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第14話
驚きすぎて声も出せない影山に
「え、まさか童貞…」
「違うけど、でもそれは…」
流石に躊躇した。当たり前だが婦女暴行などはした事がない。
「襲うって言っても暴行じゃなくたっていいんだぞ?持っていけるなら合意の上でも全然いいし。とにかく俺以外の男を知って貰いたいんだよ、その子に」
言い方は綺麗だが、実際は他の男と寝たというのを根拠にこっぴどく振ろうという計算だと言った。
そうすれば会社も辞めてくだろうし、近藤にとって悪いことは何もない。
それを聞いて影山は少し戸惑ったが、迷っている時ではないのも自覚している。
「まあ…ヤるだけでいいなら…」
できれば合意に持っては行きたいが、無理なら…と色々考えてる最中に、唐揚げとポテトが届く。
「うなぎはもう少しお時間いただきますね、じっくりと焼かせていただいてます〜」
ベテランの店員さんが、お皿を置いて個室の扉を閉める時にそう言って去っていった。
「俺も腹減ったから一個食べてもいい?」
「ああ、どうぞ。近藤さんの支払いなんだから遠慮なく」
唐揚げを小皿に取ってた近藤は
「細かいことは影山くんに任せるよ。合意でもそうじゃなくても俺は構わないし」
唐揚げを齧って、咀嚼する近藤は口元に手を当てて
「美味いよこれ、影山くんも冷めないうちに食べなよ」
などと上機嫌だ。
影山が了承してくれたのがよほど嬉しかったのだろう。
「なんで俺なんだ?」
今更ではあったが、もっともな質問を影山は聞いてきた。
女の子1人をコマすなら別段人を選ばなくたっていいはずだ。しかも借金を肩代わりしてまで…。
「さっきも言ったけど、少し俺と似ているところがある人が良かったんだよ。そうすればその子もワンチャン俺から離れてくれるかな〜なんてことも思いながらさ。なんせそいつ、俺にぞっこんだからさあ」
そんな簡単に人の心が動くかな…と影山は思う。
近藤は続けて、
「俺の彼女はさ、中小企業ではあるけどそこそこな会社の娘なんだよね。その子と結婚したら、俺はそこの社長だし。自分の未来を考えたら不穏分子は消しておかないとって思ってさ。250万くらい安いもんだろ?」
悪びれず唐揚げを食べ続ける近藤に、胸糞悪いものを感じながらも影山も唐揚げを食べ、どうせならその女の子には優しくしてやりたいな…と考えた。
他に男がいたくせに、という制裁めいたことをどう行うのかまでは自分は関係ないが、ここまでくるとその子が可哀想にもなってくる。
「女性は勘が鋭いからさ。うちの彼女にバレないうちに終わらせたいんだよね」
ポテトも一本摘んでケチャップにつける。
それはそうだろうな。
確かに唐揚げは美味かった。
この仕事が終わった後には、唐揚げを食べるたびにその女の子のことを思い出しちまうのかな…とちょっと嫌な気分になりながら咀嚼して、美味い唐揚げは一生食わないようにしないとだ。などとくだらないことも考えていた。
自室で影山は思う。
こんな自分でも女の1人や2人はいたことはあった。しかし飲み屋で知り合って意気投合してそのまま一緒にいたとかそんなのばかりで、どうやって近づくとか全くわからない。
「こんな清楚っぽい子、俺見たら逃げるよなぁ」
スマホに取り込んできた画像を見ながらため息をつく。
しかしこれを完遂したら借金はなくなる。それは願ってもないことだ。
今日初めて会った近藤という人は、いつかは彼女の家の社長になると言っていた。だから自分の一生を守るためなら250万くらいは安いらしい。
世の中を不公平だとは思わない。それなりの生き方しかしてこなかった自分には、たとえ個人経営の店の娘だとて間違っても言い寄ってきたりはしないだろうから。
しかし言い分はわからなくもないが、些 かこの清楚な彼女…名前は「金井菜穂」ちゃんというそうだが可哀想になる。
どう見たって処女に手を出す方が悪いよなとも思うが、今は近藤に意見を言える立場ではない。言われたことをやるのみだ。
多少の罪悪感はあるが、一つ助かったのは処女じゃないということだった。
「さあて、どうしようか」
まずは身形 を整えることにして、これも支度金として近藤がくれた10万で行うこととした。
1週間後の日曜日の午後。
今日は彼女が友達と会うと言って出かけているので1日フリーの近藤は、送られてきた画像を見て唇を歪めた笑みを浮かべた。
「約5日か。割と早かったな。そして少し垢抜けてる」
それも込みで面白くて、声を上げて笑い出す。
届いた画像は、横向きに眠っている金井菜穂に腕枕をした画像だった。もちろん双方裸で、ご丁寧に菜穂の腕の付け根の後ろにつけたキスマークまで写している。
「この様子だと、なんとか折り合いをつけてやったみたいだな。まあ強姦でも良いとは言ったけど俺も好まないし、それだと俺にも多少の火の粉が降りかからないとも限らなかったからな。うまくやったな影山久生」
もう笑いが止まらなくて、ソファに寝転んでしばし笑い転げる。あとは仕上げだけだ。自分に未練が残らないようにこっぴどく突っぱねよう。
それが自分の安定した未来のためだし、こんな男にかまけてないで他の男と幸せになってほしいという気持ちも多少はあった。
まあ取り敢えずは四分の三は計画が済んでスッキリしたところで、スマホで銀行の口座を開き、聞いておいた影山の借金先へ260万円を振り込んだ。
振り込んだ後に削除依頼の最後のメールと、10万円は待ってもらったお礼だと書いて、このアドレスは削除した。
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影山が発見されてから3週間が経った。
9月も半ばに差し掛かり、どうにも進展しない近藤の調査に時臣も嫌気がさしてきていた頃、国上警察署の酒井が影山の情報を電話してきた。
「女?影山に?」
当たり前だが、警察は影山の捜査を進めていて、影山を殺した犯人を追うために聞き込みに余念がない。
その線で上がってきたのが、7月中頃〜下旬にかけて何度か影山の部屋に来ていた若い女性の話だった。
今はもう、というか2、3回見かけただけでそれ以来は見ていないと近所の主婦の証言だったらしい。
ボサボサの金髪で、仕事もしていなそうな影山は近所で怪しまれていて、監視というわけでもないのだろうが、ご近所さんは警戒も込めて注視していたようだ。
部屋の世話ということで、姉の由梨子も時々行っていたと聞いていたので一応由梨子の写真も見せたら、この人は弟が近所に迷惑をかけて申し訳ないといつも手土産をアパートの周りの住宅に配っているからこの人はお姉さんだと知っている。もっと若い子だったという。
「姉さんも苦労が絶えないなぁ…。しかし女か…まあいたって変じゃないしな…その情報が近藤に関係あるとも…思えないが…」
そうは思うが、何かの勘なのか一応データとしてもういらないはずの影山のデータへと入れ込んでおいた。
「女…ねえ」
時臣は、近藤のデータの中から恋人の蜂谷芹奈の顔写真を表示した。
外見はロングの髪の裾を巻き明るい髪の色をした遊んでそうな感じに見えるが、話してみると意外と優しい話し方で、しっかりと大人な受け答えをして見た目とは少し違った印象だった。
中小企業…都内で10数店舗のガソリンスタンドと、数店のカフェを経営している家の娘で、裕福な育ちゆえ遊んでいる印象にみえたのだろう。本人はいたって普通の女性だった。確かに派手ではあるけれど。
「もう一回こっち当たってみるかな…女の勘って言うのに掛けたってそろそろいいかもしれん…」
時臣はスマホを取り出し、蜂谷芹奈へ連絡をとってみた。
『はい』
番号は教えてあったはずだったが、わかってもらえるかどうかわからないので丁寧に対処をしなければならない。
「あ、蜂谷芹奈さんの携帯でよろしいですか。わたくし、篠田探偵事務所の篠田ですが、先日はお話を聞かせていただきありがとうございました」
『あ、はい。こちらこそお世話になっております。何かわかったんでしょうか』
「あ〜いえ、今の所お知らせできるようなお話がなくて申し訳ないほどで。恐縮です」
『そうですか…一体どこで何をしているのか…』
芹奈の声もだいぶ疲れているように聞こえて、それがより申し訳なさを掻き立てる。
「それでですね、もう一度お話をお聞きしたく思うのですが、お時間をいただけますか。2、30分程度でいいのですが」
芹奈は少し考えて、
『大丈夫です。私も少しお話ししたい事がありまして…電話しようか悩んでいたので、そのお話もさせていただこうと思います。今日でも大丈夫ですけれど…』
時計を見ると午後2時34分。しかも向こうから何か話があるという。いい話だと願う。
「それは助かります。では、場所と時間を言っていただければそこへ赴きますが」
『それでは…』
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