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13)系譜を弾く〈4〉

◇ ◇ ◇  八月上旬。県内のとある公会堂の喫煙所で、仁科はメッセージの通知に気付いてスマホを開く。  白狛神社や和都の件について春日達に手伝ってもらうようになってから、必要だろうということで、和都以外の三人とも連絡先を交換した。その際に五人でまとめて情報共有できるよう、チャットアプリのメッセージグループに入れられてしまったのだが、今日はここにやたらと写真が届いている。送信者は主に菅原だ。 「……楽しそうなことで」  四人は市民プールに行っているらしく、プールではしゃいでいる写真が次から次へと送られてくる。  仁科自身はずっと準備していた研究発表の日なので、ひたすらに届く写真を休憩時間にスーツ姿で見ているだけだ。 「何か面白いものでも?」  写真を見ながら小さく笑っていると、隣りで仁科と同様にタバコを吸っていた、合同発表者の一人が話しかけてくる。狛杜高校の近隣高に務めている先生だ。 「実は諸事情あって、生徒たちのメッセージグループに入れられてるんですけど、今日はプールに行ってるらしくて」 「あー、その写真ですか。今日は暑いし、いいですねぇ、プール」 「ま、俺らは終わったら冷たいビールがあるんで、頑張りましょう」 「そうですね」  時計を見ると、そろそろ休憩時間も終わりが近い。 「そろそろ時間ですし、行きましょうか」  仁科は短くなった煙草を喫煙所の灰皿に押し当てて捨てると、同室にいた先生達に声を掛けて、喫煙所を後にした。  小坂の提案で、和都達は狛杜公園駅から数駅先にある市民プールに来ていた。  市民プールとはいっても、そこはただ大きなプールがあるだけでなく、ウォータースライダーや流水プール、様々な飲食店も立ち並ぶ、ちょっとした娯楽施設のような場所だ。  基本電車に乗ることがない和都にとっては、数駅先に行くだけでもなかなかの冒険であり、こういった場所に来ること自体が初体験のようなもの。  移動中もおっかなビックリという感じで、ずっと春日にくっついていた和都だったが、かつてのようなトラブルの気配が微塵もないと分かってからは、プールサイドに陣取った休憩エリアで、菅原と一緒にすっかり寛いでいた。 「みんなで出掛けるのって楽しいね」 「ああ、去年は人の多いところはダメって、行けなかったもんな」 「うん! 先生のおかげでだいぶ平気になったからね」  人混みの中に少しいるだけで、人に絡まれたり追いかけられたりしたものだが、ここに来るまでも来てからも、そういったトラブルは起きていない。また、人の集まる場所でよくある『いやなもの』も、和都自身にはしっかり視えてはいるが、気持ち悪くならず済んでいる。  これは明らかに、チカラが強くなっている証拠だ。 「よかったなぁ。このまま色々片付いたら、修学旅行も一緒に行けるな」 「それ! 小学校も中学校も、おれ行かせてもらえなかったからさぁ」  ハーフパンツの水着に、フード付きのラッシュガードを羽織った和都が無邪気に笑う。見た目と発言内容の乖離が酷すぎて、さすがの菅原も苦笑せざるを得ない。 「……それ、マジだったのか。じゃあ修学旅行以外でも、行きたいとこあったら行こうぜ」 「うん、行きたい!」 「じゃーどこ行きたい?」 「えっとねぇー」  そう言いながら行きたい場所を挙げていく和都を、明るく笑うようになったなぁと思いながら、菅原は見ていた。  一緒にいてもどこか距離をとって、少し冷めたように笑っていた印象が随分薄くなってきている。  ──抱えてるものが、大きすぎるんだよなぁ。  和都の抱えている問題は、まだ解決したわけではない。それをふと思い出すと、やはり少し考え込んでしまう。 「菅原、どうかした?」 「ううん、あいつら遅いなーと思って」 「あー、やっぱり混んでるのかな」  春日と小坂はテイクアウトできる食べ物を買ってくると言って、飲食店エリアに行ったきり戻ってこない。  夏休み。暑い日の昼下がり。  家族連れも多く、人気スポットらしく混んでいるのだ。もう暫くはかかるだろう。 「そういや、先生と神社行けるの、相模だけになっちゃったな」 「……うん」  菅原に言われ、和都が気まずそうに頷く。  和都以外のメンツでスケジュールの調整をあれこれ試みたものの、最終的に安曇神社へ行けるのは、和都のみとなってしまった。 「結局、オレと小坂は部活の合宿とだだ被り、春日は塾の夏期講習の後期が始まるタイミングだし……。あれ? 先生がわざとその辺りを狙った可能性ない?」  腕を組んだ菅原が片眉を下げて言う。 「それはないよ。だって先生、今は養護教諭の人たちだけの研究発表会? みたいなの、行ってるし」 「あー、そんなのあるんだ」 「確か、今日発表の日じゃなかったかな?」 「それで先生、既読にするだけでコメントしてこねーのか」  菅原がそう言いながらスマホを開いた。暇つぶしにメッセージグループ内に和都がはしゃいでる写真を送りまくっていたが、全く反応がないので気になっていたのである。 「保健室の先生ってめっちゃ暇だと思ってた」 「おれも! なんか色々難しい文章書いてたよー」 「そっかぁ、保健室の先生も大変なんだなぁ」  教員を目指してはいるが、養護教諭はやめたほうがいいな、と菅原は息をついた。  しかし、おや? と一つの疑問が浮かぶ。 「あ。でもさ、今日は春日が一緒だからプール来れたけど、神社には春日行けないんだろ? 親に何て言うんだよ?」  今までは春日が一緒なことを理由にしたり、両親が出張で帰ってこないのをいいことに、こっそり出掛けたりしていた。しかし安曇神社は隣県にあり、外泊を伴う『外出』になる。こっそり行くにしては少し、危険すぎないだろうか。  菅原の心配そうな声に、和都も少々困惑した顔で。 「……それが、先生の手伝いで学校にいる時に、母さんから電話きてさ」 「え、やべーじゃん」 「うん。その時に、先生が替われっていうから替わったら、先生と母さんでしばらく話し込んで。終わった後に先生が『許可とったよ』って」  ちょうどその、話が込み入り始めたタイミングで、仁科は何故か保健室を出て廊下のほうへ行ってしまったので、和都はどんな話をしたのかは聞けていない。  ただ以前から『話がしたい』とは言っていたので、教員としての話をしたのではないかと思うが。 「先生、一体どんな手を……?」 「分かんない。けど、親戚だからって感じで話をつけたんじゃないかなぁ?」  和都と仁科が再従兄弟と分かった際に、仁科が『使える』と言っていたので、その部分から説得したのではないかと思うが、真偽は不明だ。 「なるほどねー。じゃあ、まぁ、行くのは心配ないのか」  果たしてこの『親戚』という関係は、どういう風に作用するのか。  菅原としては、癖の強いあの教師が悪用するのではないか、とどうしても考えてしまう。 「……しかし、先生と二人きりで旅行か。先生のが一歩リードだなぁ」 「なにが?」 「何でもなーい」  和都本人が全く何も考えていないようなので、菅原はこの場にいない二人に少しばかり同情してしまった。

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