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第3話

 さすがに日本の木工職人が作っただけあり、こんな小さな引き出しであるのに、驚くほどスムーズに開いた。 「わあ~」  それは一口サイズのチョコレートコーティングされたケーキだった。お菓子作りが大好きな恭安楽のお得意のひとつである、ザッハトルテのミニチュア版だ。  5cm×5cm×5cmくらいの引き出しである。そこに収まるように、一回り小さく作ってあるケーキは、どれほどの手間がかかるか、煜瑾には想像も出来ない。けれど煜瑾のために、その手間を恭安楽が惜しまず掛けてくれたことは分かる。  それが嬉しくて、有難くて、煜瑾は涙ぐんでしまった。 「食べるのが…もったいないです」  煜瑾が震える声で言うのを、文維は優しい笑顔で受け止めた。 「母が、煜瑾に食べて欲しくて作ったのですよ?」  その気持ちが分からない煜瑾ではない。  そっと引き出しから取り出すと、まるで祈るように目を閉じ、感謝を込めてパクリとひと口で食べた。ゆっくりと噛み締め、煜瑾が満面の、高雅な天使の笑顔を浮かべる。 「あ~、なんて美味しいのでしょう。いつもの大きなザッハトルテとはチョコレートのビターさが違います。こんなに小さいのにアプリコットジャムの香りも素晴らしくて…」 「そんなに美味しいですか?」  そう言うと文維は煜瑾の小さな顎に手を掛け、まだチョコで甘い唇を奪ってしまう。一瞬、ビクリとした煜瑾だが、すぐにとろけるように文維に身を任せ、気付けばチョコレートの味を共有するほど、舌を絡めた熱いキスに発展していた。 「ん…、文維ったら、いつもこんな風に、お義母(かあ)さまのお菓子の味見をするんですね」  口の中いっぱいに、美味しいチョコレートと愛する人の味を感じて、恥ずかしさを誤魔化すように、煜瑾は言った。 「私は甘いものが苦手なのです。けれど、煜瑾を通してなら、なぜか母の甘いお菓子でも平気なんですよ。煜瑾のおかげで、母の味を思い出せます」 「知りません」  文維の妙な言い訳を、楽しそうに否定をして、煜瑾はあらためて最愛の人に触れるだけの口づけをした。

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