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第65話 特殊訓練③ 『流離の毒』対策③

 初日は全員が霊元を閉じる練習を実際に行った。  直桜も智颯も難なくこなし、あっさり終了した。  外部からの攻撃に耐えるだけの閉じ方ができるようになるまで繰り返し練習し、自然に出来るようになるために何度も繰り返しているうちに、一日が終わった。  次の日もう一日、閉じる訓練を行う予定だったが、朝から参加した忍の確認に全員がクリアしたので、本日から霊元を開く訓練に移行した。  円の霊元の閉じ方について、忍の見解は『アリ』だった。 「円の意に従って、或いは意を組んで動いている以上、それは円の術式であり霊元の一部と考えてもいい。アリだろう」  円が見てわかるレベルで安堵していた。  早速、霊元を開く訓練が開始になった。 「霊元は開く方が難しいねん。閉じるんは、術者ならコツさえ掴めば本能レベルでできるようんなる。けど、開くんは気が流れ出すのわかっとるさけ、本能が拒否るんよ。せやから」  保輔が、自分で握った拳を反対の手で包み込んだ。 「強く閉じた霊元に、強化術で俺の鬼力の膜を被せる。その膜を破る感覚を掴んでもろて、それから自分の霊元を開いてもらう感じやね」  聞くからに難しい。難しいと、直桜でも思う。  霊元を鬼力の膜で包まれたら、神力が自在に使えない。膜を破るためには普段以上の神力を一気に吐き出す必要がある。 「霊元の開閉ができるようになれば、今まで以上に力の緩急をつけやすくなる。大きな力を瞬時に出したり、絞って身を守ったりな」  忍の説明に、直桜は呪いの雨の時の紗月を思い出した。  あの時の紗月は直霊を開いて四魂を揺らしていた。 「もしかして紗月って、昔から霊元の開閉もできたりしたの?」 「ああ、無意識のようだが、出会った時にはできていたな」  事も無げに忍が話す。  とんでもない術なのだが、普通のように聞こえる。 「だから、あんなに大きな竜巻の竜を一瞬で作れたんですね」  智颯が納得しながら呟いている。 「霊元を開きっぱなしにすれば、気が流れて枯渇する。開いたら閉じるは必須だ。死ぬ前に閉じろ」  忍の説明は大変物騒だが、いい加減に慣れてきた。   「今日は智颯君と円からやて。昨日みたいに、俺の前に背中向けて座ってや」  保輔に手招きされて、智颯があからさまに不安な顔になった。 「僕たちからなのか? 先輩のお手本とか、今日はないの?」 「てか、二人同時に初めて、閉じられなったら、どうしたら」  智颯も円も不安そうだ。  霊元は術者の魂に近い。気の根幹だから、怖がる気持ちはわかる。 「今日は俺がいるから、二人同時に閉じられなくなっても保輔と二人で助けてやれる。案ずるな」  忍に言われると安心感はあるが、怖いとは思う。  保輔が慣れた様子なのは既に経験しているからなんだろう。 「俺が出来たのやで。智颯君と円が出来んはずないやろ」  保輔の手が背中に触れて、二人同時に同じように肩を震わせた。 「保輔は、直霊術と、強化術が、使える稀有な、鬼、だからね」 「お前は自分が才能ある鬼だって自覚がないんだ!」  円と智颯に同じような罵りとも取れない言葉を投げられて、保輔が微妙な顔になった。 「それを言うなら二人も才能ある神様と眷族や。心配ないで」  保輔の手から蘇芳色の煙が上がる。  ぴたりと止まった煙が、するりと静かに二人の体の中に入り込んだ。 「んっ」 「ぁっ……」  円が息を止めて耐えるように顔を下げた。  智颯が入り込んできた気配を感じるように顎を上げる。 「これじゃ、鬼力が、使えない。ちょっと、苦しい、かも」  円が絞り出すように話す。  その肩に手を置いて、忍が隣に屈んだ。 「ゆっくり大きく息を吸え。円の場合、種の中の人狼の苦しさが流れてきているんだろう。感じ取って、こちら側に連れてこい」  苦しそうな顔で呼吸を整えながら、円が頷く。  その隣で、智颯が顎を上げたまま放心していた。 「智颯? 大丈夫? 意識ある?」  隣に屈んで、智颯に声を掛ける。  智颯から反応がない。目の焦点も合っていない感じだ。半端に開いた口から、ぽそりと言葉が漏れた。 「溶ける。膜が、溶けたら、開いちゃう」 「溶ける?」  直桜の問いかけとほぼ同時に、智颯から大量の神力が漏れ出した。  まるで洪水のような神力は、全く制御されていない。 「保輔、一旦、閉じよう。智颯、意識ないっぽい」 「わかった……」  保輔が智颯に腕を伸ばすより早く、護の腕が伸びた。  智颯の体を抱きかかえた護が、首元にカプリと噛み付いた。 「……え? え?」  思わず声を上げた直桜の隣で、保輔が呆気に取られている。  苦しんでいた円とサポートしていた忍も、同じ顔で護を見詰めている。 「ん、智颯君の神力は、美味しい……」  智颯の首元に食らいついた護は喉を鳴らして、まるで神力を吸い上げて飲み込んでいるように見えた。 「まさか、喰ってる?」  智颯から流れ出る神力が減っている。  その分が、護に呑み込まれているように見える。 「今、助けてあげますね。俺が神力を食べれば、きっと楽になるから」 「!」  虚ろな目の護が智颯の唇に噛み付いた。  重なった唇から、さっきより強く神力を吸い上げている。  あまりの光景に呆然としてしまった。 「護さんも正気やないっぽいで、離しや」  腕を伸ばした保輔を、智颯が制した。  強い旋風が円状に舞って、護と智颯から他の人間を遠ざけた。  すぐ隣にいた円が飛ばされたのを、忍が支える。  保輔の腕を引いて、直桜は後ろに下がった。 「護さんが食事中なんだ。邪魔するなよ」  智颯の目が鋭く周囲を見渡す。  すぐに護に戻って、自分から護に抱き付いた。 「いっぱい食べてください、護さん。僕の神力も、神様も、全部、食べて」  嬉しそうに自分から唇を重ねた。 「智颯君は食べてほしいんですね。じゃぁ、いただきます」  護も嬉しそうな顔をして智颯の体を抱き寄せると、唇から神力を貪った。  智颯が作った風の柱の中で、二人が睦み合いにも似た食事を始めた。 「これって、護の、神殺しの鬼の本能が目覚めたの? 神力を食べるとか、神様を食べるとか」  混乱する頭を何とか整理する。 「そうかもしれんね。智颯君の様子、阿久良王の血魔術で正気失ぅた連にちょっと似てる気がせぇへん?」  保輔と同じことを直桜も考えていた。  護がどのタイミングで血魔術を使ったのかはわからないが、智颯の様子は明らかに捕食されるのを受け入れて喜んでいた連に似ている。  円の顔が蒼褪めた。 「なんで、急に。そんなきっかけ、ありました?」  円が引き攣った顔で直桜を振り返る。  直桜にも、きっかけがわからない。 「今はきっかけを探すより、この状況を止めねばならん。化野から智颯を奪取し、智颯の霊元を閉じる」  忍が立ち上がった。  大変シンプルな説明で、頭が整理できた。  しかし依然、強い風の柱が侵入を遮り、護と智颯に近付けない。 「智颯君、喰われとんのに何で、こないに強い神力使えとんのや」   保輔の疑問は尤もだ。  風の柱の威力は全く衰えない。  忍が後ろを振り返った。 「藤埜と、開と閉も手伝え。化野を止めるぞ」  呆気に取られていた開が表情を改めた。 「止めるは良いけど、忍さん。これ、どうやって止めるの?」 「力技しかねぇだろ。護に霊道伸ばせ。俺が引き摺り出す」  清人が前に出て、風の柱に向かい手を伸ばす。  開と閉が護符を取り出した。 「ん、はぁ、美味しい。もう全部、飲み尽くしてしまいそうです」  智颯の口の中から、護が何かを吸い出して、口に含む。  それを自身の手の上に吐き出した。  掌に乗った|金色《こんじき》の|玉《ぎょく》をまじまじと見詰める。 「これも食べておきましょうか。そうしたら、智颯君も楽でしょ?」 「はい、護さんが食べてくれたら、僕も嬉しい」  二人のやり取りに、急激に不安が湧き上がった。 「ダメ! それ食べたら、ダメだ。あの玉はきっと気吹戸だ!」  直桜の言葉に、忍と清人が蒼い顔をした。  忍が風の柱に攻撃を仕掛けた。  忍の風の刃は智颯の風の柱に呑み込まれて消えた。  清人の真空の砲弾も、全く効果がない。  開が霊道を通すために張り付けた護符が粉々に引き千切られた。 「一体どうしたら、この風は止むのや。円!」  保輔が血魔術の煙の刃を何度も風の柱にぶつけているが、それもすべて飲み込まれている。  保輔に名前を呼ばれても、円は呆然と風の柱の中の二人を眺めていた。 「おい、円! 鬼力の矢を射ったれ。智颯君か護さん、浄化したら、どないかなるかも、わからんやろ!」  呆けて座り込む円の肩を保輔が強く揺らす。 「そっか、そうだね。今、二人とも、正気じゃない、から。あのキスは、食事、だから」 「あんなもんがキスなわけあるか。鬼が捕食しとんねや!」  保輔に掴まれて、円が立ち上がった。  円の気持ちは、直桜にも理解できる。    端から眺めたら、護が智颯を抱き締めてキスしているようにしか見えない。  しかも、護は智颯が感じそうなところに触れて、欲情を煽っている。  尻を撫でて穴を刺激しながら、前を押し付けて、口内を犯しながら捕食している。  時々、風の隙間から悦ぶ智颯の喘ぎ声が漏れてくる。智颯の蕩けた顔が護の愛撫を受け入れている。  あれを見て聞いて、平気なわけがない。  直桜も風の柱に向かい、手を伸ばした。 「そっか、浄化すれば何とかなるかもしれないよね。なら俺がやるのが一番、早い」  直桜の腕を、見知った手が止めた。

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