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第17話

ーーーーーーーーーーーーーーーー八月上旬ーーーーーーーーーーーーーーーーー  金井菜穂は、とあるアパートへ向かいながら考える。  先日の日曜日に、久しぶりに近藤に会った。  相変わらず一方的に呼びつける感じだったが、菜穂はそれすら嬉しくていつものグランドホテルへと行ってしまう。  部屋のチャイムを鳴らすと近藤は無表情でドアを開け 「早く入れ」  とぶっきらぼうに言って来た。既に入浴済みで、ホテルの部屋着を纏っている。 それはいつものことだった。部屋へ入ったらすぐにベッドへ押し倒され、機嫌がいい時は一緒に泊めてくれるが、そうではない時は終わるとすぐに帰されたりする。  しかしその日は違っていた。  部屋へ入ると、その場でいきなり後ろ向きに壁に押さえつけられ、スカートを捲り下着を下ろされ、まだ身体が何の準備もできていないままに挿入されたのだ。 「痛いっ…です…これはやめて…」  近藤とて入りきらなくてグイグイ押し込めるような感じなので、菜穂には痛いばかりである。 「いたいっ!いやっ」  身を捩ったところで、男の力で押さえつけられていたら身動きもできない 「お前…俺の事愛してるとか言ってたけど…男いるじゃないか…ん?っ…処女ぶりやがって、とんだ淫乱女だな…」  屈辱的にも『その場所』に唾などを吐かれて少しだけ潤んだ拍子に何度か小さく出し入れされた後奥まで挿入され、菜穂は声を上げた。 「ちが…う…それは…」 「違わないだろ…男いるのはわかってるんだよ……お前なんかいらねえよ…もう俺に付きまとうな、気持ち悪い。他の男にいいようにされてる体なんかこんな扱いで十分だ…」  近藤1人しか知らないから色々下手なのだと思ってしまった自分が迂闊だった。  街でただぶつかっただけの人と体を合わせただけだ。ただその人が優しかっただけだ。心は近藤にあると伝えたい… 「あなたを…愛してます…本当です」  その言葉に近藤は激昂した 「気持ち悪いって言っただろ!そんな言葉が聞きたいわけじゃないんだよ。俺たちはこれきりだ。2度と俺の前に現れるな。会社でも仕事以外話しかけてくるな、いいな!わかったな!」  言いながら激しく腰を振り、潤いの足りないそこが逆に摩擦になって近藤の方は十分に硬度を増している。 「これが最後だ、いいな」  耳元でそう優しく言ってやり、そのまま中に射精した。 『影山さんは…優しくていい人だ。外見が近藤さんに似ているところがほんの少しあって、立ち姿などは結構似てる。だからと言って、近藤さんを忘れる要因にはならないよね…。今日ははっきりとお断りしてこよう』  街で影山が菜穂にぶつかってしまったことからできたご縁。  見た感じが今現在大好きな近藤に似ているところがあり、少しドキドキはした。  転んだ拍子に擦りむいた膝にーいつもはこんなん持たないんだけどーと言って差し出して来たハンカチを返すにかこつけて2度目に会って、そこからお礼と称して食事でも、と3度目に会いそこで体の関係を持った。  近藤1人しか知らない自分が、他の人を知れば近藤を諦められるのかと思ったのだ。でもダメだった。  近藤との交渉は、優しかったのは最初だけで、後は近藤がしたい時に誘われているのは気づいていた。でも、菜穂は近藤のことを愛してしまっていた。  どんだけぞんざいなセックスをされても嫌いにはなれなくていることも悩んでいた。  母が亡くなってから1人で育ててくれた父の為にも、自分は幸せな結婚をしたいとずっと思っていたが、近藤とはそんな未来は見えては来ない。それなのに気持ちが近藤にしかいかないのだ。  自分なのに自分の感情がコントロールできない事に初めて遭遇して戸惑うことばかりである。  そんなに綺麗ではないアパートの一階右端。  そこが影山の部屋だった。  小さなキッチンと、6畳一間。影山の見た目は少し雑な感じだが、部屋はいつも片付いていて洗濯物などもまめに干してあり清潔感がある。  ノックをすると、出て来た影山は、少し驚いたように菜穂を見下ろした。 「もう来たらダメって言いましたよ…」  近藤が『勝手に彼氏だと思ってる』と言っていた菜穂のことは、確かに少し鬱陶しい子だとは思ってしまった。  しかしそんなふうに扱われている菜穂が少々可哀想で、何度か身体を合わせてきたが、前回会った時にもうやめると言ったはずだった。 「はい、だから今日はきちんとお別れを言いに来ました」  え…と影山は戸惑ってしまった。それだけを言いに?という感じだ。 「先日彼にあなたのことを知られてしまい、とても怒られました。なので、きちんと貴方とお別れして、彼に謝ろうと思って…」  そう言いながらも菜穂の顔は浮かない感じだ。『あの人は貴女を愛してないでしょう』どうしてもそれを教えてあげたくなってしまう。でも自分には関係のない事だ。  この子がどうなろうと、自分の人生に影響はないのだから。 「入る?」  ドアを広く開けて促してみるが、 「いえ、もうお部屋には入りません。色々ありがとうございました」  ぺこりと頭を下げて、菜穂はーそれではーと帰って行く。  純真無垢っていうの、ああいう子の事なのかな…とその小さな背中を見ながら影山は思っていた。  あんなクズな男と関わらなければ、じゅうぶん幸せな未来があっただろうに。こっぴどく振ると言っていたのを聞いていただけに、どんなことをされたのか、それをされてなお『怒られてしまった』としか思っていない菜穂にも責任はある。  どうなったって知るもんか。  影山はそう思い至り、もう一度角を曲がる寸前の菜穂の後ろ姿を確認してからドアを閉めた。  あの乱暴に扱われた日から、菜穂は会社で近藤に仕事以外では無視をされ、連絡をしても一切応答がない状態が続いていた。  それをなんとかしようとして、影山にもう会わないと言いに行ったのだが、それを伝えても近藤の態度は変わらなかった。  流石に会社では何も言えないので、帰りを待って会社からじゅうぶん離れた場所で声をかけても見たが、いないもののように扱われ話すらできない。  そんな中、菜穂は体に異変を感じ始めていた。  その異変が判明したある日、どうしても話があるとラインに一枚の画像を添付し、住所を書いてそこに来て欲しいと告げる。  来るかどうかはわからない。でもそれしかもう方法はなかった。  送った住所は自宅。  その日は父親は遅番で帰ってくるのが11時は過ぎるはずだ。会社が終わってから近藤が来ても自分1人で対応ができる。  菜穂は近藤が来るのを居間でじっと待った。

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