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第63話 特殊訓練③ 『流離の毒』対策①
昨日は清人がくれた写真を眺めながら護と一緒に寝堕ちてしまった。
そのせいか、やけに体が軽くて神力の巡りが良い気がする。今頃になって八瀬童子の温泉効果が出てきたのだろうか。
(単純に護に腕枕してもらって眠ったからかもしれないけど)
何もせずに抱き合うだけで眠るなんて、本当に久しぶりだった。それはそれで、直桜的には幸せだったわけなのだが。
そのせいもあって、大事な話をしそびれた。
鬼の本能の覚醒について、護がどう考えているのかを聞けていない。
(訓練中は強行ってこともないだろうし、まだ焦らなくていいかな)
自分に言い訳をしながら、直桜は最後の訓練に臨んだ。
特殊訓練三コマ目は『惟神を殺す毒』改め『流離の毒』対策だ。
「久我山あやめが作り出した惟神を殺す毒は、流離が魂ごと取り込んだせいでターゲットが惟神だけじゃなくなった」
訓練では恒例になった最初の座学が始まった。
清人が説明を始めている。
今日の講師は清人と開と閉で、修吾はいなかった。
「流離の毒は術者の霊元に作用し、本人の霊力や神力そのものを毒に変える累進型の猛毒です。一度受ければ、自分で自分を殺す恐ろしい毒です」
「流離の毒、自体には、精神操作作用はない、ですが、致死率の高さと、何より、惟神の神を、封じの鎖のように、縛る。怖いのは、そこです」
毒の説明は、実際に解析にあたった智颯と円がしてくれた。
「惟神を殺す毒は、護の解毒術や俺の神力みてぇに、穢れを含む神力での浄化しか効果がなかった」
「でも流離の毒は、俺みたいな一般の呪禁師でも解毒可能だった。浄化というよりは、呪詛返しに近いかな。流離の毒もある意味では久我山あやめの呪術と呼べるね」
清人と開が説明をくれる。
二人は実際に流離の毒に掛かった直桜を解毒してくれているから、説得力がある。
「一番、厄介なのは、流離の毒は再現が出来ない。穢れた神力より遥かに独占的で複雑な術式でできている。流離にしか行使できないと考えて過言でないだろう」
閉の言葉を聞きながら、直桜は自分が受けた流離の毒を思い出していた。
あの時の流離の毒には既に翡翠の穢れた神力が混ぜ込まれていたから、どちらの攻撃を受けていたのか症状をはっきり分けるのは、体感としては難しい。
「流離の毒もやっぱり受けてしまったら、一番は解毒或いは浄化、呪詛返し。それもスピード勝負。時間が経過するほど、自分の霊元で猛毒になるからね」
開の説明に、全員が頷いた。
もしかしたら穢れた神力より流離の毒の方が、命に関わる分、スピードが大事かもしれない。
「で、今日は何をするか。毒に対抗できるだけの霊元強化だ。自分で霊元を守り毒が入り込むのを防ぐ。自身の意志で霊元を閉じたり開いたりできるように訓練する」
清人の断言に、全員が言葉を失った。
「清人、本気で言ってる? それって自分の意志で直霊や四魂を開けって言ってるのと同じだよ。仙人レベルの霊術だよ」
きっと誰も異を唱えたりできないだろうから、直桜が苦言を呈した。
霊元を自在に開閉する術なんて、心臓の拍動を意識下で操作しろと言われているのと同じだ。
「前半組も、何気にここで一番、手間取ってんだよ。あとで忍さんが助言に来てくれる。保輔の強化術で霊元を強制的に開く。あとは閉じる訓練だ。繰り返して、自分で開くとこまで持っていく」
清人の顔色が悪く見える。
そういえば、前半組の中で清人も同じ訓練をしているはずだ。
「清人は、出来るようになったの?」
暗い顔で、清人が小さく頷いた。
「一応な。けど、正直いって現実的じゃねぇよ。実戦応用できるほどじゃねぇ。毒の対策のために霊元を閉じるくらいは、できるだろうけどな」
清人が下げていた視線を上げた。
「前半で強化術しこんだの、誰だと思ってんだ。できねぇなんて、言えるワケねぇだろ。後半組はまだマシだと思えよ」
保輔以外で強化術が使えるのは、陽人しかいない。
一カ月前の前半組の訓練時は、保輔は栃木出張中で不在だった。
「これ、見せてええもんか、迷ったけど、一応、読む?」
保輔が気乗りしない様子で自分のスマホを直桜に手渡した。
『まさかできないなんて言うつもりじゃないだろうね。四の五の言わずにやってごらん、と伝えておくれ。どうせ直桜辺りは文句を言うだろうからね』
『保輔も、頑張ってくれたまえよ。皆の霊元強化はお前次第だ。二週間の特訓の成果を僕に示しておくれ。無駄な時間だったと思わせないでくれよ』
直桜の苦言を予測した挙句に、保輔へのプレッシャーが酷い。
そういえば、保輔は直桜たちの訓練のために二週間の強化術の特訓に入っていた。
「やるしかないね。そう思わせる怖さがヤバいね。俺たちが出来なかったら、保輔が酷い目に遭うの、丸わかりだね」
直桜は淡々と話して、スマホを護に手渡した。
護の手の中のスマホを覗き込んだ円と智颯が、蒼い顔をしている。
「酷い目とか、慣れとるからいいよ。陽人さんが怖いんは、いつもやん。訓練中とか、もっと怖かったもん」
保輔が小さな声で呟く。
震える肩が小刻み過ぎて、小動物のようになっている。
「が、がんばろ。時間あるし、何とか、なるよ、わかんないけど。ならなかったら、ごめん」
円の声が段々小さくなる。
「陽人兄様の特訓、羨ましいとか言って、ごめん。もう二度と言わない」
智颯が保輔の肩に手を置く。
保輔が小さく頷いた。
「元々、この訓練のメインは霊元強化だった。穢れた神力も、霊元の開閉で多少は難を逃れられる。できるようになれば、術の幅が広かるのは、確かだ」
「仙人レベルの術を一週間で体得しろっていうのは、横暴だと思うけどね」
清人の言葉に隠れるように開がさらりと皆の本音を代弁してくれた。
「何にせよ、やるしかない。腹を括って始めよう。できないにしても理由がわかれば、桜谷副長官も折れてくれるかもしれない。まずは実行だ」
閉の言葉はいつも現実的で優しいなと、直桜は思った。
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