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第15話

 指定された喫茶店は、新宿の裏道に入ったこじんまりしたお店だった。  そこには個室というわけではないけれど、きっちり区切られた席が2、3ありそこならばあまり周囲を気にせず話ができそうだ。  時臣は先にそこへ通され、待ち合わせの人が来たらカフェオレを持ってきてくれるように頼んでおいた。 「遅くなりました」  店員に案内されて、芹奈が前の席に着く。 「いえいえ、こちらが少々早めに来ただけですから。注文も勝手ではありますが、カフェオレを頼んでおきましたので」 「あら、私の好みまでご存知でしたか?」  歳は調べによると29歳。二度目だが最初の印象よりはおとなしめに見える。中々の美人で雰囲気もいい女っぷりだ。 「え、そうだったんですか?いや偶然ですよ」  本当に偶然だったので、まあ掴みはOKと内心で拳を握り飲み物が来るまでは他愛もない話をした。 「お待たせいたしました」  カフェオレが届き、これで話ができると芹奈も踏んだのかバッグの中から綺麗に縁がカットされた封筒を取り出し前に置く。 「これは?」  見るからに、某都市銀行の封筒で前には『親展』の文字。 「近藤智史(あの人)の部屋には、郵便物も貯まるので週に3回ほど通っているんですが、8月に行った時にこれがポストに入っていて…」  芹奈は言い淀み、時臣は中を見てもいいかと確認をして封筒を手に取った。 「お金関係にはきっちりした人ですので、こう言った督促状のようなものがきたことはなく、私もびっくりしてしまい中を確認しましたところ、明細に…」  近藤はこの口座を支払い専用にしていたらしく、請求に合わせてどこかから入金をしていたのだろう。でもなければ未払いはありえない。  開けてみて明細を確認して、時臣はーなるほどーと少々口を歪める。 「グランドホテルの請求が来ていますね。しかも…結構回数が多い…」 「はい…私は一緒には…」  このカードの請求は先々月分が請求されることとなっており、8月に来たということは、6月の請求ということだ。 「女性関係をお疑い…ということですか…」  また女か。時臣は妙な符号に注意を払う。 「そんな感じも素振りもみえなかったのですけど…こういう形で出てくると…」 「まあ、疑わざるを得ない…ですよね…」  近藤にも女の影か… 「それと、その明細に記してある、次回請求の明細書に明記されている7月半ばの260万円の引き出し…シオツカファイナンスというところですけれど、これは…俗にいう闇金というところなのでしょうか…だとしたらなぜあの人がそんな所に…」  時臣の頭の中で何かが思い当たる。  少し前。飛田との話で…影山が250万もの大金を一括で返済したと聞いた気がする…260万と金額は違うが…その時飛田が持ってきたのは確か近藤と影山の2ショットだ。頭でピースが動き出した。 「ええ、しおづかファイナンスはまあ…所謂やくざ(そっち)関係の金融業ですね…」  芹奈はため息をついて肩を落とす。ーなぜそんなところと…ーと不安そうな顔をみせて、落ち着くためかカフェオレを口にする。  確か飛田が、兄貴分の汐塚がやっている所だと言っていたはずだから間違いはないはずだ。 「この男に見覚えはありますか?」  時臣は続けて影山の写真を芹奈に見せた。芹奈はじっと写真を見て 「少し…近藤に顔だちが近いですよね…でも知らない方です。この方は?」 「多分ローカルニュースになったと思いますが、国上市で先月中旬頃に見つかった遺体のご本人です」  影山が近藤の社員証を持っていたというのは黙っておくことにする。 「あ、知ってます。あの事件の…でもこの方が近藤となにか?」 「今おっしゃられたように、顔だちが少々似ているので、最初近藤さんと間違われていたんですよ。誤解は解けましたけれど。なので何かご存知だったらと思いましてお聞きしただけです。少しでも見つける手掛かりになればと思いまして」  そう苦笑して、時臣もカフェオレを一口口にした。 「色々大変なんですね…智史も本当何をしているのか。部屋にも戻らない、銀行関係の支払いも滞っているということは、遠くにいるのか…それとも…」  芹奈は事件で亡くなったという影山の写真をじっとみて、悲しい顔をする。 「まだそうと決まった訳でも無いですから。こういう言い方は大変失礼かと思いますが…女性のところにいて、あなたに顔向けできなくなっている…可能性もない訳ではないですし…そう言うところからも我々が攻めてみますので、お任せください。この銀行の明細はいい情報でした。ありがとうございます。できるだけ早くお知らせができるようにいたしますので、もう少々お待ちください」 「よろしくお願いいたします」  頭を下げる芹奈に、こちらも不甲斐なさを頭を下げることでしか表せずに申し訳ないと言って、銀行の明細書をスマホで取らせてもらい、その日は芹奈と別れた。  時臣は喫茶店を出た足ですぐに飛田に連絡を入れる。 「俺だけど今大丈夫か?」 『おう、大丈夫だ。なんだ?』  時臣は立ち止まって壁際によりタバコを咥えたが、通りがかった年配のご婦人2人にじっと見つめられて、咥えるにとどめた。  もう少しでパズルがカチッとはまりそうなもどかしさがある。骨を鳴らさないと痛い関節のような、数ミリずれたらはまりそうな感覚がもどかしい。 「お前がこの間言ってた『しおづかファイナンス』顔つないでくれないかな。ちょっと聞きたいことができた。できたら影山を担当って言うのがあったらそいつと話したい」 『ああ、いいぜ。従業員の方な、わかった。いつが良いんだ?』 「できるだけ早くがいいんだが。俺の精神衛生の為にも」 「なんだそりゃ、わかった連絡とってみるわ。お前の頭がイっちまうのも困るからな』  そう笑い声が返ってきて、笑い事じゃないんだよ、などと思いながらーんじゃーと電話を切る。  咥えていたタバコをとりあえず箱に戻し、5時ちょっと過ぎの新宿の大通りへ出た。  こんな時は酒だ。思考をまとめるべくゴールデン街に足を向け、唯希に今日は待たなくていいから時間(定時)で帰れと連絡を入れた。

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