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第20話
13時になって受付の人が呼びにきてくれて、応接室へと通された。
担当の清水はすでにそこで待っていて、一度面識があるので名刺交換は省き、促されてソファへ腰を下ろした。
「如何ですか?近藤くんは見つかりそうですか」
それを聞かれるとなかなか厳しいですねと苦笑しながらも、警察が来たと思いますが、と前置きして影山の一件を話して聞かせた。
「ええ確かに警察の方が見えて、そこで亡くなった方が近藤くんの社員証を持っていたと教えてくれました。近藤くん本人だと思っていらしたそうなんですが、社長が対応をして、社員ではないと言う事になったかと」
「そうなんですよ。なので、微妙な容疑もかかってしまっているので、もしかしたら自分からは出てこない可能性も…」
清水さんは深く座り直してソファに身を沈めた。
「そう言うことができる人物とは思えないんで、それはないと信じたいですがこうも見つからないのでは…ねえ…」
社内では、そこそこの信頼を得てはいるようだなと察せられる。
「まあでも、調査の中でそうでもない話も色々ありましたので、うちとしても被疑者ではない方向で探ってはおります。それでですね、今日伺ったのは、会社 で変わったことが起こっていないかをお聞きしたいと思い伺った次第で…。どんなことでもいいんで、教えていただけたらなと思います」
清水はしばし考えて、営業マンが敷地に入ってしまって警察呼ばれて大騒ぎしたとか、女子社員に子供が生まれて連れてきたとか…そういうのじゃないと分かっていながら色々清水から出てくる中で、
「あ、そういえば、いつも警察にも言おう言おうと思って忘れてたことがありました」
清水はちょっと失礼と言って部屋から出て、2分ほどで戻ってくるとファイルを開き
「この女性がですね、急病に罹ってしまったために辞めさせてほしいとお父様から連絡があったんですよ。丁度近藤くんが無断欠勤を始めた日だったので日付まで覚えているんですけどね」
ファイルは履歴書で、本来は社外秘なはずだがこんな時なのでと秘密で見せてくれたものだ。
名前は『金井菜穂』23歳 住所は国上市の隣の市で、最終学歴は大学卒。
「新卒で今年から採用した子なんですが、病気の内容を聞いてもお答え頂けなくて、お父様も新卒で使っていただいていたのに申し訳ないとおっしゃって、泣くばかりだったので重病なのかとこちらもそれ以上聞けなくてですね、一応退職ということにはしました」
時臣と唯希はこの金井菜穂を見て1発でピンときていた。顔が似ているし、何よりも苗字が金井だ。
「なるほど…。近藤さんの件には関係がないようですが、よかったらこの方の写真とかがありましたらお借りできないでしょうかね。調査の一環としてこの方の病状とかが調べられたらとも思いますし」
時臣は気づいたことはおくびにも出さずに、清水に言ってみる。
「それはありがたいです。お見舞いなども考えていたので是非。写真と申しますと、社員旅行や、仲の良かった女子社員なら…少々お待ちくださいね」
と再び清水は部屋を出て、今度は5分ほどして2人の女子社員を連れてきた。
「この子達が持っていました。スマホの中だと言うので転送いたしますか?」
女子2人は画面を出したまま来てくれて、遊びに行った時のものかピースサインをしてかわいく笑っているものや、料理を前に両手を広げているものを見せてくれた。
それには唯希 が対応してくれて、
「じゃあ両方いただけますか?iPhoneならエアドロでお願いします。このiPadのほうに」
女子社員は操作してくれて、無事に唯希のiPadに転送されてきた。
「使用時は皆さんのお顔は処理しておきますから安心してくださいね」
ニコッと笑ってありがとうという唯希に、女子社員の1人が
「あの…」
と声をかけてきた。
「はい?」
「あの、菜穂は…近藤さんの件とは関係ないんですが、なんだかお付き合いしている人がいたようなんですけど、その人がひどく冷たいと悩んでいました。誰なのかは頑なに教えてくれなくて、でもその人と会った話はよく聞いていて、菜穂はそれでも愛しているから一緒にいられればいいって言ってて…」
「お付き合いしてる人…」
唯希と時臣の頭には影山が浮かんだ。
「聞いてると酷いこともされてて、私はやめたほうがいいって言ってたんですけど、それでも愛してるからって…。病気で会社辞めたと聞いた時も、その彼と何かあったんじゃないかと思って心配になってしまって…」
「酷いこと?…って」
女子社員はそう唯希に問われ、ちょっと言いにくそうにしたので唯希はその子の肩を持って、部屋の隅へ向かい小さな声で話をした。
もう1人の子も事情はわかっているらしかったが、1人が話してるなら…と仕事に戻りますと頭を下げて部屋を出ていった。
時臣は急な女子社員の話に、影山がその金井菜穂にひどいことをしていた場合、影山があそこで殺された原因がそこにあるのかもしれないと予想を立てていた。あくまで推測の域は出ないけれど。
唯希は一通り話を聞くと、女子社員の肩をポンポンと叩いてーありがとう、教えてくれてーと労り、その子が出てゆくのを見送った。
「いや、すみませんでした。急にお話をしてしまい」
清水も調査の糧になるのならばと黙っていてくれた。
「いえいえ、どんなことでもお聞きしておいて悪いことはありませんから。履歴書も、大変参考になりました」
唯希も席へ戻り、iPadへ入力をしてゆくのを傍から見ていた時臣の顔も曇る。
「今の2人と金井さん は、特に仲が良くてですね、仕事終わりにもよく遊びに行っていたようなんです。楽しく会社員生活を送っていたのでしょうに、病気とはね…」
と清水はしんみりしていた。
そこも時臣には引っかかっていた。
今仲の良い友人に会ったが、その子たちは病気の事は一切言わなかった。電話当日にみんなと一緒に知ったのだろう。
もし急変するような病気なら仲の良い人間にくらいは話さないだろうか…。それとも本当に心筋梗塞やそういった類いのものなのか……23歳でか…?
まあそれはまたあとででいい、今日のところはこれで…
「では我々はこの辺で失礼させていただきます。今日はお時間をいただきありがとうございました」
と時臣が立ち上がると清水も立って挨拶をし
「あ、今日聞いた女性のことですが、我々はその亡くなった方との関連で警察と情報共有をしております。このことは警察に話てもよろしいですかね」
と最後に尋ねると、
「私も忘れてしまっていただけなので、ぜひ警察にもその旨お伝えください。引き続き、近藤くんのことをよろしくお願いいたします」
清水はそう言って頭を下げた。
「勿論です。最善を尽くします」
そう言葉を交わし合って、2人は会社を後にする。
車に乗って、唯希は引き続き聞いた話をまとめていた。
「飛んだクソやろうですねえ、金井さんって言う人の彼氏」
女子社員から聞いた話の残りをイライラしたようにキーを打ち、時臣もなかなかな男だな、と呟いて車を出す。
「ところでボス…金井菜穂さんて…」
キーを打ち終わったところで、唯希がiPadをバッグへ収めながら核心を言ってくる。
「ああ、お前もそう思ったか」
履歴書に貼られた顔写真を見て、すぐに気がついた。時臣も唯希も面識のある
国上市警察少年課の課長『金井義治』のことを。
「金井さんの娘さんなんですかね…金井という苗字はそうそう珍しくはないですよ」
「よくある苗字でもないけどな。まあ顔が似てるのも、今回の近藤と影山のことを思えば…そういう人もいるな…ともとれるが、ここにきて金井さんに似ている女子社員はできすぎじゃねえか?」
「確かにねえ…」
2人は動き出したと確信し、これからは慎重にことを運んでいかなければとお互いに言わずとも心に決めていた。
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