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第16話

 行きつけのバーに足を踏み入れると、真っ青な頭の男がカウンターから顔を出してきた。 「すみません、営業は…おお、時さんか。まあいっか」 「悪いな将ちゃん。こんな時間に身体が空いちまったもんでさ。俺のボトルってまだあったっけ」  将ちゃんはーいいよ〜ーといってボトルを確認して、 「あるにはあるんだけど、こんなよ」  『時』と書かれたネームタグのジャックダニエルの残り少ないボトルを掲げてから、取り敢えず水割りでいいかと作り始めた。 「ああ、じゃあ一本入れといて」 「ありがとうございまっす〜」  とか言いながら水割りを出してきて、新しいジャックダニエルを開封する。 「忙しそうだね」  目の下を横に引いて、クマがあるよと言うジェスチャーをした。 「え、そんな疲れた顔してる?俺。まいったな、歳かな」  お通しのこんにゃくと厚揚げと牛肉を炊いたものを小鉢で出してくれて、 「一回刺されると、体力落ちるってお客さん言ってたよ。そのせいもあるんじゃん?」  そう言って将ちゃんは、時臣が数年前に刺された腹の辺りの自分の腹をポンポンと叩いた。  だいぶ前なんだけどなぁ、と厚揚げを口に放り込んで考える。予後も悪かったし、そのせいかな…と思わなくもない。  将ちゃんはそのまま開店準備を進め、時臣は1人水割りを飲みながら考え事を始めた。  近藤の口座から『しおづか』に渡った金が、影山が返済した金なのだとしたら、どう言うことでこうなっているんだ。  近藤と影山の間には何がある。  そして、どう関係があるかはわからないが、2人に浮上した女の影。 「グランドホテルか…」  明細にあったのは、6月に4回ほど。大体週1という感じだ。  ホテルは、聞き込みに行っても警察ですら手を焼く感じなので、探偵が行ったところで相手にはされないのはわかっている。  せめて一緒にいた相手を知りたいのだが…あそこは老舗でフロントはかなり堅い。だからレストランや裏方の人員、もしくは周辺の店にあたるしかなさそうだ。 「またローラーかよ…」  つい口に出てしまい、将ちゃんが 「なんか言いました?」  とまた青い髪をひょっこり。 「いやいや、独り言」 「独り言言う年齢になったんすねえ、時さんも」  グラスを磨きながらニヤニヤとする。 「やなこと言うなよ将ちゃん。ところでこのお通しはまた将ちゃん作?」  牛肉の旨みをこんにゃくや厚揚げが吸っていて、しかもしっかり染み込んでいる。 「そっすよ。朝から作って染み込ませてたんで、だいぶ味入ってるっしょ」  バーとはいえ、この手作りのお通しなんかが出てくるこの店は、意外と人気があった。 「うまいなあこういうの。俺かーちゃんだいぶ前に亡くしたから嬉しいわ」 「お袋の味になるんすかね」 「じゅうぶんじゃね?」 「やっぱ時さん、歳ですね」  そこに落とすなよ、と笑って、新しい水割りを頼んだ。  そんな折、飛田から連絡が入った。  時臣はちょっとでる、と入り口を抜けドアの脇で電話を受ける。 「どうだった?」 『ああ、いいってよ。なんかな、よく覚えてるんだと。少しおかしな感じだったからって言っててな』 「おかしな感じ?面白そうじゃねえか。で、話はいつ聞けるかな」 『昼間は仕事なんで、今からでもいいってよ』  真面目か…やくざのわりに。しかし、今日は人に会う運勢でもあんのかな、と苦笑して 「それは有難いな、じゃあどうしようか、今からなら酒入れるかな」 『俺も行くわ。お前ら初対面同士だし俺が間に立ってやる』  飲みたいだけが透けて見える。しかもこっち持ちだとわかっている分たちも悪い。 「今ゴールデン街にいるんだけどな、くるか?あーでもここは狭い店多いな…話聞く感じでもないし…普通のチェーン店の居酒屋の方が返って話聞かれにくいかもな」 『いや、今からならどうせ飯込みだし、うまいところがいいな。花園神社の前に〝艶子〟って言う小料理屋あるんだよ、そこにしよう。小上がりあるし、閉鎖もできる』  まあ。どこでもいいよ、とは思う。話聞いてねえからな。聞かれにくいとこって言ってるのに… 「ああ、じゃあそこでいいわ。俺もういっぱいひっかけたら向かうよ」 『わかった。じゃあ俺は平野たち…あ、影山担当だったやつな。平野連れていくから』 「うい〜」  時臣は店に戻り、新しく作ってもらっていた水割りを煮物と一緒にゆっくり堪能してから、店を辞した。 「え!影山死んだんすか!?」  初対面の挨拶を終えてビールで乾杯した後、簡潔に一通りの話をした時の平野の第一声だった。  小上がりで障子が閉まると言っても周りの声がこれだけ聞こえるならこっちの声だってダダ漏れだ。 「しっ」  と唇に人差し指を添えて、時臣は軽く睨む。 「すんません」  平野は伸ばした体を縮めて、恐縮した。  一応社員の彼らにとって時臣は、『社長』であり『親父』である汐塚の弟分の飛田の知り合いということで、だいぶへりくだってくれている。 「お待たせしました〜〜〜」  女将の艶子さんが、おまかせと言って頼んだ品々5点を大皿で持ってきてくれた。  どれもみんなおふくろの味系だ。 ー今日はこう言うのに縁がある日なんだなーとしみじみ思い、時臣は自分の取り皿に煮魚の切り身を乗せた。 「で、平野さん…と田中さん、に聞きたいことっていうのは、影山と近藤について2人が知ってることなんだけど」  平野は適当に伸びた髪をヘアバンドで止めた髪の頭頂部をカリカリと掻いてーそれなんすけどねーと話し始める。 「影山はちまちまと借りている割に返済が滞って、結果200万にまで膨れてたんすよ。俺らもそれは限界で、大井までついていって今日勝てなかったら腎臓と肺を売ろうとか考えていったんす。で、結果負けたんでね連れてこうとしてたら、そこに出てきたのが近藤でしてね…」 「つけられてたってことか」 「そうみたいっす」 「それで?」 「なんだか、影山に頼みたいことがあるから自分に譲ってくれとか言い出しましてね、んで借金は俺が払うからって、その近藤って人が」  繋がったか…。時臣は頭の霧が半分晴れた感覚だった。 「頼みたいことの内容って聞いたのか?」  飛田も内容の面白さについ口が出てしまう。 「いえ、それは俺らに言わなかったっすね。でも1週間程度で済むとか言ってました。まあ影山次第とも言ってましたけど」  ん〜そこがわからないんだよなぁ…そこがわかればスッキリすんだが…とはいえそこがスッキリしたら事件解決なんだけどな、とセルフツッコミも忘れない。  そこで平野が飲み干したビールをもういっぱい注文してやる。 「で、金はちゃんと振り込まれてきたんだな」 「ええ、でも260万でした。10万は待たせ代だと言って、くれたんすよ」  260万もビンゴだ。これで近藤と影山の線は繋がったな。じゃあ近藤はその後どこに行ったんだ…。そもそも影山にした頼み事っていうのは…。  取り敢えずは近藤の、推測でしかない女の線を追うしかないが…途方もないなぁ…などと1人で考えを巡らせてビールを空ける。 「でもあれですよね」  今まで黙っていた田中が話しだす。 「あんなに影山を狙い撃ちみたいにやってきた近藤さんって人、秘密握られて影山殺ったってことはないすかね」  確かにその推測も成り立ちはする…が 「近藤は、中小企業だがそこそこの会社の令嬢と結婚する事になってた。殺人のリスクを負うとは思えないんだよ…まあその線もありっちゃありなんだけどな」  いい発想だなと、時臣は田中を褒める。  殺すために行方をくらませて、ほとぼりが冷めるまでどこかに潜伏しているというのも考えられないことではない。 「ところでもう一つ聞きたいんだけどな」 「はい」 「その2人は似ていると思ったか?」  平野と田中はそう聞かれて顔を見合わせ、 「あ〜、顔立ちは…近藤ってやつは黒髪のセンターパーツの短髪で影山は金髪の伸びたやつだったからどことなく…って感じでしたけど、車に乗ってから2人で立ってるところみたら、立ってる2人は容姿というより立ち姿が似てるなとは思いました」  やっぱりどこか似ている要素はあるんだな…とここでも納得する。 「しかし結構めんどくせえ案件だな」  飛田もいささか呆れてそう言ってくる。 「そうなんだよなぁ…。どこかで誰かが絶対になんかやってる筈なんだよ…当たり前なんだけど。それが全く見えてこねえ」  時臣もいささか苛立ちを覚えて来てはいた。

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