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第11話 折伏の種②

 ぐっと息を飲んで、護が顔を上げた。 「円くんに隠された能力がどんなものか、忍班長はご存じなのですか?」 「花笑家は元々が呪禁師の家系だ。生業は呪詛返し、故に扱うのは調伏術。その方法が呪禁にしては特殊でな。妖怪を折伏(しゃくぶく)して祓う」  へぇ、と直桜は感心した声を漏らした。 「ちょっと陰陽道の式神に似てるね。六壬神課(りくじんしんか)の十二月将みたい」  六壬神課は安倍晴明が得意とした卜占を元にした式神だ。式を使う調伏は呪禁道より陰陽道の方がメジャーに感じる。 「遠くもないが、感覚としては、狐使いが近いか」 「そうなると外法寄りですね」  管狐も妖狐も死を与える強い呪いに使われてきた動物であり妖怪だ。平安の世では外法呼ばわりされ、民間の下級陰陽師や山伏などが好んで使っていた呪詛だ。 「平安の世では外法でも令和の世では一級呪術だ。妖怪を使役できる術者は、そういない。それだけの術を行使できる才の種と実力を、円は持っている」  強い呪法だからこそ恐れられ外法になっている訳だから、一級には違いない。  むしろ忍がそれほど円を評価している事実の方に、直桜は驚いた。 (重田さんの解析で初めて円くんに会った時も、忍は円くんにポテンシャルはあるって説得していたもんな)  基本的に、やる気がない人間に無理に訓練を勧めるタイプでもない。忍はそれだけ円に期待していたのだろう。 「それだけの能力が、何かのせいで花開けずにいるってことなんだね。その何かを何とかしないといけないのか」  腕を組んで悩む直桜に、忍が視線を向けた。 「これは堅持に聞いた、俺も知らなんだ話だ。花笑の家に伝わる折伏の種の逸話だと堅持は話していたが。俺は事実だろうと考えている」  忍の目は、直桜というより、直日神に向いているように感じた。 「花笑の人間に折伏の種を与えたのは、伊吹山の鬼とその妻である直日神の惟神、伊予であったと」  直桜と護は顔を合わせた。  驚いた顔は、きっと同じだ。 「だとすれば、円の今の状態をどうすべきか、わかるのではないのか?」  忍の問いかけは明らかに直日神に向いていた。   「直日、いい加減、話してくれてもいいんじゃないの? 本当は円くんのこと、全部気が付いているんだろ?」  才出しをした時、円に声を掛けた直日神はどこか満足げな顔をしていた。意味深だと直桜も感じていた。  直桜が声を掛けると、直日神がようやく顕現した。 「伊吹山の弥三郎に花笑の調(しらべ)、何とも因果な巡り会わせよ。これだから名など覚えとうないのだ」  いつものように微笑んで、直日神が直桜の隣に腰掛けた。  忍が、小さく息を吐いた。 「やはり、知っているか。花笑調(はなえみのしらべ)は花笑家初代当主の名だそうだ。花笑の者に折伏の種を与えたのは直日神か?」 「いいや、違うぞ。与えたのは弥三郎と伊予だ。故に、妖力と神力と霊力が混ざった種となった。調は元々強い霊元を持った人間だったから、種は霊元に根を張り芽吹いた」  円の霊元から感じた妖力は伊吹山の鬼の妖力だったらしい。 「てことは、円くんの霊元は保輔と似たような状態ってことだよね」  円の中にも保輔と同じように、直日神の神力が流れていることになる。 「覚えがある気配って言っていたのに、どうしてわからないなんて誤魔化したんだよ」  不機嫌にいじけて見せると、直日神が困ったように笑んだ。 「伊吹山の鬼も花笑も吾に所縁のある者たちだ。気吹戸や秋津が遠慮しよう。それを直桜は望むまい」  直桜は、ぐっと言葉を飲んだ。  そういわれてしまうとその通りで、何も言い返せない。 「直日神は円に触れたのだろう? 霊元の開花を阻害している因子には気が付いたか?」  忍の心配は一貫している。目下の問題は、円の開花を阻害している何かだ。 「あれは近歳の封だな。折伏の種は花笑の血筋に根を伸ばしておるが親から子へ引き継がれる種ではない。先代の種を持つ者に原因があるやもしれぬぞ」  つまり、折伏の種は花笑の血筋なら誰でも受け継ぐ可能性があるということだ。仮に円に子供が出来なくても、別の子孫が引き継ぐ可能性がある。  戦前に折伏の種を持っていた花笑の先祖以降も種を持った人間はいたのだろうが、開花せずに円まで種が引き継がれたのかもしれない。 「先代の時に折伏の種が封じられたせいで、円くんが開花できないでいるの?」  直桜の問いに直日神が首を捻った。 「或いは、自ら封じたか。契りは同意の上でしか成り立たぬ。本人の意志であった可能性が高かろう」  円を視た直日神は確かに「契り」と判じていた。  契りなら自らの意志で封じた可能性が高い。 「マヤさんの予言通りなら、その答えが、栃木の天狗の山に在るってことなんでしょうか」  護の問いかけに、直日神が目を向ける。 「彼の地は妖怪も多い。武蔵や西方を追われた妖怪が北に逃げ、居ついたモノも在ると聞く。関わった当人が居らずとも事情を知る者はあるやもしれぬな」  直日神が忍に目を向けた。  忍が小さく息を吐いた。 「開花しても円は智颯の、気吹戸主神の惟神の眷族にするつもりでいるわけだ」 「其は吾が断ずる話ではあるまい。当人たちが決めるが良かろう」  今日の忍の言葉には、ずっと含みを感じる。   直桜は忍をじっと見詰めた。   直桜の視線に気が付いて、忍が口を開いた。 「保輔も円も、直日神に所縁があるなら直桜の眷族にするべきだと、俺個人は考えているが。直桜と直日神は、どうだ。今の直桜なら眷族を三人抱えるくらい容易だろう。むしろ、それくらいの方が神力の巡りが良いのではないか」  護がぐっと唇を噛んだ。  直桜の有り余る神力を護が持て余しているのは事実だ。しかし、だからと言って困っている訳でもない。   「嫌だよ。護以外に眷族は要らない。まして智颯や瑞悠からバディを奪うようなやり方はしたくない」 「吾は直桜が望まぬ法を取る気はない」  今日はずっと言葉に含みがあるなと思っていたが、忍が抱えてきた本音はコレなんだろうと思った。保輔を直桜の眷族にするつもりなら、瑞悠と合わせて訓練をさせる必要もない。  直日神が護に腕を伸ばした。 「浮かない顔をするな。護が悪いのではない。今の直桜の神力の量を一人で受け止められる生き物はおらぬ。それこそ、神くらいだ」  頭を撫でられて、護が困った顔で俯いた。 「惟神とその神が揃って望まぬのでは仕方あるまいな。俺としても急いて眷族を作る必要はないと考えていたんだがな。一番の気掛かりは、マヤの言葉だ。直桜が眷族としないならば、次の可能性は智颯だ。円は気吹戸主神の眷族足り得るか?」  直桜はずっと、円は智颯の眷族になるものだと思っていたが、よく思い返せばマヤは「眷族になれ」としか告げていない。誰の、と主を明言しなかった。  だからこそ忍は、直日神に所縁がある円を直桜の眷族にと考えたのだろう。  直日神が顎に指を添えて考える仕草をした。  その顔はどこか楽しそうだ。 「吾の神力で、円の種は目を覚ました。きっかけがあれば契りは容易く解けよう。眷族には充分だ」  直日神が直桜に向かってニコリと笑んだ。 「少しだけ力を貸す」と言って円に神力を流し込んだのは、そういう訳かと今更になって納得した。 「円くんというより、智颯のレベルアップが必須な気がするよ。智颯は元の神力の量が多いけど、総てを解放できてない。今の状態で眷族を抱えるのはキツいんじゃないかな」    円はむしろ出会った時より遥かにレベルアップしている。直日神の神力を温かいと感じたのは、種が目を覚ましたためでもあるだろう。だがそれ以上に、霊元が強化され実力が上がったからだ。  保輔のショック療法で智颯の神力も多少は解放されたが、本来の力には程遠い。 「そうか。訓練でどうにかする他ないな」  忍がテーブルに肘をついて俯くと、重い息を吐いた。 「焦らなくても良いのではないでしょうか。本人たちの意向もあるでしょうし、まずはバディとして相性を上げていくところから始めても良い気がします」  護の言葉には直桜も納得だ。  しかし、忍の顔色は険しいままだった。 「そうも言っていられん。天磐舟が穢れた神力を使う集団なら、眷族の繋がりは守りになる。理研がそうであったように、直桜には手を出せないと考える輩が智颯に狙いを切り替える状況は今後も考え得る」  bugsのリーダーだった保輔がターゲットを直桜から智颯に変更した最たる理由がが、「最強には手が出せない」だ。同じように考える人間が出ても不思議はない。 「だから、忍班長は眷族契約を急がれるんですね。清人さんが智颯君に厳しい話をするのも、同じ気持ちなんでしょうね」  護の目に憂慮が浮かぶ。  元々、上司として時々には厳しくなる清人だが、智颯には特に厳しいと直桜も感じる。忍と同じ危機感を持っているからなんだろう。 「俺がいくら焦っても、本人たちの実力が伴わなければ成せん話だ。訓練での成長に期待する他、あるまい」  直日神の腕が伸びて、忍の頭を撫でた。 「苦労が絶えぬな、小角。山岳で修行をしておった時分の方が気易く見えるぞ」  忍が、じっとりとした視線を直日神に向けている。   普段は忍と呼んでいるのに、敢えて小角と呼ぶあたり、揶揄っているのだろう。   「全く持ってその通りだ。自身の法力を上げる方が余程に易い。労う気があるなら、智颯と円と保輔を強くしてくれ」  忍が大変分かりやすく心境を吐露した。 「忍にしては珍しく焦っているように見えるけど、天磐舟について何かわかったの? それとも、マヤの言葉ってそんなに重いの?」  忍が考えるように視線を落とした。   「どちらでもあってどちらでもない、な。天磐舟についてはまだ何もわからん。マヤの予言は命脈の欠片が増えれば見える未来が変わる。今回は俺の勘だ」  忍が目を上げた。 「良くない何かが起きようとしている。そんな予感がする。そこに浮上した天磐舟とマヤの予言だ。多少、気が急っているのは、事実だな」  ぞわり、と言い得ぬ不安が走った。  千年以上も生きている仙人の勘は、只の予感だと切り捨てる気にはなれない。 「なれば此度の旅で、智颯と円、ついでに保輔もきっかけを掴めるように、吾が心得てやろう」  直日神が、今度は忍の頬を摘まんでフニフニと弄んでいる。  楽しそうに笑む直日神を、忍は変わらずの無表情でされるがまま眺めていた。 「長い付き合いだ。たまには忍の憂慮を払ってやろう。帰ってきたら、酒に付き合えよ」  忍が頬を摘ままれたまま、小さく笑んだ。  何のかんのと仲が良い二人だな、と思う。  忍と直日神がじゃれ合う姿を眺めながら、直桜の中にもうっすらと、しかし確実に不安が芽吹いていた。

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