぅてな。強度が心配なら、またあの娘子に補強や直しを頼めよう」  ぴょんぴょん跳ねていた猫が直桜と護をきょろきょろと眺める。  探すような選ぶような顔が、護に向いた。  猫が護の顔にびたん、と張り付いた。 「直桜の神気が勝ったな。護、神紋から送られてくる神力での浄化に慣れよ。さすれば解毒術も今より使いやすくなろう。血魔術に神力を混ぜ込めば、新たな術も使えよう」 「肝に銘じます……」  顔に張り付いた猫を何とか剥がした護が、眉を下げる。 「俺の神力が勝ったから護に懐いたの? あの猫って俺なの?」  ちょっと複雑な気持ちになりながら猫を指さす。 「今は直桜の感情が乗りやすいのだろう。そのうちに直桜と護の力が混ざって自我を得る。護の鬼力が安定すれば変化があるから、すぐにわかる」 「鬼力、ですか?」  首を傾げる護に直日神が頷いた。  そういえば保輔の血魔術を開花させたときにも、直日神は鬼力という言葉を使っていた。 「鬼力とは霊力と妖力と神力が混ざった力だ。かつての鬼神や伊吹山の鬼、花笑調が得た力よ。自在に扱えれば、神にも似た術が使えよう」  直桜は直日神を振り返った。 「その鬼力は、護だけじゃなく、保輔や円くんも使えるんだね?」  今はまだ混ざり合わない力でも、鍛えれば混ざり合い鬼力になるのだろう。  直日神が恩返しと称して与えた神力で、保輔の中の混沌とした力が混ざったように感じられた。あれが鬼力に近い状態なのかもしれない。 「そうだな。まずは護が体得して、手本を見せてやると良い。この猫の人形が成長の指標《しるべ》となり証となる。育てば力強い眷族になるぞ」  護が顎の下を摩ってやると、ゴロゴロと喉を鳴らす。まるで本物の猫のようだ。 「思ったより可愛いし、面白いね」  今はまだ直桜の感情で動いていると思うと気恥ずかしいし複雑だが、可愛らしくはある。 「自分を育てるとこの子も育つのだと思うと、頑張る気力が増しますね。懐いてくれるのも、可愛いです」  護の手に抱かれる猫がスリスリと顔を寄せている。ふにゃりと顔を綻ばせる護が可愛いので、直桜も嬉しくなった。  直日神の目が忍に向いた。 「千年以上、生きても人を愛してやまぬ友のためだ。時には吾もお節介をせねばな」  直日神にニコニコと笑みを向けられて、忍がバツが悪そうに目を逸らした。 「杞憂ならいい。だがもう、特殊係が殲滅するような事態は避けたい。どれほど長く生きても、皆、俺より先に逝くのだ。せめて天寿を全うして、置いて行ってほしいと思うよ」  照れ隠しのようにコーヒーを含んだ忍の顔はカップに隠れて見えなかった。  しかし、それは紛れもなく忍の本音なのだと思った。死ねずに生きてきた忍が、今までどれだけの魂を黄泉に見送って、取り残されてきたのかと考えると胸が苦しかった。

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