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第42話 二人目の眷族
食事を終えて、三人は護の部屋に移動した。
部屋の手前に置いてあるソファに腰掛ける。
「じゃ、神紋、与えるけど、本当にいいんだね」
最終確認をすると、保輔が決意した顔で頷いた。
ついさっきまでの焦りや出張帰りの車内のような恐れはなさそうだ。
「確認だけど、神紋を与えるだけなら、いつでも解消できる。定着させると護や紗月みたいに生涯の眷族になって解消できなくなるから、今はしないよ」
頷いた保輔がソファの上で膝立ちになる。
その後ろを護が支えた。
捲った服を抑える保輔の腹に、直桜は手をあてた。
「……生涯の眷族になったら」
保輔の声に、直桜は顔を上げた。
「後悔、するかな」
自分に問いているような、直桜に問いているような言い回しだ。
「俺は、後悔せぇへん気ぃがする。けど、ダメ?」
直桜は、そっと手を離した。
「人狼の里で会った阿久良王は、護さんしか見てへんかった。俺には興味ないのや思ぅた。けどもし、直桜さんの眷族になって、ああいう悪鬼に狙われたとして、神紋が突然消えたりは、せぇへんの?」
直桜は考え込んだ。
保輔の疑問と不安は、尤もな気がした。
神の眷族になった伊吹山の鬼は価値が上がる。今までより狙われる頻度は増すだろう。定着させない神紋は何をきっかけに消えるか、わからない。
「神紋は、定着させないと何をきっかけに消えるかわからない。だから、保輔が言うような状況も想定できなくはないよ」
「考える時間は、ようけあった。きっと、俺が生きる道は、これなのやわ」
保輔が直桜の腕を握った。
離れた直桜の手を自分の腹に押し付けた。
「俺を直桜さんのモノにしてや。俺が俺を諦めても、手放せんように」
保輔の決意した目が、かえって直桜を戸惑わせた。
「それは……、その為に与える神紋だ。だけど」
「直桜、私は賛成です。保輔君が決意したなら、そうするべきだと思います」
保輔の肩を支える護が、直桜を見下ろした。
「伊吹山の鬼は惟神の守人。特に直日神とは縁が深い。それに保輔君と同じ懸念が、私にもあります。阿久良王は、それくらい不気味でした」
「一番怖いんは、俺が俺の意志に関係なく皆の敵になる事態や。穢れた神力も鬼の妖術も、そういう怖さがある。それに対抗すんなら、神紋が消えるんは困る」
「定着させなくても、消えるとは限らないけど」
しかし、多少の事情を知っている者なら、神紋を消しにかかるかもしれない。定着させない神紋は不安定だ。そこを突かれれば、悪用される危険は確かに高い。
(保輔に自分を大事にしてもらうための神紋だったけど。二人にとって、それだけ阿久良王や温羅の存在は脅威なんだな)
特に護の心境の変化に、直桜は驚いていた。
護は初め、保輔を眷族にする話に消極的だった。考えが変わったのは、人狼の里で阿久良王に会ってからだ。
鬼だからこそ感じる同じ鬼への恐怖があるのかもしれない。
「二人が感じる脅威は正しかろう。何故、吾があれらの鬼を直桜に近付けたくないか、直桜より護や保輔の方が感じておるのだろうな」
直桜の後ろから直日神が顕現した。
護と保輔が直日神に向かい、同時に頷いた。
「あれは絶対に直桜さんに、他の惟神にも近付けたら、あかん。喰われたら取り込まれてまう」
「鬼ノ城の温羅が阿久良王のような鬼を集めているのなら、眷族は私だけでは足りない。神紋の定着について、保輔君には改めてお話しようと考えていました」
直日神が直桜に手を重ねた。
「消えない神紋を与えてやれ、直桜。保輔はもう、心を決めておる」
見上げた直桜に保輔が頷く。
(永遠の眷族は護だけで良いって、思っていたけど。眷族と恋人は、違うもんな)
眷族という言葉と立場で護を独占して、護だけを特別扱いし続けたい。それが直桜の正直な思いだ。
けれど、護はきっと、眷族をそんな風には捉えていない。保輔に神紋を与える話を切り出したのは護だったからだ。
保輔の自分を犠牲にする悪癖を治すため。直桜はそれだけのつもりだったが、護はそうではなかったのだろう。
「どれだけ眷族が増えようと、直日神 の惟神の第一の眷族である鬼神は特別よ。クイナを最初に守った産土の鬼、神に愛され、人を愛した鬼だ」
直日神の言葉に護が驚いた顔をしたが、すぐに照れたように笑んだ。
「だからこそ私は直桜に出会って、今は直桜を守れるんですね」
納得したように護が自分の手を見詰めている。
「後で直桜にも、面白き昔語りを聞かせよう。保輔にもな。伊予と調の話は懐かしかったであろう?」
「ん、円とは、千年も前から縁があったのやなって、不思議な気持ちになったわ。きっと直桜さんと護さんも、そういう二人なのやろね」
保輔が微笑みが直桜を見下ろす。
敵わないな、と思った。
(直日は俺の迷いも護の決意も、全部気付いてるんだ。その上で、保輔を眷族に勧めてるんだ。必要があるってこと、なんだな。あとは俺が決意するだけだ)
直桜は口を引き結んだ。
「よし、わかった。消えない神紋、保輔にあげる。神力、流すよ」
直日神と重なった手から、保輔の腹に神力を流し込む。
体中を満たす神力で、保輔の体が金色の気を発した。
「なんか、気持ちぃ……」
細く目を開いて、保輔の顎が上がる。
満たした気が流れを止めて、ゆらりと留まった。
少しだけ、腹に手を押し当てる。
じゅっと焼けるような音がして、腹に桜と陽の紋が浮かび上がった。
「あぁ、懐かしい神の気だ。ようやく保輔に弥三郎が溶ける」
保輔の顔が正面の直日神に向いた。
「手間を掛けたなぁ、直日神。これでやっと、伊吹弥三郎が繋がる。大事な惟神は伊吹山の鬼が守ろう。あの娘が繋いでくれた伊吹山の鬼の血だ。恩には報いるさ」
「あの娘って、誰?」
今話しているのは、きっと先代の弥三郎だ。
保輔の顔をした弥三郎の目が直桜に向いた。
「英里とかいう娘は、保輔の幸せと大いなる闇を滅するを望んだ。望みは叶えよう。保輔と共に、惟神と共に」
保輔が目を閉じた。
体が前に傾いて、咄嗟に支える。
「それってつまり、保輔を生み出したのは、英里さん?」
どういう方法で伊吹山の鬼の遺伝子が保輔に組み込まれたのかはわからないが、恐らくは受精の段階から英里が関わっている。
でなければ、繋いだという表現にはならないだろう。
「保輔にとって英里さんは、本当にお母さんだったんだね」
直桜の肩に凭れて目を閉じている保輔の頭を撫でる。
「大いなる闇、か」
弥三郎は、理研でも反魂儀呪でも集魂会でもなく、闇といった。
初めて13課組対室に来た時に話した保輔も、反魂儀呪と理研の後ろにある大きな闇という表現をした。
最近だと、マヤも似たような話をしていた。
それが直桜には、とても不気味に響いた。
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