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第31話
「そして、大事なクリスマス・イブ…ですね」
文維はそう言って、遠くを見る目をした。
お互いに誤解があり、行き違い、会えなくなった日々。そのせいで煜瑾は病に倒れ、やつれ、幽霊のようになり周囲を心配させた。
それを、親友の羽小敏や幼馴染の申玄紀の力を借りて2人は再会することで、誤解による苦悩を乗り越え、強い絆を確かめることが出来たのだ。
それが今日、クリスマス・イブの夜だった。
「今夜は、大事な文維のお誕生日でもあります」
2人は、それ以上何も言わずに見つめ合った。何も言わなくても、言葉と必要とせずに、何もかも分かり合えた気がした。
「これは…、私から文維へのプレゼントです。正しくは、文維と私の…」
そう言って煜瑾は、小さな赤い箱を取り出した。
ベルベットに包まれた、赤い小さなケースが何を意味するのか、聡明な文維はすぐに理解した。
「煜瑾?それは…」
言葉を失う文維を、煜瑾は満足そうな天使の笑みを浮かべて見つめていた。
「私が、デザインしました。目立たないようなデザインですが、プラチナ製で、ずっと着けていても劣化しないのです」
赤いケースの中には、煜瑾が言う通り、プラチナ製のシンプルなリングが入っていた。確かにシンプルだが、それだけではなく、十分に気品が感じられる。煜瑾らしいデザインだと、文維は感じた。
「うふふ」
文維がケースを受け取り、リングを確認している隙に、煜瑾もまた自分のケースからリングを取り出し、素早く左手の薬指にはめた。
「お揃いです」
無邪気な煜瑾に、文維も心が弾む思いだ。
「これって、お互いの指にはめ合うのではないですか?」
からかうように文維が言うと、煜瑾は急に真面目な顔になって答えた。
「それは、結婚指輪の時に…。これは、エンゲージリングですよ」
「煜瑾…」
いつかは「結婚」という、本当に永遠を誓う未来まで念頭に入れた煜瑾であることに、文維は身が引き締まる気がした。
美しく、清らかで、高貴な、この「唐煜瑾」の人生の全てを受け入れ、責任を持つという事実に、喜びと同時に緊張感も覚える。その幸福と重責を文維は自覚した。
「ずっと、ずっと一緒に居て下さいね、煜瑾。結婚指輪は、一緒に買いに行きましょう」
文維がそう言うと、煜瑾も我が意を得たかのように、可憐に微笑んだのだった。
***
スカイレストランの窓からは、上海市内が見下ろせた。予定していた浦東の夜景とクリスマス用のイルミネーションには及ばない、ただの街の灯りだ。
けれど、文維も煜瑾もそれで十分だと思っていた。
この街で生まれ、育ち、出会い、愛し合うことが出来た。
この街があったから、今、2人はこうして幸せなのだと感じることができた。
「私は…、上海が好きです。以前は、どこの街も同じだと思っていましたが、今は、文維が居るから…。文維と2人で居られるから、この街が大好きです」
「そうですね」
返す言葉は少なかったが、文維も同じ気持ちだった。
「来年も…ここに来ましょうか」
ふっと文維が口にすると、煜瑾は何も言わずに文維を見つめて頷いた。
来年も、再来年も、その先もずっと…。
もしかすると場所は変わるかもしれないけれど、きっと2人はこれからもずっと一緒にクリスマス・イブを過ごすことになるだろう。
そんな確信を持って、包文維と唐煜瑾は、クリスマスイルミネーションに彩られ、いつも以上に明るい淮海路を眼下に見つめた。
MerryChristmas and HappyNewYear, and HappyBirthday.
〈おしまい〉
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