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第29話
そこへ、悠馬が部屋から飛び出してきて
「しゃべった!」
といきなり大声でスマホをかざした。
「どうしたのよ、驚くじゃない!」
本当に驚いたのか唯希はちょっと飛び跳ねる。
「しゃべっ、しゃべったんだよ!れいが喋った!」
スマホを持って変なことを言いながら、ダイニングテーブルに手をついて
「れ…れいが…しゃべったああ」
椅子をくるりと向けた時臣もなんなんだ一体と言った顔で悠馬を見る。
「こっこの間の霊が…喋ってるんですよ!!!」
この間の霊というのは…
「あの洋館で撮ったっていうスクショのやつ?」
「そうそうそうそうそう!その動画を貴一が送ってきて…俺、元を見てなかったから見てみようかなってことで見てたんだけどさ…動画じゃ見えないはずのあの!あの手の脇の霊!れいが!喋ったんだよ!!!!!」
「ええ〜〜〜?うっそん〜」
唯希は半信半疑でスマホを受け取り、時臣の元へ行って一緒に動画をスタートさせた。
ー映像ー
ギィ〜
「なになになになんの音」
「こえええ〜帰ろうぜ。やばいよ」
〈ダイニングテーブルの向こうへとライトが向けられ、そこにはロッキングチェ アがあるのが見え人が座っているのがみえた。〉
「ヒィッ!」
「なんでお前そんな冷静????」
「いや、動かないから人形かなと思ってさ…」
「幽霊信じないのはいいけど、お前神経ないんじゃないの?」
「動いたらもっと怖いだろ!ほらもう行こうぜ!人形なら人形でいいからもう俺やだよ〜〜」
バタン!
「ヒッ!」
ズルズルズル ガタン!
「ぎゃああああああ!」
「ひいいいいぃぃぃぃいいい」
「うわあああああ」
ー終ー
そこで終わっているのだが、この3人のビビり散らかしぶりが面白くて、時臣も唯希も涙を流して笑っている。
「こんな怖がるなら行かなきゃいいのに」
「ほんとよねー!で、どこに喋ってた箇所があったのよ!」
唯希もマスカラが落ちちゃう〜と目の下をティッシュで拭いながら笑っている
「わからなかった?今も言ってたよ??」
「えー?全然わからなかったけど〜」
「ここだよここー!」
悠馬はスマホをとりあげて、画面をいじってその場所でとめ
「いい?よくきいててよ?」
と再生を始めた。
〜俺やだよ〜〜」
バタン! 〈ありがとう〉
ヒッ!
ズルズルズル ガタン!
「あ…ドアが閉まった音のすぐ後? ありがとう みたいなのがそれ?」
「そうそうそうそうそうそうそうそうそう!やっぱ喋ってるよね!ありがとうって聞こえるよね!」
時臣も聞こえた…と些か驚いた顔をしている。
「うっすら聞こえた…ドアが閉まってすぐだよな」
うんうん、と2人は頷いた。
「誰に対しての『ありがとう』なんだろうね」
悠馬がちょっと可哀想だねと言う。
「なんで急に喋って、それがどうして『ありがとう』なのかも気になるわよね…」
唯希は言葉を止めて少し思案顔をしたあとーあっーと手をたたき
「あの、あのスクショ…ええと」
パソコンを操作して、以前渡された画像を出してみる。
「これ、この悠馬がドアの脇の幽霊って言ってた子…悠馬に見せてなかったかな?画像処理したらこんなにはっきり見えるように…え?」
言葉を止めて唯希が画面に釘付けになっている。
「なに?またなんかあったの?画像処理後のは俺見てないよ」
恐々 と悠馬がのぞいて画面を見るが、確かにドアの所に女の子が『笑って』立っているのが見えた。
「う…わあ…これは随分はっきりになったねえ…これって本物なんじゃないの?笑ってるし…でもこの子さ…おじさんがみてた履歴書の子に似てるよね…」
唯希は悠馬の言葉に
「あ…私も今それを言いたくてこの画像出したんだけど…この子この間は…笑っていませんでしたよね…」
と時臣に確認する。
「ああ、髪の毛が下がってて俯いて見えたけどな。でもあれパレなんとかっていうやつだろ?そんなにはっきり見えたわけでも無かった気がするけど。金井菜穂に似てるって?どういう…」
唯希のパソコンに寄って行き画面を確かめると、その女の子にみえるものは以前より少し顔が上がっていて口元が見え、その口が歯を見せて笑っていた。
思っていたよりも…というか以前よりもはっきりとちゃんと人に見えて時臣も少々ドキリとする。
そしてその瞬間、誰も触っていないテーブルの上に置いてあった悠馬のスマホから
〈ありがとう〉
と聞こえてきた。
3人は悠馬の携帯を見つめながらジリジリとテーブルから離れていった。
それからしばらくしてから、酒井にも恐怖を味わわせてやろうと、わざわざ非番の日に呼び出してその動画を見せてみたが、もうそこに霊はいなくなっていて、喋りもしなかった。
「金井菜穂が直々にお礼を言ってくれてたのに、お前人徳ないな」
デスクの椅子を回しながら、時臣が鼻で笑う。
「そう言う言い方ないですよね。でもお礼なんていいんです。俺は事件解決できて、金井さんも無事だったんでそれでいいんですから」
金井は時臣の言った通り、意識回復後流石に首を吊って心肺停止にまで行ったので、脳の検査や心肺の検査、身体中の不具合の検査等をみっちりされ、それと家宅捜査の進捗も相まって半月ほどの入院が決定した。
その間に裁判所より勾留執行停止に相当する処分が出たり、金井が弁護士を断ったので国選の弁護士がつき、時々接見に来たりして退院後の検察の取り調べや裁判に向けて少しずつ動いているようだ。
酒井たち捜査一課の提出書類は、金井が影山を殺すに至った理由や、菜穂が不当に扱われた事実、影山との関係さえ謀られた出来事で、いいように娘を翻弄された父親の気持ちを全面に押し出したもので、酒井は
『少しでも金井さんの刑が軽くなるように頑張りました』
だそうで、他の仕事も絡む中、結構眠れない日を重ねてやっていたようだ。
「そう言えば、影山の姉さんなんですけどね」
「そうか、そっちから連絡したんだな」
「ええ、事件の真相をできるだけ忠実にお伝えしました。お母様もご同席になって、お二人で」
影山由梨子から、影山の母は心臓が悪いと聞いていたが大丈夫だったのだろうか…。
「今回の件は、影山に法的に問えることが何もなく、その上でこんな事になったので、金井さんを訴えるかを確認しました」
その権利が影山の遺族にはあるのだ。
「そうか…それで?」
「訴訟は起こさないそうです…」
それを聞いて、由梨子自身も影山…いや久生をずいぶん気にかける生活をしていたのを思い出す。
弟自身の心配もあるだろうが、周りに迷惑をかけてやしないか…次は何をやらかすのか、という半ば怯えのようなものを抱えて生活していたのが目に見えていた。
「楽になったか…家族が…」
「ええ、本当にそんなようなことを言ってました。流石に金井さんに感謝をしている様では無かったですが、でももうこれ以上影山 のことで煩 いたくないと…家族も色々なんすね…」
最後には自分の思いを曝 け出した酒井だ。
「まあな…」
時臣はタバコを咥えて、自分の家族を思った。ー迷惑かーこの生業 をまだ話していない父や兄が思い浮かぶ。
まあ迷惑はかけてないからいいか…と都合よく考え、タバコに火をつけた。
唯希の淹れてくれたお茶を飲んで、今日酒井はゆったりしている。
仕事の話も一段落して、ほっこりしていた。
「あれからやっと休みが取れたんですよ。俺頑張ったなぁ〜。なので今日は唯希さんを食事に誘おうかなと思って来ました」
意を決したような顔で、酒井は父親に宣言するように時臣に向き直った。
「仕事上がりに誘ってもいいですかね」
デスクに肘をついて頬杖をついている時臣は
「今から連れ出したっていいぜえ?」
とニヤニヤと酒井を見返す。
本気で男って気づいてないのかな…となかなか面白そうな展開に久々に心が弾む34歳だった。
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