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第41話 新年最初の恋バナ
プライベートルーム側のインターホンが鳴った。
キッチンにいた直桜と護は扉の方を振り返った。
「きっと保輔だ。勝手に入ってきていいよって言ったのに」
保輔は清人と違って、必ずインターホンを鳴らす。
二人のイチャイチャに気を遣ってくれているのだろう。
直桜が玄関を開けると、保輔が俯きがちに立っていた。
「おはよう。ご飯の時間はインターホン鳴らさないで入ってきちゃっていいよ」
ちょうど朝食を作り始めるくらいに、保輔は直桜たちの部屋にやってくる。食事に誘っているのは直桜と護だし、来るとわかっているから、そこまで気を遣わなくてもいいのに、と思う。
「朝ごはん、まだだよね? 一緒に、食べるよね?」
保輔が、どこか思いつめた様子で俯き、立ち尽くしている。
正月料理に飽きてしまったのだろうか。確かに正月も三日になると、いつもの食事が恋しくなる頃合いだ。
といっても今年は喪中の保輔に合わせて御節は準備しなかったので、雑煮くらいだが。
「ご飯食べる、……食べるけど、食べたら、俺を眷族にしてくれ!」
保輔が鬼気迫る顔で前のめりに直桜に迫った。
思わず仰け反って、直桜は保輔を押し返した。
「とりあえず、ご飯の支度しよう。中で話そうか」
鼻息荒い保輔の手を引いて、その身柄をキッチンに連行した。
「保輔君、おはようございます。お餅、何個にします? 二個? 三個?」
「……二個、いや、三個」
どんより暗い保輔の顔を見付けて、護が蒼褪めた。
「もしかして御雑煮、飽きてしまいましたか? 焼餅にして醤油と海苔にしますか? それともお餅がもう嫌ですか?」
「飽きてへん。お餅、好きや。どっちも食べる。焼餅あるなら、御雑煮のお餅、やっぱ二個にする」
表情は暗いがしっかりリクエストしてきた保輔に、護が安心した顔をした。
「御雑煮のお餅は二個ですね。焼餅は幾つか作って皆で食べましょうか」
トースターから焼けた餅を取り出して、追加の餅をセットする。
護の隣に立って、保輔が支度を手伝い始めた。
「で? 何で急に眷族契約、決めたの?」
直桜は保輔に改めて問い掛けた。
その様子を、護が少し遠巻きに眺める。
「最初から、眷族になろうっては考えてた。せやないと俺はきっと、今以上にはなられへん。自分の気持ちは決まっとった。相談したかったんは、瑞悠や」
「だったら、正月明けが良いんじゃないの? まだ話し合えてないだろ」
智颯も瑞悠も集落に里帰り中だ。
年末、保輔が集魂会に行っている間に瑞悠は滋賀に帰ってしまったから、すれ違っている。
「瑞悠も秋津も大賛成やて。秋津にはむしろ早くせぇって、せっつかれた。メッセージでやで? ありえる? 大事な話やん。俺は会って顔見て話すつもりやってんのに」
保輔の横顔が、かなり不貞腐れて見える。
「だったら、やっぱり改めて会って話してからにしたら? 納得できないんだろ?」
軽く頬を膨らませた顔で、保輔が直桜を振り返った。
スマホを取り出し、メッセージの一部を見せ付ける。
覗き込んだ直桜と護は、納得の顔になってしまった。
「確かに瑞悠の方が俺より、よっぽど強いよ。悪い気持ちで言ってへんのも、わかっとる。けど、やっぱりな、惚れた女に守るって断言されんのは、情けない」
焼けた餅を護から受け取って醤油を絡めながら、保輔がブツブツと愚痴るように話す。
餅を掴む箸の先が、不満そうに動いている。
「瑞悠って昔から男気があるっていうか思い切りが良いっていうか、あんまり悩まない子なんだよね。考えてないわけじゃないから失敗も少ないんだけど」
思考の瞬発力とでもいうのか、直感に近いのだろうが、瑞悠なりの理由や意味は存在するから、考えていないわけではない。
だが、物事の結論を出すのが早いのは、子供の頃からだ。
「むしろ智颯の方がうじうじ考えちゃって結論出せないタイプで。だからなのか、瑞悠が智颯を守るって思ってたのも昔からだし、その延長なんじゃないかな」
「瑞悠さんにとって、智颯君と同じくらい保輔君が大事って意味なんでしょうね」
醤油が絡まった餅に海苔を捲きながら、護がフォローする。
焼けた餅に醤油が沁みて香ばしい香りがキッチンに漂う。
「智颯君はそんな感じやから可愛えのやろな。だから瑞悠が格好ええのやわ」
餅が良い具合に煮えた雑煮を器に盛って、席に着く。
手を合わせて、いただきますをする。
焼餅を食んだ保輔の口から、みょーんと餅が伸びた。
「瑞悠と秋津がええ、言うとるし、秋津はむしろ急かすし。せやから眷族契約してほしいねん。そしたら年始から始まる訓練も、眷族として挑めるやろ」
正月休み明け、一月六日からは、栃木出張組の強化訓練が始まる予定だ。
瑞悠たち怪異対策室の惟神と清人と紗月は既に訓練を終えている。
「それは、まぁ。俺もそのほうが良いかなって思うから、良いんだけど。何となく勢いで言ってない?」
保輔の眉尻が上がっている。来た時から、ずっと怒り眉な表情が気になる。
「自分に苛々しとるだけやねん。誰も守れん自分は嫌や。守られっぱなしも嫌や。瑞悠に守られて、足引っ張るんも嫌や。俺にしかできひん何か、はよ見付けたい」
餅をもぐもぐしながら、保輔が強い口調で言い切る。
「焦っているのではないですか? 先月は保輔君にとって、辛いことが多かったでしょう? でもそれは総て、保輔君のせいではないですよ」
護が心配そうに保輔に茶を差し出した。
受け取った茶を豪快に飲んで、保輔が餅を飲み下す。
「今更、そういうんやない。蜜とも約束した。身の丈に合わん無理はせぇへんて。俺は意固地で、一人で抱え込む癖があるけど。13課では迷惑掛けるさけ、それはしたらあかんて、注意された」
保輔の今の言葉には、少し安心した。
蜜白はちゃんと、これからを生きる保輔を案じてくれていた。それが嬉しかった。
「今までは、俺が一人で抱えなならん環境やったけど、13課は違うから。俺より力も知恵もある人が仰山おるさけ、頼れって。俺は蜜も武も頼りにならんなんて、思ぅてなかったのに」
呟いた保輔の目から涙がポロリと零れた。
保輔が、慌てて目を擦る。
「あかん、また泣いてもうた。もう泣かんて決めたのに」
目を擦る保輔の手を、隣に座った護が握った。
「泣いていいですよ。まだ、泣かなきゃいけない時です。無理に胸の中に押し込めてはいけません。ちゃんと悲しまなきゃ。今、吐き出しておかないと、自分の大事な気持ちにも、きっと気が付けないままになってしまいます」
護の言葉は、何となく翡翠を想って出た言葉なんじゃないかと思った。
記憶を消されて忘れていた想いが今になって吹き出して、どうしていいかわからない護の気持ちは、もしかしたら今の保輔に似ているのかもしれない。
「bugsの話とか、集魂会の話とかさ、理研の保育園の話も、色々聞かせてよ。保輔が嫌じゃない範囲で構わないから。英里さんの話も聞いてみたいしさ。碓氷さんがどんな人だったかも、ちょっと知りたいし」
口を尖らせる直桜を眺めて、保輔が笑った。
「うん、俺も二人に、聞いてほしい話、仰山あるわ。いっぱい話、聞いてや」
護が保輔のスマホを指さした。
「未読メッセージが、あるみたいですよ」
促されて、保輔がスマホを確認する。
内容を見付けた保輔の顔が、赤く染まった。
「柄にもない台詞、時々いうのや。峪口の双子はデレがヤバいで」
「瑞悠さんとも、沢山話してあげてくださいね」
保輔がちらりと横目に護を窺う。
直桜たちにメッセージを見せてくれた時に、画面が流れて未読メッセージが見えてしまった。
「俺的にはさ、瑞悠が保輔と出会えて良かったって思ってるんだ。智颯以外で瑞悠が興味持った人間て、保輔が初めてだと思うから」
直桜をちらりと窺った保輔が目を逸らした。
「まぁ、そんなような話は、本人にも聞いたけど」
煮え切らない保輔の表情に、直桜はちょっとだけ笑んだ。
「集落にいた頃、まだ瑞悠が小学生の頃ね、男勝りで恋愛に疎い子なのかなって思ってたんだ。興味ないのかなって。でもさ、きっと今でも興味ないよね?」
保輔が顔を上げた。
「直桜さん、知っとるん? 瑞悠に何か聞いたん?」
やっぱりな、と確信を持った。
縁結びの勾玉を貰って、瑞悠と距離を縮めているはずの保輔の表情が晴れない一番の理由はきっと、直桜の予想が当たっているからなんだろうと思った。
瑞悠は多分、恋愛に興味がないのではなく、共感できないのだ。そんな自分に悩んでもいる。その思いを保輔は瑞悠に打ち明けられているんだろう。
だから二人の仲は端から見ていると進展しているようでも、二人の間では進んでいない。そんな風に思っていた。
「何も聞いてないよ。たださ、別にいいんじゃないかなって思って。一緒にいる形って恋人じゃなくてもいいし、恋人って恋愛感情じゃなくてもいいって、思うんだよね」
「バディなら、ええとか、そんなん?」
保輔の呟くような声は、まだ迷っているように聞こえた。
「バディとかでもない。そうだな。例えば俺は護が好きだけど、その好きを詳しく説明してみろって言われたら、難しいよ」
護に目を向ける。
箸をおいて、護が考え込んだ。
「そうですね。私の好きを言葉にするなら……。直桜を失うのも、まして他の人に奪われるなど考えられないし、そうならないために命懸けで守りますし、一生離れたくないですし、特別なのは直桜だけ、ですね」
さらりと言ってのけた護の想いは、直桜も同じだなと思う。
改めて、護は直桜と同じ気持ちで向き合ってくれているのだなと感じる。
「さらっというんやね、護さんは」
保輔の顔には恥ずかしいと書いてある。
「でも、保輔君も同じでしょ?」
照れもせずに、護がニコリと笑った。
口を一文字に引き結んで、保輔の方が照れた顔をしている。
「瑞悠の感覚は、もしかしたら一般的じゃないというか、普通とは違うのかもしれないけど、多分言葉にしたら今の護みたいな感じで、保輔と同じじゃないかなって思うんだよね」
「普通……」
意外な声で、保輔が呟いた。
「とはいえ、癖があるし変わった子ではあるからさ。保輔みたいに思考の柔軟性がある子が一緒にいてくれるんなら、兄的には安心なんだよ」
雑煮の餅に、かぶり付く。
餅が、みょーんと伸びた。
「俺、大事なトコ、見落としとったかも。そもそも俺も、普通やないわ」
驚愕の表情は、見る間に笑みに変わる。
護が食んだ焼餅が、みょーんと伸びた。
「今日のお餅、伸びすぎじゃない? 美味しいけど」
「そうですね。嘘みたいに伸びますね」
「きっと嘘なのやわ、この餅」
保輔が雑煮の餅を食む。
その餅も嘘のように、みょーんと伸びた。
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