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第21話
ーーーーーーーーーーーーーーー八月中旬 2 ーーーーーーーーーーーーーーー
金井義治は、遅番を終えて帰路についた。
時間は12時になろうとしている。
もう菜穂は寝ているだろうから静かに入らなければな、と思いながら家に着き、片方のサッシ引き戸は外からも開けられる。そこに鍵を刺して引き戸を開けて足をとめた。
何年も嗅ぎ慣れた血の匂いと、電気がついたままの玄関に横たわる菜穂と見慣れない男。
金井は慌てて入ってサッシを閉め、2人を見下ろした。
頸動脈に手を当てようと菜穂の首筋に手を差し込むと、ヌルッとして真っ赤な血が指に絡んでくる。
「菜穂…?」
男の方も後頭部を強く打ったのが致命傷なのか、頭の周りに血の池を作っていた。
「なんだ…これは…なんなんだ…?」
訳がわからず立ち尽くし、時間にして数分ほどじっと2人を見つめてしまっていた。
しかし元警視庁捜査一課の刑事だ。まずは2人をなんとかしなければと思った。
家に入り、押し入れから寝具のタオルケットを引っ張り出し、納戸へ向かい大昔にキャンプで使った大判のブルーシートを取り出してくる。
取り敢えず血だ。そしてこの2人もなんか包むなりしないと、と気ばかりが焦る。
思いついてやはりキャンプ道具から黒いビニール袋を取り出し、たっぷりと血を吸ったタオルケットを袋に詰め、足らないと思えばまた押し入れに行ってタオルケットや薄手の布団を持ってくる。
頭が回らなかったのか、血のついた手のままであちこち触るものだから、行った場所には血の跡がいっぱいだった。
そしてなんとか2人をブルーシートへと載せることに成功した金井は、そこでやっと涙が出てくる。
菜穂は素晴らしく幸せそうな顔で男に寄り添っている。好きな男 がいるのは軽く気づいていた。この男がそうなのか?お前が愛した男なのか?そう問うても返事はないが、菜穂の顔が全てを物語っている。
どうしてこんなことになったのかよりも、菜穂が幸せそうにいる事がなんだか嬉しかった。
ブルーシートの上で男のポケットを探り、入っていた全てのものを取り出し下駄箱の上に置く。
その時にあった社員証で、この男が『近藤智史』というのだと知った。
そして硬直し始めている近藤の腕を無理やり菜穂に乗せ、菜穂の手も近藤の胸に置いてやる。抱き合うようにしている菜穂の頬を撫で、
「良かったな、好きな人と一生いられるようになって…よかったな…」
60にして初めて、ポロポロと流れる涙を経験した。
2人を愛し合うように抱き合わせて、ブルーシートに包んでゆく。
「菜穂…」
涙がとめどなく流れ、鼻水も気にせずにブルーシートをガムテープで止めてゆく。
この男とどんなだったのかは知らないが、菜穂がこんな幸せな顔してるならそれで良かった。
それから庭に周り、柿の木の下に穴を掘る。
金井の家は、向かって左隣が駐車場で裏が空き地という立地で、右隣の家は子供が巣立ったご夫婦2人で暮らしている家だった。
なので、この夜中に穴を掘る作業は比較的気を使わずには済んだ。右隣の家が起きていなければの話だが。
成人男女なので大きく掘らなければいけないと思い、金井は一心不乱に穴を掘り続けた。
菜穂がキツくないように大きく掘らなければならないと、真夏の夜に庭に穴を掘り続けた。そうして掘り上げたのは1時間後。汗びっしょりになり、息も荒くなったが、それでも掘り続けた疲れも感じずに、玄関へ通じる竹で作られた高いフェンスを開けて玄関へ戻り、あれから括った紐を持って穴まで引きずっていった。
その穴へはそうっと入れることは叶わなかったが、極力優しく静かに入れたつもりだ。
シートの上から手の位置や顔の位置を確かめて、2人が横向きに抱き合っているようには入れられたはずだ。
そしてその上から土を被せ2人を埋めていった。
刑事としての経験上、こんなことはすぐにバレる。しかしまだまだバレるわけにはいかなかった。
こうなった原因を探り、第三者が居るなら…報復をするしかないから…。
埋め終わった金井は取り敢えずは庭はそのままに、血まみれのシーツやタオルケットが入った袋を車に乗せ、近藤の服から取り出したさまざまなものを持って居間へ移動した。
持ち物は携帯と財布、社員証。
携帯は近藤を包む前に指認証で開き、認証コードを解除したのでいつでも開ける様になっていた。
携帯のLINEを見ると、芹奈という女性とのやり取りが多かった。
菜穂へのも見つけたが、そっけないものが多くて眉を顰める。
そして画像を見てみると、髪の長い美人の画像の中に金髪の男に腕枕で寝ている菜穂の画像が見えた。
「この男は…誰だ…」
金井はメールに戻り、画像添付のメールを探るとそれを送ってきたのは『影山』という男だという事がわかる。
この男が菜穂の恋愛を邪魔したのか…?
近藤と影山のやりとりに、画像を送ってきた返信が『お疲れ』となっていて、そこも妙に引っ掛かりはしたが、訳がわからなかったのも事実だ。
しかし携帯を見ている限り、今一緒に埋めた男が菜穂に気があるとは思えなかった。画像にたくさんある髪の長い美人は、菜穂とは正反対な印象の人だし、たぶんそれが芹奈という人で、この男の意中の人かもしくは恋人なのだろうかと推察する。
そう思うと随分ゲスな男だと思った。
しかし菜穂はきっとそんな男でも愛していたのだろう。一生懸命愛したのだろう。結果はこれで良かったのだと思うしかなかった。
あとはこの影山という男だな…菜穂に何をしているんだ。菜穂はあの男を愛しているんだ…何をした何をした…
金井の中で、影山に対する憎悪が増してゆく。
「徹底的に洗ってやるからな…」
画像の影山を睨んで、金井は低い声でそう呟いていた。
次ぐ日、金井は非番だったことを感謝した。
朝、庭を確認すると、やはり埋めた場所は土の色が違っていて、今見られたら何かを埋めたことは誰が見ても明らかな状態だった。
しかし幸いなことに庭は外からは見えないようになっていて、玄関に来た人も庭向きには竹のフェンスが組んであるのでわざわざ覗かなければ中は見えない。
金井は10時頃になって買い物に行き、朝食になるパンと、スーパー併設の花屋で華やかな白いバラを一輪買い求めた。
家に戻り仏壇から線香を持ち出すと、庭の色が変わっている頭が向いている脇にかがみ込み、線香に火をつけ土に刺し、
「桜の下には…とはいうが、うちの庭には桜がないからな。柿の木の下もオツだろう?」
地面に線香をたて、手を合わせた。
家の庭には桜の木がないから、仕方なく柿の木の下へ。
「お前たちがずっと一緒にいられるように…したから…永遠に仲良くするんだぞ」
微笑んで一輪の白い薔薇を線香の脇に刺し
「お父さんもすぐに行くからな」
そう言ってもう一度手を合わせ、金井は家の中へと入っていった。
昨夜から菜穂の携帯と近藤の携帯を見比べて、影山の情報を集めた。
菜穂のLINEから『久生さん』という名前があったことから、影山久生だと知る。住所などは書いてはなかったが、隣の市だとか、近くの店の名前が書いてあった記述があり、それを基盤に探せそうだった。
見ていると、影山は特に菜穂に悪いことはしていなそうではあったが、あの画像だ。あの画像が近藤の方へ影山から送られていた。
金井はそれを悪意と取った。
画像が送られた結果、菜穂に不都合が生じたと…そう思わなければいけないと言う思い込みである。
影山への憎しみを消さないように…
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