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第43話 伊吹山の鬼の血魔術

 保輔の肩が、ピクリと震えた。  ぼんやりと目を開きながら、自分から起き上がった。 「あれ、ごめん。俺、気ぃ失った?」 「一瞬だけだよ。体、大丈夫? 何ともない?」  ソファの上で正座して、保輔が体中に触れた。 「ん、何ともないよ」  服を捲り上げて、自分の腹を眺めると、感心した声を上げた。 「これが神紋かぁ。綺麗な模様やね。桜や」  そう言って笑った顔は、何だか可愛い。 「護さんも同じ? お揃い?」 「ええ、私の腹にも同じ紋がありますよ」  ニコニコしながら、護が保輔の顔を掴んで直桜に向けた。 「良いですか? この一回きりです。一回しか許しませんよ」  保輔が不可解な顔をしている。  直桜も同じような気持ちになったが、すぐに理解した。 「いや、護と同じようにはしないよ。体の一部を取り込んでもらえば、いいだけだから」 「わかっていますよ。だから、才出しの時と同じ方法で充分足りますよね?」  今度は保輔の顔が引き攣った。 「は? なんで? どういう意味?」 「神紋の定着には主の体の一部を取り込む必要があります。唾液で良いかなと。それとも直桜の髪の毛とか、食べます?」  保輔が、ぶんぶんと首を横に振った。  直桜は、さっさと保輔の顔を掴まえた。 「じゃぁ、しちゃおう」  口付けて、舌を差し込む。  舌と舌を絡ませて唾液を流し込む。  緊張していた保輔の肩の力が抜けて、自分から舌を絡めると、唾液を飲み込んだ。  ちゅくちゅくと水音をさせながら、ある程度で唇を離す。  保輔の目が、また夢見心地に潤んでいた。 「なぁ、護さんとも、したい」  振り返って腕を伸ばすと、保輔が自分から護に抱き付いた。 「は? 何で?」  咄嗟に伸びた腕を、直日神が止めた。  人差し指を口元に当てて、静かにと促された。  直日神に目で合図され、護が保輔の唇を受け止めた。  才出しの時と同じ状況になって、直桜としては納得いかない。 「護の鬼力に触れれば、保輔は神力を混ぜた血魔術が使えるようになろう。口吸いの才出しは他者の才を引き出すだけではない。己の才を引き出す術でもある」  直日神にそう言われてしまうと、何も言えない。  くちゅりと音を立てて唇を離すと、保輔が護に抱き付いた。 「俺、護さん好きやぁ。護さんになら抱かれてもええ」  とんでもない発言をした保輔を護から引き剥がした。 「ダメに決まってるだろ。保輔の恋愛対象は女なんだろ。てか、瑞悠が好きなんだろ」 「只の例えやん。それくらい好きやって」  直桜は保輔の押し退けて護に抱き付いた。 「今後、護に抱き付くの禁止。次、抱き付いたら瑞悠との仲、応援してあげない」 「えー、遊びで抱き付くんもダメなん。直桜さんケチやんなぁ」  抱き付いた直桜に腕を回して、護が頭を撫でた。 「ヤキモチ妬きな直桜、可愛いです。新年早々、お年玉をもらった気分です」  護が嬉しそうにしているのを見ると、やっぱり何も言えなくなる。 「良かったやん」  保輔が一言、呟いた。  素直に頷く気にもなれない。 「それより、血魔術、使ってごらんよ。できるだろ、護とキスしたんだし」  大変、不貞腐れた声が出た。 「ん、せやね。多分、俺の血魔術って、酒や」  保輔の手から煙が立ち上る。 「確かに、お酒の匂いがしますね」  鼻を近づけた護に倣い、直桜も匂いを嗅ぐ。  強めのアルコールの匂いがした。 「毒にも薬にもなる酒、神薬鬼毒酒(じんやくきどくしゅ)や。気化させて煙にもできる。煙は血を混ぜて練ったら刃に出来る」    手から立ち昇った煙を手でくるくると器用に巻き取る。  丸い輪の形になった刃に指を入れると、凄いスピードで回り出した。 「凄いね! 汎用性の高い武器だ。保輔らしいね」 「確かに、煙の刃は形を変えたりすれば手元でも投げても使えますし、酒は毒にも薬にもなるなら回復系にも特化して幅が広いですね」  保輔が手を握って絞るような動作をすると、酒がするりと流れ出た。 「本当はもっと、攻撃特化の能力がええと思ぅたけど。連の時も蜜の時も、人を治す力が欲しいと思ぅた。その思いの方が強かったのやな」  眉を下げて笑う保輔の頭を、護が撫でた。 「攻撃力も充分です。保輔君の想いは血魔術に現れていますね」  護が保輔の顔を抱き締める。  嬉しそうにした保輔が、慌てた。 「あかんやん。瑞悠との仲、応援してもらえんようなるから、離れるわ」 「もういいよ。護から抱き締めたんなら、文句言えないよ」  さすがの直桜も、そこまで我儘ではない。 「ごめんなさい、直桜。保輔君は私にとって弟のような存在なので、許してください」  護にまでそう言われてしまうと、納得せざるを得ない。  何より保輔を可愛がる護が本当に嬉しそうだ。その顔を見たら、ダメとは言えなくなる。 「諦めよ。その代わり、護にお年玉でも貰うといい」  直日神が楽しそうに含み笑いをしている。  保輔が自分の腹に手をあてた。 「神紋から直桜さんの神力が流れてくんの、わかる。次は鬼力の訓練したいねんけど、イチャイチャするなら帰るよ?」  そうはっきり言われてしまうと、帰れともいえない。 「そうですね。直桜の御機嫌が治るまでイチャイチャしてますので、保輔君は朱華と鬼力の訓練をしていてください」  護がはっきりと言い切った。  まだ寝ている朱華を保輔の頭に載せる。 「わかった。夕飯くらいにメッセージ入れるわ」  すっくと立ちあがると、保輔があっさりと自分の部屋に帰って行った。 「それじゃ、ご要望にお応えしてイチャイチャしましょうか? 直桜にお年玉をあげないとね」  耳元で吐息と共に囁かれて、じんわりと耳が熱くなる。   (十二月は忙しくて全然、一緒に寝てなかったけど。でも、年明けてから毎日一緒に寝てるし、取り返すくらいはシてると思うけど)  お年玉だから、と自分に言い訳をして、頷く。  護に抱き付いて、頬に口付けた。  唇を噛み付くように吸われて、倍以上のキスが返ってきた。 「直桜が可愛いので今日は沢山、虐めてしまいそうです。夕飯に保輔君を呼べるか、わからないですね」  直桜を掴む腕が強くて、既に縛られているような錯覚に陥る。  護が直桜を抱き上げる。  期待に胸を膨らませて、護の部屋のベッドに沈んだ。

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