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第64話 特殊訓練③ 『流離の毒』対策②

 閉に促されて、皆が訓練に立ちあがった。 「誰からやる? 多分、護さんがええと思うけど」  保輔からご指名を受けて、護が顔を引き攣らせた。 「私、ですか? 何故?」  いつになく、言葉が短い。緊張しているのが伝わってくる。 「霊元を長く使てる人の方が、開閉しやすいんよ。年齢やのぅて、使い込んどるかって感じや」  言われてみれば納得できる。  仙人も長く直霊や霊元を使っているから使いやすくなって自在に操れるのだ。 「そういえば、保輔は? 保輔は誰に強化術してもらうの? 自分で? まさか陽人が来たりしないよね?」  直桜の疑問に、その場の緊張が高まった。  この訓練の途中で陽人が来たりしたら、地獄だ。 「俺はもう、開閉できるから。陽人さんが来るか来ないかは、わからんけど」  心なしか保輔の目がぐったりして見える。 「保輔、できるの? 凄いね!」 「だって、出来るようにならんと特訓、終わらんもん。何回も気ぃ失ぅて何回も叩き起こされたけどな」  どうやら二週間の強化術の特訓には自身の霊元強化も含まれていたらしい。  初めてマヤの書庫に行った日の朝に特訓が終わったと話していた気がするが。 「俺みたいな霊元使い始めの奴でも出来るようになるのやから、皆できるよ」  保輔の励ましを、誰も肯定できなかった。  明らかに講師が陽人だったプレッシャーと保輔の才だろうと思う。 「と、とにかく、頑張ってみます」  護が意気込んで前に出た。  保輔が護の後ろに回り、背中に手を添える。 「倒れるかもしれんから、膝ついて座ってや。俺が背中から霊元に強化術あてるさけ、受け止めてな」 「はいっ」  わからないながらに、護が気合を入れて返事する。  背中に手をあてたまま、保輔の動きが止まった。 「護さんの鬼力と俺の鬼力、混ぜてみてもええ? なんやその方が、巧くいく気ぃがするわ」  保輔が智颯に強化術を使った時も、神力と自分の霊力を混ぜて使っていた。  鬼力は神力を含むし、相性が良いかもしれない。 「わかりました、そうしてください」  うしろをちらりと窺って、護が頷く。  保輔が手を添えた背中から、琥珀の鬼力が立ち昇った。護の朱華と混ざり合った鬼力は蘇芳色になった。 (濃い赤、智颯に強化術を仕掛けた時や、俺や清人と神力を混ぜた時と同じ色だ。直霊術や強化術だからかな。それとも、他の人と気を混ぜると、保輔の場合、全部蘇芳色になるのかな)   混ざってユラユラと揺れていた気が保輔の手を覆ってぴたりと止まった。 「ほんじゃ、いくよ」  保輔の手が護の背を軽く押す。  手の動きの何十倍もの鬼力の圧が、護の中にぶち当たるのを、外側からも感じた。 「っ!」  踏ん張っていた護だが、上半身が前に倒れ込んで、両腕で体を支えた。 「ぁっ、はぁ、はぁ」  息を切らせる護の霊元から、鬼力が吹き出しているのがわかる。 (吹き出してるのが鬼力ってことは、神力と霊力と妖力を意識下で混ぜてるんじゃないんだ。護の中では霊元レベルで、混ざってるのか)  つまりそれだけ、護の鬼力が霊元に馴染んでいる状態だ。  ぼんやりそんなことを考えていた直桜だったが、吾に返って護に駆け寄った。 「護、閉じて、閉じて。開きっぱなしじゃ、鬼力が尽きる」  水が流れ出るように吹き出したままでは、いずれ枯れてしまう。 「閉じるって、どう、やって」  そもそもが、そういう訓練だ。  直桜は保輔を見上げた。 「えっと、俺は自分を内側に引っ込めるようなイメージを続けて、何とか閉じれるようなったけど。イメージが大事らしいよ」  イメージ、と言われて、直桜は思い出した。  直日神と神結びをした時、多すぎる神力が溢れ出して止まらなかった。あの時に止め方を教えてくれた梛木の助言も、イメージだった。 「護、水を池に溜めるようなイメージ。梛木が言ってたヤツ、覚えてる?」  護が顔を上げて、気が付いた目をした。 「あれで、いいんです、ね。それなら、できそうです」  護が下腹に力を入れて、息を止めた。  ゆっくりと吐き出して、吸うのを繰り返す。  吹き出した鬼力が徐々に戻り、流れ出す量が少なくなった。 「出来てる、出来てる。霊元、閉じてるよ。なんや、護さん、元々できるんやん」  大きく息を吐き出して、護が上体を起こした。 「直桜が直日神と神結びをした時に、私も似たような状態になりました。あれと同じなら、閉じるのは問題なさそうです」  疲れた顔をしてはいるが、護は確かに出来ている。  あの時と同じで良いなら、直桜も出来そうだ。 「じゃぁ、俺も閉じるのはできるかも。神結びの時、今の護と同じ状態になって、自力で戻してる。智颯も出来るよね?」  保輔がショック療法と言って強化術を使い、気吹戸主神が智颯に神力を戻した時、溢れ出た神力を戻している。 「そいえば、智颯君には既に強化術、使ったのやったわ。あの時と同じにすれば、智颯君もできるよ」  智颯が安心したよな怖いような複雑な表情をしている。 「あの時の保輔は、何の予告もなしに僕にこんな物騒な術を仕掛けたんだな」 「いやぁ、どうしても止まらんかったら俺が止めるんもできるから。そん前に直桜さんの助言で自力で止めたやん」  遠くで見ていた清人が、思い出したような顔をした。 「そういえば、そうだったな。じゃ、円以外は全員が閉じる方、クリアか」 「後半組、流石優秀だねぇ。初日でクリアは前半組にはいなかったよ」  開が明るく褒める隣で、閉が感心した顔をしている。 「ちょっと化物じみて感じるな。悪い意味じゃないぞ」  閉にそういう言い方をされると、少し傷付く。 「俺と護は経験があっただけだから……」  何となく、言い訳してしまった。 「じゃ、円、やる?」  保輔に気軽に促されて、円がビクリと肩を震わせた。 「失敗したら、死ぬんじゃ」  蒼い顔で呟いた円を、保輔が座らせた。 「どうしても止まらんかったら、俺が止めるさけ、心配ないよ」  膝立ちで座り込んだ円が、両腕を出して手を前に付いた。  その隣から、智颯が声を掛ける。 「円、イメージだ。鬼力を霊元に引き戻すようなイメージをするんだ」 「俺は梛木に、池に水をためてプールするイメージでって言われて、そんな感じのイメージしたら出来たよ」 「私は霊元に霊力を吸わせて留めるような感じです」  それぞれに助言をもらって、円が頷く。 「自分が一番、イメージしやすい方法がええよ。流れ出てくもんを体ん中に戻して留めて閉じるイメージや」  円の背中に手をあてて、保輔が自分の鬼力と円の鬼力を混ぜる。  蘇芳色に変わった気が保輔の手にぴたりと留まった。 「やったら、いくで」  背中に当てた手を、保輔が軽く押す。  蘇芳色の気が円の中に押し入った。強い圧が掛かって、円の体が前に傾く。 「ぅんっ!」  歯を食い縛って衝撃に耐えた円の体から、鬼力が吹き出した。 (円くんの霊元から吹き出すのも、鬼力だ。ちゃんと混ざってるんだ。この感じだと、気の色が変わった三人は皆、霊元から鬼力が出ているっぽいな)  円の背中がビクリと揺れて、三匹の人狼が躍り出た。 「おーん、わふ!」 「わふ、わふ、あん!」 「ぅおーん、きゃゎん!」  人狼たちが駆け回り、流れ出た円の鬼力を舐めながら吸い上げて回収していく。  終わると、円の背中に飛び込んだ。種に戻ったらしい。  円の体から、鬼力の流出が止まった。  その顔が、驚いている。 「止めようと、イメージしようと、思ったら、1と2と3が浮かんで、イメージがそのまま、現実になった」  円が驚愕の表情で保輔を見上げた。 「つまり、円の意志やないん?」 「どう、なんだろ、わかんない。人狼たちは、イメージ通りに、仕事して、くれた、けど」  保輔が清人に目を向ける。 「保留だ。忍さんに相談する。けど、良い気がするけどな。花笑の種は霊元に埋まってんだろ? その種ン中に人狼が収まってんだよな?」  清人に向かい、円が頷く。 「ねぇ、円くん、123て、まさか名前?」  挟み込んだ直桜の疑問に、円が頷いた。 「その名前は仮って言っただろ。もっとちゃんと考えないと、可哀想だ」  智颯が珍しく円を叱っている。 「じゃぁ、ひぃ、ふぅ、みぃ」 「それだと三匹目が瑞悠と被るから、ダメだ」  智颯の提言に、円が困った顔をしている。 「ワン、ツー、スリー、でどうですか?」 「いいですね。ワン、可愛い、です」  護の提案に円が表情を明るくする。 「せやったら、イチ、ニ、サンでも変わらん気ぃがするわ」 「イチ、ニィ、サン、だよ」  円が保輔の微妙な発音を訂正した。  それなりに、こだわりがあるような顔に見える。 「だったら、良いんじゃないかな、イチ、ニィ、サン」  直桜の同意を得て、円が嬉しそうに智颯を振り返る。   智颯が何も言えない顔をしていた。 「まさかの初日で全員、閉じる方クリアか。俺、二日かかったのにな」  ちょっとがっかりした表情をする清人の肩を、閉が叩いた。 「天才揃いだ、仕方ない。清人も充分、早い方だった」 「俺、閉じる方、五日かかったよ。開く方はもっと掛かってん。二日なら早いよ。この四人がどうかしとんのやわ」 「だから、やったことあっただけだってば……」  保輔たちの散々な言いように、直桜は悲しくなった。

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