12 / 30

第12話

「よう!」  飛田は、元気よく片手を上げてリビングへと入ってくる。 「唯希ちゃん、これお土産♡」  紙袋には、「ANGELINA」のロゴ 「え!アンジェリーナじゃないですか!モンブラン???いいんですか?ありがとう〜〜飛田さん好き〜〜〜」 「おいおい、好きって言ってくれるなら、抱きしめるのは紙袋じゃねえだろ」  飛田は笑って両手を広げると、 「好きだけど好みではないので」  紙袋から箱を出して、ニコッと笑い返す。 「なんだよ」  飛田は照れんなヨォ〜といながら、ふんわりと後ろに流した髪を手のひらで後ろに押し付けてから唯希の肩を揺すっている。   唯希もまんざらではなさそうにーいやーやめて〜ーと笑っていた。  そんなやりとりを薄い目で見ていた時臣は、 「どうした、急にくるなんて珍しいな」  飛田から逃げた唯希が、用意していたコーヒーを注ぎに行くのを見ながら、時臣は座る飛田へと目を移す。 「ああ、あのほら…例の画像の奴」 「影山久生のことか?」  先手を打つように時臣が言う言うと、再びーなんだよ〜ーと呟いて 「流石に名前の情報(そこ)はもう掴んでたか」  と一枚の写真を内ポケットから出してきた。 「なに…え!」 「そこまでは掴んでなかったんだな」  もらった画像は、影山久生と近藤智史が競馬場の駐車場と思われるところで話している様子だ。  近藤と影山のラインが繋がった。 「そいつ影山さ、ギャンブルに注ぎ込みすぎて借金があったんだよ。俺の下の組のノミ屋使ってて、支払い滞りまくって200万くらいだったかな。その画像は、その組のやつが影山探してて撮った画像だ。7月頭頃だな」  7月頭頃なら、依頼の前だな…。 「どんな関係なのかわかってるのか?」 「その写真な、影山を追ってた奴が撮ったって言ったけど、その日別のやつが影山に張り付いてたらしいんだよ。多分、競馬で勝ったら金返すとかそんなしょうもないことだったんだろうけど。でもな、結果がその写真な訳だよ。どう言うことかというと、張り付いてた奴らがそいつらと話した数分後に2人から離れたんだと」 「競馬に勝ったんじゃねえのか?」 「いや、それはなかったらしい。金が返されてなかったからな。そんなもんだからその日に張り付いてた平野っていうやつに、写真撮った奴が問い詰めたらしいんだが、そしたら『もう少し待っててくれ』しか言わないらしいんだよ。もう埒あかねえって怒ってたわ」  時臣にしても、今の話を聞くだけでは何が何やらだ。  写真の2人は深刻そうな話をしてそうだしそうでもなさそうだし…。 「で、その写真が撮られた5.6日後に影山は借金一括で返してきたそうだ。匂わねえか?なんか」 「一括で?200万もの金をか?」 「そう。利子ついて250万一括だ」  競馬でバカ当たりした可能性もゼロではないが、それなら殺される理由がない。 「そのまま借金から逃げてたからって、いくらお前らでも急には殺らねえよな」 「まあ、返してくれるまでお仕事を斡旋するだけだな」  そうだろうな、とは思う。 「近藤と影山の関係がわからなくてな…これで繋がったんだがまだ何が何だか…。で、その別働隊の奴らは、その後どうなったか聞いたのか?」 「いや、聞いてないみたいだな。結果的に金が戻ってくればいいんで、その経緯なんかは関係ねえ奴らだし」  ー使えねえな〜ーと、時臣はこぼしたが、まあ後で聞き込みさせてもらうとしよう。  早く食べましょうよ、と唯希は既にモンブランを頬張りながら言ってくる。 「俺の分も食って良いぞ。そのモンブランは俺には甘すぎてな」  飛田から受け取った画像を取り込みながらーコーヒーはくれーと、告げた。 「え〜、お前これ食ったことあんのか〜。やだねえコマしはさ」  ダイニングテーブルに座り、飛田もモンブランを食べ始める。  依頼人からの頂き物で食べただけだわ!と言いかけたが、まあそう思ってくれてた方が都合はいい。  だが唯希には通じない。コーヒーを時臣に届けながら唯希はーどうなんでしょうね〜ーと首を傾げて笑い、元いた場所に戻って、時臣用に用意したものも引き寄せた。 「唯希(いぶき)ちゃん、今度飯でもどうよ」 「え?お誘い?お食事だけならいいですよ〜?私は食べないでね」 「初回じゃ食べないよ〜」  などと言う会話を、苦い顔で苦いコーヒーを飲みながら聞き流す。そう言う人同士で盛り上がるならそれはそれで良いのだ。『オレニクルンジャネエヨ』  時臣は、新たに作った影山のデータ画面に取り込んだ画像を当て込む。 ーお前らはどう言う関わりなんだよー   他人行儀な距離をとっている割に、まるで内緒の(はかりごと)を巡らしているような近藤智史と影山久生の2人に、時臣はそう問うように画面を見つめた。   ーーーーーーーーーーー7月上旬ーーーーーーーーーーーー  大井競馬場で、近藤智史は以前から目をつけていた男の後ろに座り、雑多な言葉が飛び交う中馬場を見つめ、『9・5・2』の3連複の馬券を握りしめていた。  9は実力派の騎手が騎乗している馬なので、順当に勝つと思ってはいたが、2位と3位の順位が読めず、手堅く3連複を選んでいる。  目の前の伸ばしっぱなしの金髪がボサボサの男、影山久生は3連単で『9・2・5』だったはずだ。  よほどがない限り、影山の馬券は堅いと思っていた。  自分は日和ったが、1番人気は影山のだ。オッズが低いだろうに確実なところを狙ってくる辺り、結構困ってることが見て取れる。  影山の両端のお兄さん方は、馬場にあまり興味がないようだし。  そして結果はというと、ゴールした順番は『5・9・2』実力派の騎手は場を読みすぎて一歩及ばなかった。  この番狂せが影山の命運を分け、影山は馬券を破り大声で何度も 「クソッ!クッソ!」  と落ちた馬券を踏みつける。  近藤は、3連複選んで正解だったなと胸を撫で下ろし、5万円を150万へと変えてウハウハだ。  一方影山はその脇にいた男2人に寄り添われ、歓声と怒号が飛び交う中耳元でなにかを言われている。  そして両腕を掴まれてその場から引きずられるように歩いてゆく3人を、近藤は後ろから追った。  観覧席から出て場内へ入り、換金と帰る人たちでごった返す中影山は相変わらず両腕を掴まれ出口へと引っ張られてゆく。 「もう一回!もう一回やれば当たるから!やらせてくれ!」  影山のそんな声が聞こえてくるが、両脇の男が言っている何かは聞こえなかった。  だがその言葉は大体見当はついていた。  近藤も少しだけ影山のことを調べ、借金が焦げ付いていて首が回らなくなっているのは掴んでいる。  今回金融業のお兄さんたちを引き連れての競馬で、勝てば全部返せる算段でも踏んできたのだろうが借金を返すのであればあんな無謀な賭け方では無理だ。狙いは良かったんだけどな…3連複にしとけば、いくらかけたか知らないけど5万で150万になるレースだ。いくらかの足しにはなっただろうに…。近藤は後ろを歩きながらそんなことを考え、そしていつ声をかけようかとタイミングを伺っていた。  近藤は影山に用があるのだ。  顔自体は少し違うのだが、立ち姿や遠くから見た大まかな顔立ちが自分に似ている影山がどうしても必要だった。

ともだちにシェアしよう!