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第39話 大晦日の別れ

 年の瀬、十二月三十一日。  集魂会のアジトがある高千穂のとある寺の敷地内に、大きな集合墓地がある。大変に立派な墓石に刻まれているのは、理研から集魂会に送られてきた人々の名前だ。  享年はほとんどが二十歳前で、蜜白の二十歳はむしろ年長だった。 「三人でいる姿を見たのは、久し振りだった。ヤスが集魂会を出る前、英里の死を知る前だな。とても楽しそうだったよ。あの三人に時間をくれて、ありがとう」  黒介が直桜に向かって頭を下げた。  埋葬が終わり、墓前で手を合わせる。  経を唱える行基の声も、悲しく響いた。 「あのままお別れさせるのは、俺が嫌だっただけだよ。少しでも楽しい思い出になってくれてたら、良いんだけど」  懐かしい時間を過ごして、思い出を作ってほしい。  失った悲しみは、すぐに癒せるものではないけれど。 「やっぱり英里さんの死が、きっかけだったんだな」  清人が、ぽつりと零した。  その隣に立つ紗月が、暗い顔で俯く。  黒介が俯き加減に頷いた。 「報せないのは不自然だからな。三人が来た時、集魂会に行基はいなかった。数年後に戻ってきて、事情を隠し通せるものでもない」  三人が集魂会に来た時期はバラバラだったらしい。蜜白、武流、保輔の順に送られてきた。行基が戻ってすぐに保輔は集魂会を出てbugsを結成したとの話だから、約三年前になる。 「保輔の個人プレイかと思ってたが、そうじゃなかったんだな。歌舞伎町で保護した子供らも、決意した顔をしてた。理研は、このまま放置はできねぇな」  清人の視線は保輔に向いている。  優士に肩を抱かれた保輔が武流と共に墓石を見上げ、行基の経を聞いていた。 「碓氷さんも武流も、保輔は希望だって言ってた。保輔は一人じゃ、諦めたり出来ないよ」  蜜白の遺言は、ある意味で呪いのようにも聞こえた。  理研を潰すまで諦めるな、死んでいった仲間の想いを忘れるなと、保輔の脳に刻んでいるようだった。 「重い希望背負わされやがって、お人好しめ。性悪そうに見えて実はお人好しってのが一番面倒くせぇなぁ」 「そうねぇ。そういうのがウチには数人いるねぇ」  清人の愚痴に、紗月が間髪入れずに答えた。  じっとりした目を向ける清人を、紗月がさらりと避ける。 「保輔君が背負った希望を一緒に背負ってあげられるのは、同じお人好しだけだと思いますが」  護の目が紗月に向いている。 「まぁねぇ。行基が入滅した一件には私も関わってるし、理研には思うところがあるからね。保輔を見捨てるなんて真似したら、あの世で英里さんに叱られるわ」  父親が関わっていた霊元移植実験を言っているのだろう。  紗月は紗月で、理研とは深い因縁がある。 「何となくだけど、理研にメスを入れる時期なのかもね。天磐舟優先て考えてたけど、理研を叩けば両方の埃が出そうな気がするよ」  人狼の里で会った連は理研出身の天磐舟メンバーだ。  行方不明のmasterpiece二名を探すのも、もしかしたら天磐舟への足掛かりになるかもしれない。 「俺たち集魂会を有効に使ってくれ。理研関連なら役に立てるはずだ。保輔一人にこれ以上、背負わせる訳にはいかない」  黒介が積極的になってくれるのは、有難い。  蜜白の死は直桜たちだけでなく行基と黒介にとっても、理研の子供らが保輔に掛けた期待の大きさを知るきっかけになった。  集魂会とbugsにいた子供らは皆、理研の実験を止める希望を持っていた。その期待を一身に背負っていたのが保輔であり、保輔を支えていたのが蜜白と武流だった。  蜜白と武流が集魂会に残ったのは、bugsの保輔をサポートするためだ。反魂儀呪の傘下に入ったbugsは危険も大きい。メンバーの避難先にするため、保輔は蜜白と武流を窓口にして集魂会を利用していた。  保輔が直桜と取引するまで、保輔と武流と蜜白は三人で理研を潰すために動いていた。集魂会やbugsにいた子供らは、三人と同じ志を持っていたのだ。  理研に捨てられた子供たちにとって保輔は今までもこれからも希望なのだろう。  連の死に際の言葉と同じ思いを、理研で生まれた子供らは抱えているのだろうと思えた。 「そうだな。まずは少子化対策室と霊能開発室の現状の把握。行方不明になってるmasterpiece二名の追跡だな。理研の情報は随時、なるべく詳細に回してくれ」  清人の声掛けに、黒介が力強く頷いた。   「そんで、早くに眷族契約してぇとこだが、保輔はどうだろうな」  墓石を見上げる保輔の視線は弱く、普段の気丈な性格は雲隠れしてしまっている。  今の状態の保輔に大きな決断を強いるのは酷だ。 「陽人と忍の許可は、あっさり下りたからね。あとは本人次第なんだけどね」  元々、保輔と円を直桜の眷族に勧めていた忍から異論はなかったし、陽人も二つ返事で許可した。むしろ、そのほうが良いとすら話していたらしい。  武流や行基と話をしていた保輔が優士と共に、直桜たちの所に戻ってきた。 「こないな年末に蜜の葬式に来てくれて、ありがとうございました」  姿を見付けて早々に保輔が深々と頭を下げた。  年末ということもあって、葬式には13課組対室の主要面子と優士だけで参列した。保輔を案じていた智颯と円は年の瀬ということもあり、実家に帰らざるを得なかった。本当は傍にいてやりたかっただろう。 「俺からも礼を言わせてほしい。蜜白のために、ありがとう」  優士が保輔と同じように頭を下げた。  保輔とは違う意味で、優士にとっても蜜白の死は辛かったのだろう。 「来るのは当然だから、礼なんか必要ないですよ。それより、ちゃんとお別れは、できましたか?」  清人に優士が頷いて、保輔を振り返る。  保輔も、こくりと小さく頷いた。 「武流に言われてん。俺はもう13課の人間やから、理研に拘らずに生きろって。蜜の遺言は気にすんなって。けど、やっぱりそうも出来ひん」  保輔の顔が悲しみに歪む。 「碓氷さんは、保輔の生きる道標を失くさないために、ああいう言い回しをしたんだと思うよ。本当は武流と同じ気持ちなんじゃないかな」  呪いの言葉にも、確かに聞こえた。  だが、どう生きていいかわからないと泣いた保輔が迷子にならないように、蜜白が伝えられた最期の希望であり優しさだったんだろうとも、直桜は思う。  そうであってほしいと思う。 「そうかもしれへん。けど、それじゃ俺が納得できんのや。一生掛かってもいい。理研の実験は、俺が終わらせたる。けど、13課に迷惑かけたりせぇへんから」  清人が保輔の頭を鷲掴みにした。 「当然だ。一緒に潰すんだよ」 「は?」  掴まれながら、保輔が清人を見上げた。 「理研に因縁があるのは保輔だけじゃないんだ。行基を入滅させたのは私と英里さんだし、私の親父は霊元移植室の室長だった。私も大きな責任、抱えてんだよ」  保輔が紗月の顔を驚いた目をして見詰めている。  どうやら、そこまでは知らなかったようだ。 「俺も理研の出身者だ。集魂会にも長くいた。保輔とどこでも出会わなかったのが、むしろ変なくらい、同じ場所で生きてきた人間なんだよ。それに俺は、英里の夫だしね。英里の想いは継ぐのが当然だろ」  優士の柔らかな眼差しが、保輔を真っ直ぐに見詰める。  保輔が口を引き結んだ。その目が潤んでいる。 「保輔君が背負った仲間の希望は、一緒に背負う。清人さんもさっき、そんな風に話していたんですよ」 「それを言ったのは俺じゃなくて護だろ」  護の言葉に、清人がちょっと照れている。 「だからさ、これからは一人で頑張るのは無しだよ。一緒に頑張るんだ。一人で背負う必要ないよ。一緒に背負うんだ。俺たちは保輔の新しい仲間だからさ」  直桜の言葉を、保輔がじっと見詰めて聞いている。  保輔の目から、ポロリと涙が零れた。 「俺、最近、涙腺バグっとる。……そっか、仲間か。一緒に頑張れる仲間って、ええな」  保輔が清人に抱き付いて、顔をぐりぐりと押し付けた。 「こら馬鹿! 鼻水つけんじゃねぇよ!」 「大丈夫や、涙しか拭いとらんから」 「全然大丈夫じゃねぇ!」  よりによって清人に絡みに行った保輔に、護がハンカチを手渡す。 「とりあえず、これを使ってください」 「ん、もう拭けたよ」  清人の礼服のシャツが滲んでいた。 「涙だけ上手に拭いたね、保輔」  笑う紗月に、清人が何とも言えない顔をした。 「保輔のこんな姿を見たら、蜜も少しは安心して逝けるかな。それとももう、あっちに逝ってて、英里に会えてるかな」  優士が空を見上げた。  冬の空は薄く高く晴れて、魂が昇るにはちょうど良い日和だ。 「もしかしたら英里さんと一緒にいて、二人で笑って見てるかもしれないね」  蜜白の志と大事な保輔を引き受ける想いを、直桜は空に向かって投げた。

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