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第13話

 前の3人は出口を出て、駐車場へと向かっている。ー車に乗り込む時でいいかなーと踏んで後をつけ、なんだかそういう人仕様だよねという黒塗りのレクサスの前で影山が押し込まれようとする直前に、近藤は行動を起こす。 「あ〜、すみません。少しお話いいですかね」  営業の仕事上、知らない人に声をかけるのなんかは慣れている。 「なんだお前。話しかけんなあっちいけ」  運転席へ乗り込もうとした男が近寄ってきて、顔をグイッと寄せて来た。 「あ、俺ちょっとその人に用があってですね、ちょっとお借りしようかと思って」 「はあ?何寝ぼけたこと言ってんだ?こいつは俺らが連れて行く。お前関係ないだろ。ほんと消えねえとぶん殴るぞ」  拳を見せて胸ぐらを掴んでくる男に、近藤は 「いえいえ、ただでとは申しません。そいつの借金俺が肩代わりするんで、そいつを渡して欲しいんですよ」  頼みますよ〜と懇願して、近藤は軽く頭を下げた。  その言葉に驚いたのは、凄んでいた男もそうだが影山もだ。  見ず知らずの男がいきなり現れて、自分の借金を肩代わりするという。何が起きてんだ?と思っても仕方ない。  内臓の一個くらい取られるのを覚悟していたので、渡りに船ではあるが、しかしなんでだ? 「あん?お前が?」  男はジロジロを近藤を上から下まで見回し、一回り周って来た。 「利息入れて250万だぞ。お前知り合いなのか」 「いいえ、知り合いではないですが少し前からその人に頼みたいことがあったので連れて行かれてしまうと困るんですよ」 「お前馬鹿なの?見ず知らずの人間に金払うとか」 「まあ、そう思われても仕方ないですけどね。でも少し条件というか、あなた方にも聞いてほしい事がありますけれどいいですか?」 「金払ってくれるんなら、話によっては聞くけどな」  男は車に寄りかかってタバコを咥え、それに気づいたもう1人が慌てて走ってきてライターを差し出した。 「で、条件てのは」  近藤は一枚の紙を出して、 「これが俺の住所と携帯の番号です。間違いなく俺のです。俺からの支払いがなかったときのみ追い込みでもなんでもかけてください。で、ですね、そのお金の支払いなんですがその人が俺の頼みを完遂した時にお支払いするということにして欲しいんです。俺もその人とはほぼ無関係ですから、逃げられたりしたら困るので。その時はあなた方にお返しします。」 「期間は」 「その人によりますが、俺の依頼はそんなに時間のかかるものでもないですし、大体1週間見て頂けたらと思います。そちらの連絡先もお聞きしておいて、予定変更時には連絡するようにします」  タバコを捨てて住所の紙を確認し、そして近藤を見た男は、まあ、真面目そうな男だし、住所がもし違っても追い込みをかける自信はある。 「わかった。話に乗るわ。その代わり逃げやがったら承知しねえからな」 「大丈夫です。その辺は俺、きちんとしてますから。あ、それと支払いを確認できたらその時点で俺との関係はきっちり無しにしてくださいね。それ以降自宅に来たりなんらかの方法で近づいてきたら迷わず警察に行きますので。俺だってあなた方のことは怖いんです」  車から体を離した男は唇の端だけあげて笑い 「その割には大した度胸だったけどな。その度胸に免じて全て飲んでやる。おい」  男はライターを出してきた男にあごで影山を示し、出してやれと指示をした。  その時に近藤の携帯がなり、見てみると知らない番号。 「俺の携番だ。何か不都合があったらそこにかけてくれ」  そう言って男は影山の肩に手を置いて、 「しっかりやればお前は自由になれんだぞ。その人の頼み事きっちり聞いてやれよ」  と、そう言って車に乗り込み、もう1人の男と一緒に去っていった。  2人でその車を見送った後、影山は眉間に皺を寄せて近藤を見る。 「あんた何もん?俺助けてもらう義理ないんだけど」  影山とて250万もの借金を肩代わりするという見知らぬ他人が怖くないわけはない。 「俺は近藤智史と言います、あなたは?」  名前からかよ!と声に出してから 「俺は影山久生だよ。で、なに、頼み事ってのは」 「ここじゃなんだから、飯でも食いに行こう」  そう言って近藤は先に歩き出し、自分の車でもあるのだろう方へと向かった。  影山は近藤の後ろ姿を見てー俺が逃げるとか考えねえのかなーと、一瞬不穏な考えも浮かんだが、なんだか知らないけど自分に頼みたい事があるという話にも興味があり、逃げたって借金消えないし仕事すれば払ってくれるならそっちの方がいい。  影山も小走りになって近藤の後ろへと続いた。  店は、競馬場の駐車場を出て15分も走らない辺りにあった和食のレストランだった。  個室に通され、2人は合い向かいに座った。  車内では特に話すこともなく無言でいたが、一言だけ近藤が 「俺たちなんかちょっと似てるところあるよね、外見」  と言って、顔を見てきたのが不思議だった。  顔が似てる…というほどでもない気はするし、全体的なものも…まあ身長は同じくらいだったし、体格も同じようだ。  向かい合ってからまじまじと顔を見てみるが、近藤は頭の良さそうな顔をしているので自分とは絶対似てないな、と思う。 「好きなもの食べてよ。なんでもいいよ」 「気前いいんだな」  メニューを見るとそんなに安くはなかった。 「遠慮しなくていいからね。俺さっきのレースで150万当てちゃったからさ」  おしぼりで手を拭きながらニコニコと影山を見てくる近藤に、はあ?と声をあげその後チッと舌を鳴らす。 「お金目当てで単勝に賭けるから失敗するんだよ〜」 「うるせーな。じゃあ遠慮なく」  と言って提示したのは、鰻重の特上と唐揚げとポテト。 「鰻重はいいけど、唐揚げとポテトって…子供みたいだな」  近藤は笑って、じゃあ俺も鰻重でいいや。とタブレットで注文をした。 「影山さん、俺と同じくらいだよね。歳。脂っこいの平気って羨ましいよ。俺はそろそろだめだわ」  苦笑しながらお茶を飲む近藤を見て、 「俺は32だけどあんたは?」 「あれ、思ったより若かった。俺は36になったばっかり」  じじいか〜 と弱みを握ったようにニヤッと笑い、そんなことを言ってくる。 「30代には失礼だな〜」  湯呑みを置いて影山を見て、 「ビール飲むなら飲んでもいいよ?」  と言ってみるが、 「話を先に聞くわ。俺あんまり酒強くないし」  と湯呑みのお茶を飲んで、話を促してきた。 「わかった、じゃあまず話をしちゃおうか」  そう言って近藤はジャケットの胸ポケットから一枚の写真を取り出して、影山の前に置く。  そこには20代前半辺りの女性が写っており、髪は肩までおりた少し癖のあるセミロング。顔も派手ではないメイクで清純そうな雰囲気だ。 「彼女?」  影山は写真を手に取りまじまじと近藤と見比べる。 「いや、逆にその子が俺のことを彼氏だと思ってしまってて困ってるんだよ」  それこそ盛大な『はあ?』を繰り出したいところだ。贅沢だなあ…と眉を寄せて近藤を見てしまう。 「俺もつい手を出しちまったらさ、俺が初めてだって言ってな…可愛い子だから別段付き合ったっていいかなとも思ったけど、俺彼女いるんだよね。結婚前提のさ」  自分がどうこう言える立場ではないし、立派な女性関係を築いてきたわけでもないが、ちょっとクズなんかな近藤(こいつ)と思っても仕方はない。  眉間に皺を寄せた影山を見て、近藤は 「今俺のことクズだって思っただろう。まあそう思っても仕方ないけど、でも俺の名誉のために言わせてもらうと、こういうことは初めてだよ。浮気はしない主義なんだ本当は」 「じゃあなんでこんな可愛い子…」 「俺の会社の新入社員でな、歓迎会でその子ひどく酔っ払っちゃってさ。俺が直属の上司なもんだから、責任持って帰せとか言われちゃって…そりゃそんな無防備な子、ホテル行っちゃうよねえ〜男ならさ」  行かねえだろ…とは思うが、今回は近藤はスポンサー?だ。逆らわないでおくことにする。 「まあ、その辺はいいんだけど、要件は?この子が何?」 「うん、影山くんにさ、その子襲ってほしいんだよね」  今日は何回『はあ?』を言えばいいのか…前回で特上の『はあ?』かと思ったらその上をゆくものが出てきた。

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