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第31話 新しい友達

 直桜たちは山頂の南月の所に戻った。  連の体は喜多野坊が抱いて一緒に連れてきてくれた。  消沈した保輔の隣には、円と智颯が離れることなく傍にいた。  山頂には石で作られた磐座があり、そこに女性が待っていた。 「この度は人狼の里の危機を救ってくださり、本当に有難うございました。私がこの里の長である南月、調様より花笑の主に仕えてきた人狼にございます」  丁寧に頭を下げられて、直桜たちも会釈した。  南月の目が喜多野坊が抱える連に向く。 「大切な御友人を犠牲にしてしまった。どれだけ謝罪しても足りません」  南月が保輔に向かって深々と頭を下げた。  保輔が何度も首を振った。 「連は人狼の里に穢れた神力を持ち込んだ主犯や。南月さんが謝る筋やない。アイツがたまたま俺の知り合いやったいうだけやから、気にせんでな。むしろ謝んのは俺の方やから」  顔を上げないまま話した保輔の声に、いつもの快活さは一切なかった。  南月が円と直桜に目を向ける。 「あのさ、保輔。連君を連れて帰りたい? その……、弔ってあげられる場所って、あるのかなって、思ってね」  理研でbugのレッテルを貼られた子供たちの末路は悲惨だ。呪術の実験体、妖怪の餌、幽世への売買と、およそ人権を無視した扱いをされる。故に戸籍もない。  そういう子たちを弔う場所が存在するのか、心配だった。 「橿原に、申し訳程度の共同墓地はあるよ。行基もアジトの近くに立派な墓地作ってくれとる。けど、連は、どっちにも帰りたないやろな」  保輔との会話を聞いていれば、理研や集魂会に戻りたくないだろうと話す保輔の言葉は頷ける。  どういう経緯で連が理研から天磐舟に入ったかはわからないが、仲間が誰も連を連れ帰らなかった時点で、扱いは想像がつく。  それ以前に仲間の鬼に喰われて死んでいるのだ。 「でしたら、この場所に弔われてはいかがでしょうか」  南月の申し出に、保輔が顔を上げた。 「それは、申し訳ないわ。散々無体を働いた敵やで。アンタらにとっては憎い相手やろ」 「いいえ、憎いとは思いません。貴方はこの場所に主様を連れてきてくれたお仲間です。そのお友達ですから」 「友達、か……」  南月の申し出に保輔が顔を逸らした。 「連が眠る場所は、南月が守ってくれる。誰もいない場所に弔うより、寂しくないと思う」 「僕らはこれからも年に何回かは人狼の里に来るんだし、その時ちゃんと会いに来られるだろ」  右から円に、左から智颯に肩を叩かれて、保輔がキョロキョロしている。 「年に数回? 俺もなん?」 「当然だろ。人狼は伊吹弥三郎が花笑調に引合せた妖怪だぞ。保輔にとっても所縁の場所だ」 「俺の、縁……」  智颯の言葉に、保輔が驚いた顔をしていた。 「そうか、俺にも縁がある場所に眠ってんなら、ちょっとは寂しくないんかな」  保輔の顔に、ほんの少しだけ笑みが灯った。  南月が保輔に寄り添った。 「伊吹山の弥三郎様と伊予様には、大変にお世話になりました。私にも恩を返させていただきたいのです」 「いや、それは俺やのぅて、俺の遺伝子の先祖やから」 「いいえ、貴方です。伊吹山の鬼は記憶も引き継ぐ。鬼の力が覚醒すれば、貴方は今を生きる伊吹弥三郎になる。保輔の力が花開くよう、祈っています」  南月が保輔の鼻に自分の鼻の頭を当てた。  まるで狼のキスのようだ。 「そんなら、南月さんの好意に甘えさしてもらいます。連を、よろしくお願いします」  保輔が深々と頭を下げた。  透明な雫がぽたぽたと、幾つか落ちて見えた。  その姿には安堵が滲んで見えて、直桜は胸を撫でおろした。 「円くんは南月を連れて帰らないの?」  今の話し方だと、南月はこの里に残るように聞こえた。 「里での暮らしが長かったので、一族が増えました。可愛い子らを残して長である私が里を出るわけにはいきません。それに、私も少々歳を取りました。主様に使えるには些か戦力不足です」  人間の姿に変化している南月は若い女性の姿だから忘れていたが、花笑家初代当主である調の頃から共をしているなら、千年くらいは生きているはずだ。   「ですから、私の子供らを、円様にはお連れ頂きたいとお話したのです」  南月が後ろを振り返る。  毛玉が三匹、勢い良く円に飛びついた。勢いに押されて、円がその場に倒れ込む。  モフモフの毛玉は三匹ともまだ子供に見えた。 「幼くて人に化けるのもまだ十分に出来ない子らなのですが、円様もお気に召してくださったようでしたので」  困ったように笑って、南月が毛玉に埋もれる円を眺めている。  円にじゃれる狼を一匹、智颯が抱き上げる。狼が智颯の顔をぺろりと舐めた。  もう一匹の狼がねだるように保輔の足を前足で掻く。  仕方ないとばかりに抱き上げると、狼が保輔の顔をべろんべろんに舐めた。 「あらあら、御友人にも早速懐いた様子で、良かったです」  南月が嬉しそうに笑んだ。 「本当に、三人も、連れて行っちゃって、いいんですか?」  膝に子供の狼を抱えて、円が心配そうに南月を見上げる。 「ええ、勿論。この子らが円様を望んだ。私が調様を望んだように。円様が受け入れてくださるのなら、これは導きです」  膝に乗る狼の頭を撫でながら、円が納得の顔をした。 「なら、連れて帰ります。新しい、俺の、友達だね」  友達、という言葉が円から自然と流れ出た。  三匹の子狼に囲まれる円が嬉しそうに笑っている。  それが直桜には円の成長に感じられた。

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