31 / 31

第31話

「そして、大事なクリスマス・イブ…ですね」  文維はそう言って、遠くを見る目をした。  お互いに誤解があり、行き違い、会えなくなった日々。そのせいで煜瑾は病に倒れ、やつれ、幽霊のようになり周囲を心配させた。  それを、親友の羽小敏や幼馴染の申玄紀の力を借りて2人は再会することで、誤解による苦悩を乗り越え、強い絆を確かめることが出来たのだ。 それが今日、クリスマス・イブの夜だった。 「今夜は、大事な文維のお誕生日でもあります」  2人は、それ以上何も言わずに見つめ合った。何も言わなくても、言葉と必要とせずに、何もかも分かり合えた気がした。 「これは…、私から文維へのプレゼントです。正しくは、文維と私の…」  そう言って煜瑾は、小さな赤い箱を取り出した。  ベルベットに包まれた、赤い小さなケースが何を意味するのか、聡明な文維はすぐに理解した。 「煜瑾?それは…」  言葉を失う文維を、煜瑾は満足そうな天使の笑みを浮かべて見つめていた。 「私が、デザインしました。目立たないようなデザインですが、プラチナ製で、ずっと着けていても劣化しないのです」  赤いケースの中には、煜瑾が言う通り、プラチナ製のシンプルなリングが入っていた。確かにシンプルだが、それだけではなく、十分に気品が感じられる。煜瑾らしいデザインだと、文維は感じた。 「うふふ」  文維がケースを受け取り、リングを確認している隙に、煜瑾もまた自分のケースからリングを取り出し、素早く左手の薬指にはめた。 「お揃いです」  無邪気な煜瑾に、文維も心が弾む思いだ。 「これって、お互いの指にはめ合うのではないですか?」  からかうように文維が言うと、煜瑾は急に真面目な顔になって答えた。 「それは、結婚指輪の時に…。これは、エンゲージリングですよ」 「煜瑾…」  いつかは「結婚」という、本当に永遠を誓う未来まで念頭に入れた煜瑾であることに、文維は身が引き締まる気がした。  美しく、清らかで、高貴な、この「唐煜瑾」の人生の全てを受け入れ、責任を持つという事実に、喜びと同時に緊張感も覚える。その幸福と重責を文維は自覚した。 「ずっと、ずっと一緒に居て下さいね、煜瑾。結婚指輪は、一緒に買いに行きましょう」  文維がそう言うと、煜瑾も我が意を得たかのように、可憐に微笑んだのだった。 ***  スカイレストランの窓からは、上海市内が見下ろせた。予定していた浦東の夜景とクリスマス用のイルミネーションには及ばない、ただの街の灯りだ。  けれど、文維も煜瑾もそれで十分だと思っていた。  この街で生まれ、育ち、出会い、愛し合うことが出来た。  この街があったから、今、2人はこうして幸せなのだと感じることができた。 「私は…、上海が好きです。以前は、どこの街も同じだと思っていましたが、今は、文維が居るから…。文維と2人で居られるから、この街が大好きです」 「そうですね」  返す言葉は少なかったが、文維も同じ気持ちだった。 「来年も…ここに来ましょうか」  ふっと文維が口にすると、煜瑾は何も言わずに文維を見つめて頷いた。  来年も、再来年も、その先もずっと…。  もしかすると場所は変わるかもしれないけれど、きっと2人はこれからもずっと一緒にクリスマス・イブを過ごすことになるだろう。  そんな確信を持って、包文維と唐煜瑾は、クリスマスイルミネーションに彩られ、いつも以上に明るい淮海路を眼下に見つめた。 MerryChristmas and HappyNewYear, and HappyBirthday. 〈おしまい〉

ともだちにシェアしよう!