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第67話 鬼神の懺悔
結局、護と智颯は気を失ったまま回復治療室に運び込まれた。
次の日になって目を覚ました二人に身体的異常はなく、智颯は「ぐっすり寝た」程度で、何も覚えていなかった。むしろ日頃より体調が良く神力の巡りも良いらしい。
護の方は顔を真っ赤にして直桜に平謝りの|体《てい》だった。
「本当に無意識無自覚だった? 普段からあんな風に智颯を誘いたいとか思っている訳じゃないんだよね」
鬼神の本能について、護がどの程度自覚しているかを聞くつもりだったのに、質問が本音の方にズレた。
「思っていません。私も、どうして自分があんな風になってしまったのか、よくわからなくて。ただ、何をしたかは覚えているので、これが鬼の本能というヤツなのかと思ったくらいで」
護が、頭を抱えている。
その姿を前にしたら、直桜も円も責めたりはできなかった。
しかし円は、護を要注意人物に認定したらしい。
回復治療室を出て訓練室に向かうまでの道中、円は大袈裟なくらいに智颯をガードして歩いていた。
少し前までの保輔にしていた威嚇を思い出す。
そんな円の態度に、護がかなりショックを受けていた。
「そんなに、あからさまな態度をとらなくても大丈夫だろ。さすかに失礼だぞ、円」
見かねた智颯が苦言を呈するレベルだ。
話を聞いて何があったか粗方理解している智颯だが、自分がどうなっていたのか詳細を知らない。
可愛い受けの姿を晒してしまった事実は、きっとわかっていないだろう。
「円くんの気持ちは痛いくらいに理解できます。私も直桜に同じ行為をされたら相手を殺しかねませんから」
まるで自分に言い聞かせるように護が項垂れた。
「化野さんを、警戒しているというか、化野さんの中の鬼の本能を、俺は警戒しています」
円の目が、いつもの何倍も鋭い。
半分くらい草モードになっているように見える。
「護さんの鬼の本能は惟神の身に危険が及ばなければ出ないんだろう? だったら僕が自分を管理できれば問題ない。円は今まで通り、護さんに接すればいい」
智颯の言葉は正論だ。
だが多分、円が気にしているのはそこじゃないし、直桜が案じているのも、そこじゃない。
「そういう問題じゃないんだよ、智颯」
「そうだけど、そうじゃない」
直桜と円が同じような顔で同じような台詞を吐いた。
「私が本能をコントロールできればいいんだと思いますが、初めての経験だったので、どうすればいいか、まだよくわかっていなくて。すみません」
しょぼくれる護から、円が智颯を抱き締めて距離を取った。
その姿を護が悲しそうな目で見つめる。
「何にせよ、護は鬼神の本能がどういうものか、知っていたんでしょ?」
直桜の質問にも、護はしょぼくれたまま頷いた。
「ええ、まぁ、何となくは。南月山で阿久良王に本能をこじ開けられそうになって、気が付きました。私が惟神を、神を殺しはしない。けれど、こんな風に傷付けてしまうとは思っていませんでした」
護が、また深く項垂れる。
むしろ傷付いているのは護のようでもある。
「僕は別に傷付いてないです。円には本当に申し訳ないと思うけど、護さんがそこまで気に病む必要はないです」
きっぱり言い切った智颯を、円が信じられない生き物を見る目で眺めた。
「良いわけないでしょ。智颯君、めちゃくちゃ可愛かったんだよ。化野さんに攻められて、めちゃめちゃ気持ち良さそうだったんだよ。俺、あんな風に智颯君を攻めてあげられないし、あんなに可愛い智颯君、晒しモノにしたくない」
円が智颯に縋り付いて泣いている。
智颯が円の背中を撫でてやっている。
「護さんがどんなだったか、よくわからないけど、僕はいつもの円で満足だし、円に攻めてもらうのが好きだよ」
小さな声で囁いた言葉は、隣に立つ直桜にも聞こえた。
円が顔を明るくしたのが分かった。
「私は今後の対策を考えます。本能が動いても自我を保ち理性を強めて襲わないように努めます」
どっぷり落ち込んでいる護にかける言葉が見つからない。
本来なら性交しながら喰うというなら、あの時点で護はかなり理性を持っていたようにも思う。
体を擦り合わせてキスしただけなのだから。
ただ、攻める言葉と表情と仕草に色気があり過ぎただけだ。
(いつも護が俺を攻めてる時と同じだったもんな。素の状態で智颯を攻めてた……、んだよね)
そう考えると直桜も複雑だ。
簡単に「もう許す」と言える気分ではない。
「護はあの時、意識はあったの? 鬼の本能が目覚めている自覚はあった?」
直桜の質問に、護が気まずそうに目を逸らした。
「フワフワした感じに、何となくは。今のようにしっかりした自分ではなかったですよ。あの時は解りませんでしたが、後から思い返して、鬼神の本能が出たなと思った感じで」
「本当は智颯を、抱きたかった?」
意識が少しでもあって本能が目覚めたのなら、性交の衝動にも気が付いたはずだ。
護が立ち止まって、俯いた。
顔を片手で覆って、項垂れる。
「智颯君を抱きたいとまでは、思わなかった。けど、もし相手が直桜だったら、確実に押し倒して抱いていました。誰の目の前だろうと、きっと我慢しなかった」
直桜は立ち止まって、護を見詰めた。
(それはつまり、智颯相手に性交の衝動はなかったって思っていい、のかな。相手の認識も識別も、ちゃんと出来ていたんだよね)
護に歩み寄り、顔を見上げる。
俯いた顔で直桜と目が合う。
後悔が滲んだ目には、ほんの少しの欲情が浮いて見えた。
「これからも、耐えられそう?」
「……耐えます。直桜以外を抱きたいわけじゃない」
護の腕が直桜を包む。
肩に埋もれた顔で、護が直桜の首元に唇を寄せた。
「けど、神力は首元や口から吸い上げるみたいだし、神様は玉の形で口から吸い上げるしかないようだから、その辺り、困りますね」
護が、また直桜の肩に顔を埋めた。
「そっか、なら、いいや」
直桜の言葉に、護が驚いて顔を上げた。
「え? 良いって、どういう……」
「護が少しは頑張ってくれたんだってわかったから、今回は許す。今後のことは、一緒に考えよう。本能だから自制するのは……、難しいだろうけど。鬼神の本能は、惟神には必要な力には違いないと思うから、やり方を考えよう」
鬼神の本能は惟神の神力を吸い神を食ってその身に留めて、惟神と神を守る。
必要になる時があるかもしれない力だ。
腕を回して、護の背中をポンポン叩く。
上がった護の顔が、歪んだ。
「直桜の優しさに甘えていいか、悩みますね。私だけの問題ではないですから」
智颯を、最早羽交い絞めにする勢いでガードする円に目を向ける。
「直桜様の話は、理解できないわけじゃ、ない、です。化野さんがどういう人かも、よく、知ってる。ただ、割り切れない、だけで」
あんな智颯の姿を大勢に見られた事実が、円としてはきっと一番痛いのだろう。
護の攻めに気持ち悦くなっていた智颯も気になるのだろうが。
智颯が円の顔を両手で掴んで引き寄せた。
「何があっても僕は円が一番好きだけど、それだけじゃ、ダメ?」
間近で小首を傾げられて、円が固まっている。
問い掛ける智颯の顔が、悩まし気に円に迫る。
懇願するような智颯の目に見詰められて、円の顔が無になった。
「……いい。もう、いい。全部いい。今の智颯君のスチル張りに可愛い顔で全部良くなった。良いってことにするからもう一回同じ顔して写真撮らせて家宝にする」
怒涛のように早口で捲し立てた円が智颯を抱き締めた。
「円には僕が言い聞かせるので、護さんは直桜様の言葉に甘えてください。本能を否定するのは、鬼神の護さんを否定するようで、僕はしたくない」
被害に遭った智颯が一番、真面な言葉をくれた。
自分の状態を知らないせいなのか、護を気遣ってくれているのか。
それよりも直桜が気になったのは。
(今の可愛い仕草と表情、狙ってしたのかな。それとも天然なのかな)
わざとだったら、あざとすぎる。
智颯なら、気が付いていない可能性が高いが。
それにしてはタイミングよく使い過ぎだと思った。
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